#85 時空を超えし斬撃
相対する6人の不良たちから一人が前に出た。
数に物を言わせてタコ殴りにされるかと思っていた直之はフッと余裕を吹き漏らす。
「……一人か。」
「一人で充分なんだよ」
ガツン!と前に出た不良は地面へとめり込む程の重量を持つハンマーを召喚する。
一人目はハンマー使い。
「身を弁えろよ。成績優秀者様にテメェらが勝てるとでも思ってんのか。」
嫌味〜な直之の言動にドン引きする雨凪の視線が後ろから突き刺さる。
前からも後ろからも敵意飛んでくる状況ってどうなんだよ……。
ため息を吐き出しつつ、挙げた右手に自身の武器を召喚する。
「来いよ、雑魚。」
ブン!と刀を振り下ろし、挑発を飛ばす。
こういう煽りに簡単に乗ってくるのが不良たる人種だ。
完全に見下した直之の視線は向けられる者の怒りの沸点を簡単に超えてしまう。
「ッッッ調子乗ってんじゃねぇぇぇぞ!!」
地面を抉っていたハンマーを軽々と持ち上げこちらへ前進してくる。
「はっ!?おいおいマジかよ」
途轍もなく重そうなハンマーを片腕で担ぎながら走ってくるのだ。
信じられない。
「ッッッッだらっしゃぁぁぁぁ!!」
大きく振りかぶるハンマーとんでもない速さのスイングで空を刈り取る。
大きく後ろへ跳んだ直之は手加減を改める。
「コード展開、天空竜!」
発言と同時に片手剣から大剣へと姿を変え、熱を持った様に刀身が紅蓮に発光する。
不良は空振ったハンマーの反動に身を委ねて身体を翻しながら今度は上へと振りかぶる。
「そこだぁぁぁぁ!!」
ドッスン!!と地面を叩き割るハンマー、そのすぐ手前にはまたもや寸前で躱した直之が大剣を懐に構え、常時大剣に溜められるエネルギーが上昇していくのを待っていた。
天空竜の能力は「溜気」。一振りの振動を与えない限り無限に大剣に集められるエネルギーを攻撃の一振りに込めるものだ。溜めれば溜めるほど一撃必殺の破壊力を増していくそれはまさに必殺コード。
「……ッッ!!」
目の前で空を振る不良に少量を溜め込んだ一太刀を放つ。
無言で歯を食いしばる直之の一撃を不良はハンマーを手早く持ち上げてフルスイングで直之の『溜気斬り』を打ち消してしまう。
そのまま大きい図体のハンマーのスイング範囲に余裕で入っている直之の横腹へとクリーンヒットする。
「がっ……!?」
メキメキッと鈍い音を軋ませながら宙を舞う。頭が揺れる感覚を伴いながらドスンと地へ落下。
「……くっそ」
頭を押さえながら立ち上がる直之はすでに虫の息であった。
(嘘だろ……まだ一人も倒せてねェぞ)
声帯を震わせながら息を吐く。考えを整理してみようと呼吸を整える。
後ろから聞こえる雨凪の声を掻き消して、意識を集中させる。
厄介なのがあの重そうなハンマーを軽々しく扱ってのける相手の異常な筋力値だ。
目の前で放った『溜気斬り』を僅かの瞬間で地面にめり込んでいたハンマーを持ち上げフルスイングまで可能にするあの筋力は恐ろしい。
破壊力を持つ攻撃に付いて回る反動というデメリットが存在しないのだ。
「おいおいもう終わりかぁぁ!?」
ハッといつの間にか俯いていた直之は顔を上げる。すぐ目の前には既にハンマーを握り絞り絶好のポジションからフルスイングを繰り出そうとしていた。
「……ッ」
後ろへ跳ぼうと体重を乗せた途端、ガクッと軸足が弱音を吐いて力が入らない。
「やべッ……」
ただ振り下ろされる死神の一撃を見ているだけしかできない。
「……地面よ、砕けなさい。」
透き通るようによく聞こえる誰かさんの声は戦闘不能を覚悟した直之の頭によく残らなかった。
しかし目の前の現象は嫌でも頭に残る。
現在進行形で起こる摩訶不思議。目の前の不良の立つ足元の地面が突如として割れたのだ
。
「あ??」
当然足場を崩し重心を無くす不良は思わず尻から地面にすっ転んでしまう。
予期せぬ奇跡を直之は見逃さない。転倒した拍子に手放したハンマーを不良が再び拾う僅かな無防備状態の不良にすかさず直之は一太刀を刻む。
「ひぎゃ!!」
間抜けな断末魔と共に致死量の血液ポリゴン片を撒き散らす。
「……アンタが何かやッたのか?」
向こうで控える不良達の追撃に目を配りながら後ろの雨凪へ視線を向ける。
「感謝して欲しいわね。」
ふふん、と鼻で謳いながら涼しい顔して舌を踊らせる。
「アンタは低成績者の筈だ。何をした?」
「何をしたって、学は無くても才はあるのよ?」
言うと雨凪は柔らかそうな下唇を押し上げる。
「私のシステムスキル、神の天運は、発した言葉の命令通りに攻撃できる。地面割れてって言えば割れるし、ハンマー砕けてって言えば砕けるの。」
「……あ?な、なんだそりャ」
信じられない事を平気で言ってくる雨凪。
でも、そんな信じられない事が目の前で起きてしまったのだから、言っていることは本当なのだろう。
聞いた限りでは強力なスキルだが、勿論人に対してのいかなる命令は適用されない……という弱点は存在する。
しかし直之持ち前の頭脳は弱点ではなく能力を更に活かす利点に気付いていた。
「……おいアンタ。いい考えがあるんだが。」
「あら、私の力が欲しいの?」
「この場を切り抜けるためだ。」
「仕方ないわね〜のび太くん(ダミ声)」
雨凪のダミ声了解を聞いた直之は姿勢を低くして大剣を構える。
「メスえもん、時を進めろ。」
「メスえもんは酷いんじゃないかしら……って、時を進める?何のために?」
雨凪が頭を傾げる間に待機していた不良二人がこちらへ攻めてきている。
「ッ……。いいから、時間がねェ!」
焦りのあまり声を張る直之にヒッと可愛らしい声を上げる。
「わ、分かったわよ!でもどれくらい進むか分からないからね?えと、と、時よ進みなさい!」
あまりに無茶苦茶な命令だが、天運を味方にする雨凪の命令に常識なんて関係ない。
人間に通用しない雨凪の天運はその場の時だけを進めることに成功したようだ。
こちらに向かう二人の不良の魔手が消えたりなんて都合のいい事は当然起こらない。
命令を出した雨凪自身すら直之の指示の意味を理解出来ない。
しかし確実に変化は起きていた。
直之のコード能力天空竜の戦い方は溜気させたエネルギーを斬撃に変えて放つもの。
雨凪の力で強引に進んだ時間は進んだ分だけ直之の大剣にエネルギーが溜まっていた。
「……何だこりャァ」
思わず直之は今まで扱ったことのない大剣に溜められた膨大な力に武者震いする。
「これで良かったの?」
大剣に纏う紅蓮のエネルギーを強く感じることくらいしか変化を見出せない雨凪の疑問に直之は邪悪な笑みを浮かべながら頷く。
「上出来だッ」
ザッ……と地を踏みしめ大剣を懐に構える。
狙うは向かって来る二人の不良。横並びに迫ってくるおかげで一撃で同時に仕留められそうだ。
「喰らえやッッッッ!!」
怒号と共に大剣を斜め上へと薙いだ。
しかしその刹那。直之の手首に掛かる溜気斬りの衝撃に身を軋ませ、呻きを漏らす。
「ぐっ……こ、んのやろォォォォォ!!!」
血管を切りそうな程、四肢がもげそうな程、脳が沸騰しそうな程に無理矢理放った溜気斬りは大気を揺らしながら空を抉る。
「なっ!?」
「ぎゃ……」
前進していた二人の不良は瞬く間に腹部から上を消し炭にする。
尚も限界突破の溜気斬りは勢いを衰えず、待機している三人の不良へと牙を向ける。
直之は負傷した脇腹を抑えながらも確信する。
今まで放ったこともない威力のこの溜気斬りが、向かい立つたった3人の不良に止められるわけがないと。
……勝利を確信していた。
紅蓮色の龍が放つ咆哮が如く勢いの斬撃を一人の不良が怪しく笑みを浮かべながら片手に持つ剣を胸の前で構える。
勝利を確信していた直之の誤算。
それはただの不良と彼を見誤っていたことだ。
目の前の不良は、たった今正門前の門前払い戦力を凪ぎ伏せた化け物なのだから。
「コード展開、Lilith」
告げられた悪魔の名前は魅惑的な印象を抱かせるが、直之と雨凪が目にしたその能力は魅惑的とは呼べなかった。
不良の構えた剣は目の前の空間を切り裂くようにゆっくり横一線にスライドする。
切れ目から見えるのは不気味に光を放つ星々が煌めく次元の狭間。
「げっへへ、二回目の殲滅だ。」
薄く開かれていた次元の裂け目は瞼を開ける様に徐々に開いていく。まるで魔物の眼の様だ。
「何だ?あの気味悪い裂け目は」
直之の抱いた一抹の不安と同時に信じられない事が起きる。
溜気の斬撃が眼の様に開かれた次元の裂け目を中心に吸い込まれていく。
あっという間であった。
瞬く間に渾身の一撃が不発に終わったのだ。
「オレの能力はそれだけじゃねーぜぇ?」
不気味に紡がれる不良の一言に直之と雨凪は身構える。
二人は口を閉じるのも忘れて体現された恐怖のごとく次元の裂け目を見ていた。
この世の終わりのごとく虚無なる空間のその奥を。
「バラけろ、ゴミが。」
さっきと同じように今度は縦に剣をスライドして次元を裂く。
ホールケーキをカットするようなその動作が残虐的な行為であることに気付いたのは、次の瞬間だった。
「……ッ!?いッッッッ、たたたたたッッッッ!?」
手前に立つ直之からブチブチブチ、と痛々しい何かを無理やりブツ切るような音と共に断末魔が聞こえてくる。
ガクリと膝を折り、そのまま後ろへ倒れる。
……頭のてっぺんからへそ辺りまでがぱっくりと開かれた惨たらしい直之の姿を視認して雨凪は頭を抱える。
「……何をしたの?一体何を」
震える声音を隠すことができず、笑う膝はやがてバツンと切り離される。
音も姿も見えない、正体不明の刃によって。
正面玄関で奮闘する李女は疲弊し切った表情で前方を睨んだ。
倒せない敵を相手にしておよそ数十分。
たった一人が倒せない。
Behemothのコードを有する不良の能力は『身体の膨張』。
貫通力に秀でた李女の必殺コード水圧砲射でさえ貫けない絶対防御の身体。
「李女!大丈夫?」
後ろから聞こえてくる由美の心配そうな声音に李女は拳を握り直す。
自分が倒れれば、由美や負傷の守郎までもが危険に晒される。
「……大丈夫。問題ないよ」
優しい声音で返す李女は深呼吸して心機一転。相手に向き直る。
自身の尾骶骨から伸びる9本の尾先には既に水圧砲射の弾が用意されている。
いつでも仕掛けられる……が、真正面に放つだけでは被弾しない。相手は被弾が予想される部位を膨張させ、防御力を上昇させるだろう。
隙を突いて水圧砲射を放たなければ勝てない。
いや、もしくは。
……新しい必殺コードを生み出すか。
李女は頭を振って都合の良い思考を振り払う。友達を護る戦いにそんな無責任な希望を持ち出す自分に嫌気が差す。
「何だ何だ?頭なんか振って、眠たいのかぁ?」
下卑た笑みを満面に浮かべる不良は右腕をブンブン回しながら近づいてくる。
「……そんなわけないだろう。」
「まぁまぁ。んなに眠てぇなら覚まさせてやるよ。」
パッと右掌を開いてじゃんけんの手を出そうとする様に手元に手のひらを引っ込める。
「おらぁ!目覚ましビンタだぁ!」
手元でパンパンに膨張した右手を思い切り李女の全身に叩きつける。
不良はビンタと言うが、膨張した手の大きさは李女の全長とほぼ同じ大きさ故、叩く様な大打撃が李女を吹き飛ばす。
「ぐっ……」
ガッ、と李女の身体は壁へと叩きつけられた。
「目は覚めたかよ。」
「このっ……」
構わず李女は一本の尾先から水圧砲射を発射する。
空を裂く貫通力の高い水圧砲射はグングンと勢いを付けて不良の元まで延びる。
しかし未だ膨張している右腕はそんな李女の切り札をいとも簡単にはたき落とす。
「無駄無駄ぁ。」
「……っ。」
不良は立ち上がろうと地を這う李女を無視して負傷した守郎を庇う由美の元へと近づいて行く。
「来ないで!」
守郎を護るべく由美は慣れない様子で自分の武器である片手剣を召喚して構える。
そんな様を不良は一層下卑た笑みで由美を見下す。
「おい羅亜、こいつはもしかしてテメェの女か?」
ゲヘヘと気を失っている守郎へ問いかける。
返ってくるはずもない守郎の言葉を待つ事もなくデカイ右手で由美の構える片手剣を引っ掴む。
「いやっ!」
「いい声で泣くじゃん。興奮してきた。」
ポイッと由美から強奪した片手剣を背後へ捨てるとようやく右腕を元に戻した。
「羅亜の前で無茶苦茶にしてやるよ。」
「ひっ……このっ、、、!?」
抵抗するが足を払われ呆気なく転倒する由美。
そこに逃げ場を与える隙もなく不良が覆いかぶさる。
「放送室や職員室鎮圧は他の連中がやってるだろうし、オレはオレで楽しませて貰うわ」
舌舐めずりの不快な音が由美の耳元で聞こえる。
後ろでらしくもない大声を張る李女の声がやけに遠く聞こえる。
前にもこんなことがあったような……。
ふと、夏休みのことを由美は思い出す。
肝試しのドッキリを仕掛けていた自分たちに目を付けた不良グループに拉致され、犯される寸前の危機を味わった。
まさかこんな場面がまたやって来るなんて想像もしなかった。
どれだけ表で平和の皮を被っていても、ここは平和なんてすぐに崩れ落ちる現実。
容赦ない現実は、常に側に潜んでいるんだ。
……それだけなのか。
いいや違うはずだ。残酷な現実は確かにすぐ隣に潜んでいるかもしれない。でも同じ様にすぐ隣には、いつだって友達がいた。
夏休みも、そしてーーー
……今も。
「へっへ、さぁって……がっ!?」
鋭く空気を切りながら何者かの足蹴が由美を覆い被さる不良の顔面を弾く。
晴れた視界には頼もしい男の仁王立ちが映る。いつも側にいて、いつも護ってくれて。いつまでも一緒にいたいと心から思う男だ。
……彼はどう思っているのだろうか。
「……だいじょーぶか。由美。」
ズキズキと痛むであろう頭を抑えながら守郎は怖い笑みを浮かべる。
涙を浮かべて笑みを返す。
……相手がどう思っていようが関係ない。
ーーうちは、ずっと想うことにする!ーー
「……そこで見てろ。残りカスを掃除してくっから」
額を切った傷口から滴る血は顎に溜まり、宙を踊ると同時にポリゴン片へと姿を変えて消えていく。
地面に血だまりを作ってもおかしくない出血は、守郎に残された僅かながらのHP量を暗に示していた。
立っているのが、喋っているのが不思議なくらいであろう。
グッと拳を握りしめ、守郎は敵を一瞥する。
昔は八つ当たりで振るっていた拳は、護る為の拳へと姿を変えている。
大切な友達を護るために守郎は再び立ち向かう。




