#84 連鎖する時間軸
「お前、どうした?」
心二の問いに彼は鋭い眼光を向けながら、暫し考える。
「……侵入者じゃ、ないみたいだね。」
確認1。敵か味方か。
「……キミたちは」
そして確認2。
「強い?」
即戦力か否か。
「お、おう……結構ボロボロみたいだな。」
彼の状態を言葉にするなら酷い火傷が手や首、鼻筋や頰に見られた。恐らく彼の前に広がる3階の渡り廊下に彼に火傷をもたらした侵入者がいるのだろう。
心二は襟足を掻きながら廊下を歩き、渡り廊下の死角から脱し、渡り廊下に目を向ける。
侵入者、見た所3人。床でくたばってる二人を見る限り、善戦してる様だ。
「華藤秀平。よろしくね。」
鼻筋を横切る切り傷の痕と目付きの鋭さで怖いイメージを抱いていた印象とは反面、トゲトゲしさを感じられない柔らかい口調に心二も言葉が返しやすい。
「天条心二!よろしくな。」
「あ!あたしは今西優璃!」
ひょい、と手を挙げて戦線に加わろうとする優璃を華藤が即座に右手を差し出して制止する。
「強かろうが女の子がこんな奴ら相手にする必要なんてないさ。」
華藤の眼は初めて目を合わせた時よりもギッと力強い印象を受ける。
「そうだな、優璃はそこにいてくれ」
華藤に便乗して心二も優璃に待機を勧める。
正直な話、コードを所有していない優璃が無理して出張るところでもないだろう。
「おぉ?女だ、ボインの女がいんぞぉ」
ゲヘへギャハハと渡り廊下の奥からゲス笑いが聞こえてくる。
「その乳、揉ませろーーーい!!」
バカ正直に突っ込んでくる不良たちに改めて身を構える二人は潜めた声量で会話する。
「あの三人の内、何人がコード持ってる?」
心二は真っ先に戦況を尋ねた。返ってくる華藤の声音は至って冷静。
「真ん中の一人だけだね、そいつが手強い。」
しかし、額から垂れる汗を心二は見逃さなかった。恐らく真ん中の能力者、かなりの手練れなのだろう。
「とりあえず他の二人を先に叩くか。」
「……いや、それじゃ無意味なんだよ」
思わず心二は自分の耳を疑う。渡り廊下に吹き通る風のイタズラが心二に幻聴を吹き掛けたとすら思えるそれは、事実正真正銘華藤の言葉だった。
「それどういうことだっ……て!?」
その事について問い返す暇は……もう無かった。
心二の眼前を容赦ない片手剣の斬撃が空を斬る。
反射的に上体を退かせた心二はすぐさま掌に得物を召喚する。
「ッンの野郎!」
力任せに心二は片手剣を斬り上げ目の前の不良の左肩を落とす。
「ひぎぃ!」
止めの足蹴を放ち、間違いなく一人を仕留めた心二はすぐ隣で戦闘を繰り広げている華藤の方へ振り向く。
両手に持つ太刀は今まさに不良一人の首を撥ねたところだった。
さらに次撃に繋げる為、なのだろうが華藤は振り抜いた太刀の勢いに身を任せて身体を廻らせながら控えている能力持ちとされる不良へ斬りかかる。
一瞬相手に背を向けての攻撃は他所から見ると正直先急いでるような攻撃。
明らかに焦りが見える。
だが、華藤の一回転から繋げた一太刀は見事不良の首筋を捉える。
「はい、時間切れぇ。」
唐突に自らの首が撥ねられようその瞬間、不良は不敵に笑みを浮かべた。
ブン!!と太刀は不良の首元を接触、しかし首と胴は離れていない。あり得ないことに無傷。首の皮膚を一切傷つけることなく、まるで鋼鉄の身体に刀を叩きつけたように刃を通さなかったのだ。
それだけではない。それ以上に予想だにしないことが起きたのだ。
心二の足に、ガッと強く握られる感触。その手の主は首を切り離したはずの、さっき切り捨てた首のない不良だった。
「!!?」
頭が付いてこなかった。目の前のこれは何なのか。自分は何と戦ってるのか。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
恐怖の感情を剥き出しにして首の無いソレの頭蓋を片手剣の柄先で何度も叩きつけるように殴り伏せる。
息をするように振り下ろし殴り続ける心二。
漸く動かなくなった首無しから目線を外し、華藤へと振り向く。
「華藤!何だよこいつは!!」
華藤も、同じだった。さっき首を撥ねた不良を再び斬り伏せ、先急ぐように能力持ちとされる不良へ刃を向けていた。
まるでさっきと同じ。
何回もこのシーンをループしているかの様だ。
ガンッ……と手応えのない重い剣撃が聞こえる。またしても華藤の一太刀は不良を仕留めることはできなかった。
「華藤!!」
声を張って心二は華藤の肩を揺する。
「……これがこいつの時間を戻す能力、Barbatosっていうらしいよ。」
その言葉に心二は耳を失った。時間移動なんて神業を成せる能力が存在することに。
信じられない能力だが、心二自身先ほど体験したシーンをフラッシュバックしてるのだ。
「……ん?おい、本当にそれだけか?」
ふと記憶を思い返した心二には解せない点があった。
確かに時間は戻ったように思える。確実に斬り伏せた不良の一人は目の前で息を吹き返していた。
……手負いの、、、首を切り取った状態で、だ。
普通なら首を跳ねる前の不良が再現されるはずだ。心二の過ごした時間の中に『首の無い不良に襲われる』なんて過去は存在しないからだ。
時間回帰……というよりこれでは、幻覚を魅せられている、と言われた方が納得がいく。
心二の質問の意味が分かっていないのか華藤は険しい表情で首を傾げる。
「本当も何も、お前も体験したでしょ?何回も何回も同じ光景を見せられて……」
「それだ、見せられてるんだろ。オレたちは」
確信を得た心二は握り拳を解き対峙する能力持ちの不良に指差す。
「こいつの能力は時間移動なんかじゃない!オレらに幻覚を魅せることだ!」
心二の意気揚々の言葉にフン、と不良は鼻で笑う。
「……確かに幻覚、かもしれないけど時間移動じゃない根拠はなんだ?」
華藤はやはり納得がいかないのか中々固まらずにフワフワしているこれからの方針を掴み取らんと急かすように手をパタパタ動かす。
「オレは首を撥ねたあとのヤツに襲われた。これは時間移動の能力じゃないだろ?
それに……オレのコード能力、武刄雷は常に周りにオレの意思を介したポリゴン片が浮遊してる。」
肉眼では見えない小さなポリゴン片を摘むような仕草を交えながら続ける。
「それが自動で働いてるみたいで無意識的に能力による干渉を無効にしてくれたみたいなんだよ。」
いわゆる武刄雷の能力の一つ、バーチャルシステムによるコード能力の発動を無効及び軽減させる『欠壊の太刀』の能力だ。
「多分、自動による『欠壊の太刀』が無効能力が作用して軽減された幻覚が『首無し不良』としてオレの前に中途半端に再現されて現れたんだろう。
時間移動なんて規模のデカい能力は『欠壊の太刀』じゃ防げないからな。」
何にせよ、心二みたいなイレギュラーが作用しなければ華藤一人では辛い戦いだっただろう。
だが、今は能力を無効にする心二がいる。
「……何だよそれなら余裕かな。」
すると華藤は気が楽になった様に吐息を漏らした。
「幻覚だか時間戻されたりとかで無駄撃ち避けてたけど、天条は相手の能力を封じてくれるんだよね?」
水を得た魚のように得意げに微笑む華藤に心二は力強く頷く。
「任せろ。」
「りょーかい、んじゃ、畳むか。」
ゴゴゴ……と華藤の体表から漏れてくる焦げ臭い匂い。
「あー、天条。勘違いしてるかもだけど、この焦げ跡、別に不良達にやられたわけじゃないんだよ。」
ボソッと華藤は聞き逃せない一言を告げた。
「……え?」
そう言えば戦場である渡り廊下に着いた時より既に倒れていた二人の不良、よくよく見ると異常な惨状を身体に負っていた。
華藤と同じく、痛々しい皮膚が焼け焦げた痕。
「オレのコード名は伊邪那美。自身のHPを削る量に比例して炎を召喚する。」
能力の内容を聞いて、そういえばの記憶を思い出す。
確か自身のHPを犠牲にコード展開の能力を発動させる類の能力者を超異能力と言ったはずだ。
天魔族のベラゼクス戦を勝利に導いてくれた宮祁高校の彼もまた、超異能力の持ち主だった。
そんな超異能力、自身の生命線であるHPを削るだけあってその威力はケタ違い。
身を削るように皮膚が焼け焦げていく華藤の右腕に灯される暗黒世界を移すかのような漆黒の炎。
やがてまさに一つの世界を形作った様な球体の炎を生み出した。
「天条!お願いだよ!」
「ラジャー!」
心二は両手を広げて意識を集中させる。周囲の見えないポリゴン片を使役し『欠壊の太刀』を発動する。
「……!?んだ?能力が……使えねぇ!?」
早くも異変に気付いた不良はあたふたと目を泳がせる。
「さぁて、今までのお返しだよ!」
球体に形作られた黒炎は右手を踊る様に揺らめき、焼き尽くす獲物を今か今かと待ち構えている。
不良の懐まで呆気なく接近に成功した華藤は右手の炎をグッと拳で握り締め一瞬炎を消した。
いや消したというよりは、体内に溜め込んだ……というべき。
ヒュッと差し出した右の人差し指と中指の爪先から煌めく漆黒。
「……BAN!」
プシュン!と勢いよく指先から放たれた黒炎の弾丸が不良の身体を射抜いた。
「ぐっ!……っあ、熱い!熱い熱い熱い!!」
黒炎の弾丸が射抜いた箇所からジュー……と肉を焦がす生々しい音と匂いが不良の鼻腔を襲う。
やがて、その傷口からメラメラと黒炎が炎上する。
「ぎゃ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶命の危機に晒される不良の悲鳴は痛々しい。こんな風通しの良い渡り廊下でも轟々と火の粉を火吹くその炎はまさしく一生燃え続ける地獄の炎の様だった。
「僕の炎、伊邪那美は永遠の炎。消えることは無いよ。」
穏やかな声音の裏には途轍もなく大きな闇が垣間見えた。
自身の身を削り生み出すのは、永遠を共にする地獄の黒炎。
超異能力たる所以がそれだった。
「すげぇ……」
ただ一言。そんな感嘆を漏らす心二に華藤は振り返りニッコリと微笑む。
「ありがとう、天条。お陰で助かったよ。」
スッと差し出してくる手を心二はすぐさま握り返す。
「いや、そんなこと……」
共闘の末、握手を交わす二人。
そんな彼らの間に無理やり割って入る優璃。
「心二!奏ちゃんと孤夏ちゃんを保健室に運ばないと……」
優璃の指差す先には暗い廊下で疲れ切った表情を浮かべる二人が視界に入る。
「力仕事みたいだな。よし、オレも手伝おう」
「いいのか?」
手をポン、と叩く献身的な華藤。確かに心二と優璃とでは一度に高校生2人を運ぶのは少々厳しいだろうと思っていたところだ。
「よし!そいじゃ任せた!」
優璃はささっと心二と華藤に運ぶ様促す。
ジト目で流し見てやると心二はふと抱えようとした手を止める。
それは華藤も同様だ。
「……ねぇ天条。この無防備な女の子をオレ達が触れてもいいのだろうか?」
「偶然だな華藤。オレも躊躇っていたところだ」
「いや奏ちゃんは男じゃん!」
優璃の指摘と重なって、わいは男や!とどこからかツッコミを入れる声が聞こえた気がした。
「なァおい。」
「何かしら?」
未だに平和の風が吹き抜ける中庭では相変わらず一定の距離を取りながら話を続ける直之と雨凪。
しかし、そろそろ話題も尽きかけていた。
「いつまでここにいンだよ。何もねーなら教室帰れよ。」
んー、と直之の言葉に長く間を置いて返す。
「どうせ教室に帰っても暇だし。ここは気持ち良いわ」
本当に気持ちよさそうに伸びっと胸を張って両手を伸ばす。
張り出された巨乳が主張されるが、あざとさマックスの雨凪の仕草に直之は引っかからない。
「……んじャオレが戻る。」
面倒そうに立ち上がる直之にすかさず雨凪が甘い声音を立ち去ろうとする直之にかける。
「まぁ待ちなさいよ。どうせ教室でハミられてるんでしょ?一緒に居てあげるって言ってるのよ?」
ぐぬぬ。
返す言葉もない直之は何も言い返せず再び腰を下ろす。
「……ッ。まぁ教室にいたくねーのは確かだが。」
「ハミられてるのも確かでしょ。」
「うるせーーな!ほっとけよ!!」
まぁまぁ、とその場を諌める雨凪は憎たらしい笑顔を向けてくる。
「……アンタ、オレの事嫌いじャなかッたのかよ」
途端に自虐的な質問をしてくる直之に雨凪はフッと視線を落とす。
「早苗の事は、早苗自身もう許してるみたいだし私がいつまでも優璃の友達のアンタを憎む理由は無いのかしら……って。」
「今西の友達?何言ってんだ、ってかアンタもしかしてさっきの添神との話聞いてやがったのか」
「そこは察して欲しいわ」
ガクリ、と音を立てて直之は項垂れる。
長い前髪が少々火照る頬を隠す。
「……何照れてんの?怖いわね……」
「何で怖いとか言うンだよ!!」
バッと顔を上げた直之は火照る頬など気にせず怒鳴り散らす。
直之の視界に入ったのは雨凪の煽り顔、しかしその遥か後ろ。
無視できない光景が広がっていた。
「……?どうしたの?」
警戒の色が直之から伺えた雨凪は思わず直之の視線を辿るように振り向いた。
「……ッたく、他人事じャなくなッたみてェだな。」
直之、雨凪の前に近付く大勢の足音。
ざっと6人というところか。
「あらあら、ケンカを売る相手の力量も分からないなんて哀れな人達。」
言いながら手元の次元石でバーチャルシステムを展開しようとする雨凪に直之は素直に戸惑う。
「待て待て。何してンだよ」
「え?何って、戦うんだけど。」
雨凪の言葉を聞いて直之はため息を吐くとガシガシ頭を掻きながら、前へ出る。
「ここはオレ一人でいい。女は静かにしてろ。」
「……い、いやいや流石にこの人数を一人で相手するのは無謀よ!私も手伝うから……」
並んで前へ出ようとする雨凪を通すまいと直之は右手を雨凪の前に差し出して邪魔を行使する。
「ちょっと!邪魔!」
「いいから黙ってろ。乳揉むぞ。」
直之の声音は力強かった。
暇潰しには丁度いい。誰かを守る為に拳を握るのはこれで何度目か。
前まではただ人を傷付ける為に握っていた汚い拳が。
「さァ来いよ。数だけのチンピラ共が。」
圧倒的不利な状況であっても、守る者が後ろにいるというだけで内から湧き上がるこの闘志が、今の直之には心地良かった。




