残骸と旋風
燃え盛る炎が、辺りを灰にしていく。
遠くの山で、爆発が起きた。戦時の時の、不発弾だと琴葉先輩は言う。
そこまでは、理解の範疇だ。
「―――何でだ―――――」
なぜ、こんなにも火の手が回るのが速い?
クスクスと、不気味に微笑む先輩。
「火災風って知ってる?火災が起きた時に生じた気圧差が起こす、風の事。その速さは人間をゆうに超える」
焼け付くような熱が、喉を、肺を伝わる。炎は、既に近隣の住宅地まで来ていた。
「火災風が起きるには、材料が必要なの。燃えやすい物と、そこを吹き抜ける風。それと酸素」
この辺りは山が多い。山々の隙間を縫うように風が吹き抜けており、弱くも強くも常に風は吹いている。それに今は四月の終わりで、枯葉も多い。
「100パー起きんじゃねーか」
「そういう事になるね」
一際強い風が起きる。その風に合わせるかのように、炎が合わさっていく。
「火災風はその内に一つとなり、火災竜巻を起こす。そうなったら、もうオシマイだよ」
先輩の言葉通り、火は一つになり竜巻のように高く上がった。皮膚は乾き、焼けた喉が張り付く。
「こんなん起こしたらアンタも死ぬだろ」
「うん、そうだね。このままじゃ、私も死んじゃうかも」
死に関して何とも思わないかのように、彼女は吐き捨てる。まるで、死を恐れていないように。
「でもね、私はまだ死なないよ。残った皐月ちゃんを殺す為に―――例え身体が消えてもこの魂だけであの子を殺す」
「どうしてそんなにアイツを殺したがるんだ」
「君には関係無いよ」
パン―――――ッ!!
近くで小規模な爆発が起こると、オレの頭上に火の玉が降り注いだ。咄嗟にソレから身を翻すが、いくつかブレザーに当たり火が着く。
「クソが―――ッ」
ブレザーを脱ぐと、その場に叩きつける。酸素を奪われた炎は、即座に鎮火された。
「今だったらまだ引き返せる。もう止めろ、先輩」
彼女は何も言わず、落ちていたガレキを持ち上げ、自らこちらに投げつけた。屋上から飛ばしてきた時よりも威力も速度も無いが、その目はハッキリと拒絶の色が浮かんでいた。
「全く――ブレザーのクリーニング代は払ってもらうぜ」
「その前に生きてれば――ね」
それが引き金になったかのように、ヒュンヒュンとガレキが唸りをあげる。全てかわそうとするが、その内のいくつかがオレの肩口を切る。オレの肩からは、赤く熱い液体が流れていた。
「―――うわっ、熱っちいッ!!」
足をもつれさせて地面に手をつく。土は火災で焼け、触れる事は出来なくなっていた。
「そろそろ飽きてきちゃったな………もう、オシマイ?」
「――まだに決まってんだろ、テメーを止める」
「そう、じゃあ早くしてよ。私そろそろあの子殺しに行きたいんだけど」
「させるかっての」
火を纏った竜巻から、火の玉が飛び交う。それらをかわしながら、オレは琴葉先輩に近づく。
「――近寄るな―――――ッッッ!!」
直後、オレは突き飛ばされた。
――何に?
地面の熱さに焼かれないよう、素早く立ち上がる。見るとそこには、大きな地割れが起こっていた。
「もう……やめとけよ―――」
ヨロヨロと、彼女に歩いていく。ガレキが、炎が、オレを襲う。彼女の感情の触れ幅が大きくなるに連れて、それらも威力を強めた。
「こんな事したって、何になるんだよ――ッ!?」
一瞬だけ、彼女の攻撃が止まる。
「―――――さあね」
再び攻撃が再開される。オレは、彼女に近づくこともままならない。
「死ね――」
彼女の口から、言葉が漏れた。
「死ね――死ね――死ね、皆死ねよ――――ッッ!!皆嫌いだ―――皆、皆皆死ね――ッッ!!」
「何がそんなに気に食わねぇんだよ……?何がテメェをそうさせるんだよッ!?」
「うるさいッ!!君には――君は関係無いよッッ!!」
彼女が激昂すると、飛んでくるガレキの飛翔速度も上がる。今のガレキは、音速を超えている――。当たれば、即死だ。
彼女は、呪われている。
言霊、そんなモノに頼らなきゃいけないほど、彼女は弱かったのだ。
だから―――
「テメェは、オレが助けてやるよ―――」
ペッと、唾を地面に叩きつける。そのほとんどが血液だった。
自嘲気味に、琴葉先輩は笑う。
「私を?君が?そもそも、一体何に呪われてるのさ」
「自分、自身だ。アンタは自分で自分を呪って――自分を追い詰めて、自分を殺してる」
「―――ぷっ、くく――馬鹿?馬鹿なの――馬鹿でしょ――ふふ、あははははは――――ッッッ!!」
腹を抱えて笑い出す先輩。その瞳には、一切の感情も含まれていなかった。
「知ったような事を言わないでよッッ!!君なんかに、何が―――」
「―――これから知るつもりだ。だから、もう止めろよ――先輩」
「…………聞き飽きたよ、その言葉」
オレを冷たく見下す先輩の口から、再び呪いの言葉が紡がれる。しかし、何も起きない。
ポツリ。
オレの頬に、何かが落ちてきた。雨だ。
「―――雨?」
「そうだよ。喉が渇いたでしょ?ほら、飲みなよ」
「バカにしてんのか」
「全くもってそのつもりだけど」
「――随分と下に見られたモンだぜ、ったく」
違う。
勿論、彼女の狙いはオレに飲ませる事じゃない。
ならば、何を狙っている?
「くす、何も分かってないんだね、良人君」
空気が冷えれば、何が起こるんだっけ?―――そう、彼女は聞いてきた。
火事が起きて、雨が降った。気温が急に下がっている。
もしも、空中の水分――雲の中の水分が急激に冷やされて固まったら?
――コツン。
始めは、小さな氷の粒だった。
それはだんだんと大きさを増していき、オレの体を叩く。
「――まさか」
「そのまさかさ」
雹だっ!!
アイツ、最初からコレを狙っていて―――
「簡単には殺さないよ。こうやって地道に――ねッ!!」
パラパラと乾いた音を鳴らして落ちてくる雹は、その質量を高めてオレに襲い掛かる。肩が、腕が、頭蓋が歪んでいく。
「クソ――が―――」
頭と首を押さえ、逃げる事しかままならない。オレはこのまま殺され――
「―――?」
目の隅で、何かが動いた気がした。
ガレキの下で、蠢く何か。
「―――――――」
―――舞先輩だった。
彼女はそのまま琴葉先輩に悟られぬよう起き上がり――
――無理やり、ガレキに刺さった脚を引き抜いた。
「―――――――――ッッッ!!!」
ブシュリと鮮血が溢れる音が聞こえた。脈が、切れていたのか―――
その悲鳴と音とに驚き、琴葉先輩が彼女の方を向く。チャンスは今しかない。
オレは走り出し、彼女の細い身体に肩を突き出した。
「――ッッ」
音も無く吹き飛ばされる先輩。オレはその腕を、掴んでいた。
「――ようやく掴んだぞ」
状況が飲み込めた先輩は、オレを引き離そうともがく。オレは、彼女を握る手に力を込めた。
「言ったはずだ。アンタは助けるって」
「何を……言ってるんだよ。この状態じゃ、君は逃げも隠れもできない」
「ああそうかよ、でもこれならアンタもタダじゃすまない。アンタを守れなくても――皐月は、皐月と舞先輩は守れる。ほら、殺せよ」
一瞬の沈黙。その表情は、何かを躊躇っているようにも見えた。
「君ってヤツは……とことん私を苛立たせてくれるね。だから―――」
彼女の周りの空気が、数段階下がった気がした。
「――次で、終わらせるよ」
恐らく、次で最終話となります。
続編予定ですが、投稿は出来次第なので未定です。




