#83 八岐大蛇
「趣味とかあるのかしら?」
「あ?」
唐突の問いかけに直之は思わず目付きをするどくしてしまう。
「……な、何よ。そんなに睨みつけないでくれないかしら。」
質問しただけで睨みつけられた雨凪は存外な表情を浮かべる。
「あ、あぁ悪い」
すかさず謝る直之もまた存外な表情を浮かべる。向こうはてっきり自分のことを嫌っていると思っていた分、こちら側に踏み込んで来るような事を言い出す彼女にハテナを浮かべずにはいられないのだ。
「聞いちゃいけなかった?」
「んなことねェけど……しゅ、趣味?」
そんな面接で聞かれるような事を急に尋ねられても正直返答に困る。だから直之はこう返す。
「アンタは何なんだよ。」
「え……私の趣味?」
直之の言葉を聞いた瞬間に雨凪は身を寄せながらこちらへジトリと冷ややかな目を向けてくる。……これは予想外すぎる。
「……案外傷つくからやめろその反応」
「あ、あら案外メンタル弱いのね」
「何ビックリしてんだよ悪いかよ」
眉を顰める直之を無視してペッペッと手を払う。早くテメェの趣味を述べろ的な視線。
「……っ。趣味って、勉強。」
「あら!流石成績優秀者様は趣味か高貴なことで」
「ッたりめーだ、高貴たる所以だ。」
「……やっぱり成績優秀者共の性格ってキツいわ」
「おい待てやゴラ。お前の性格もキツい所あんだろ」
二人きりの中庭。他所から見れば仲睦まじそうな男女の一幕ではあるが、見ての通りそんな事は全くない。
あらゆる事象は観測する距離感でまったく違う感想を持つことがある。
いずれにしても、直之……いいや二人にとっては、不良の襲撃は未だ他人事の域を越えずにいる。
一方は待機組の一年生教室棟。こちらも他人事の様に校内放送の指示に従い教室内で待機をする生徒たちは各々が好き勝手に暇な時間を過ごしていた。
「……雨凪。」
そんな中、一層不安そうな表情を浮かべるのは添神早苗。直之との話を終わらせて教室へ戻っても待っているはずの雨凪がいない事に動揺を隠せないでいた。
担任の教師に聞いたところ、どうやらトイレで席を立ったそうだが、かれこれ20分は経つ。どう考えても遅い。
クラスメイトと言えど接する距離感がどうにも離れている他生徒たちは雨凪の遅すぎる退出を不審にも思わない。
「……あの、先生。」
意を決した早苗は担任に告げる。
「トイレへ、行ってきます」
接する距離感が近しい早苗は、友達である雨凪の身を案じずにはいられない。
今、無人の廊下へ足を踏み出す。孤高の戦場へ立つ、そんな不気味さを全身に感じた気がした。
真っ先に探したのは手近な女子トイレだ。万が一、いいや億が一兆が一にも腹痛でトイレに籠っている可能性だってある。
立ち寄ったトイレは当然無人。他の生徒たちは教室で待機しているので別段驚きはしない。当てもない雨凪の居場所……。広すぎるクエスチョンを拾う為、兎に角早苗はトイレを後にする。
「え!?」
「へ?」
ビクリと肩を震わせる。トイレを出て左手、行き止まりの筈の袋小路の壁に身を張り付けて様子を伺っている生徒がいた。
「……何してるんですか?」
「ふぅ……こんな事態に外出してるなんて、しんくんみたいな子だね」
遭遇した生徒は優しく早苗の肩に手を回し急ぎ足でトイレ個室へ連れ込む。
「え、何ですか!?」
「静かにっ」
口を手で覆われ喋るのを制される。彼女は外の様子を伺う様に耳を澄ましているようだ。何にせよ、事態が飲み込めない早苗は目の前の巨乳女子生徒にされるがままに様子を見ることにする。
で、でかい。
「うん、大丈夫かな。ごめんね急に連れ込んじゃって。」
一安心したように彼女は胸を撫で下ろすと柔らかい笑みを浮かべながら早苗の口を覆っていた右手を離す。
「いえ、あの〜もしかして先輩ですか?」
自分より大人っぽい背丈や身体から早苗は素直な疑問を口にする。
「一年フロアのトイレにいたって事は、キミは一年生だよね?私は二年生の天条紅空よろしくね!」
流れるように自己を述べると早苗も慌てて返す言葉を纏める。
「一年の添神早苗です、あの〜先輩がこんなところで何をしてたんでしょうか」
少々疑いの目を浮かべてしまった事にハッと気付いた早苗はすかさず目を伏せる。しかしそんな事は気にもとめず紅空はトイレットペーパーを静かに何センチか手に取る。
「さっき放送あったでしょ?校内の運営委員は侵入してきた奴らの対処って。私は運営委員じゃないんだけどね、先生から『お前も行ってこい』って言われてね。嫌々ながら校内を巡回してたの。」
本当に嫌そうに語る紅空を早苗は不思議そうに見ていた。先生から推薦で外へ出される彼女って一体何者なのか、、、と。
紅空はそんな早苗の視線に眉を下げながら補足を述べる。
「私、上位成績優秀者なんだよ。侵入者撃退って為だけに駆り出されただけだよ」
本人は当然の様に言うが、早苗は目を丸くして驚く。上位成績優秀者……各学年の成績上位10位に入るエリート中のエリートを指し示す造語だ。
低成績者である早苗としては、危険を孕む校内での雨凪捜索には側にいてほしい人力だ。
早苗は思い切って紅空に打ち明けることにする。
「あの、天条先輩。ちょっといいですか?」
「ん?どうしたの?」
早苗は包み隠さず、真摯に自分の抱える不安を言葉にした。友達が外へ出て行ったきり戻らないこと。もしかしたら侵入者に接触して何かしらの事故に巻き込まれているかもしれないことを。
全てを聞き終わった紅空は、コクリと頷く。
「それは大変ね、よし先輩に任せなさい!一緒に探してあげる」
ぽよん!と胸を揺らしながら紅空は頼もしい言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます!」
嬉しさのあまり早苗は頭を下げて感謝を表現する。しかしこの時、頭を下げて自分を慕う後輩の姿を見て二ヘラ〜っと口元にだらしない笑みを浮かべる見た目不審者な紅空の一面を、幸いにも早苗は知らなかった。
正門前は危機的状況に陥っていた。
軍勢とも言える不良たちの進撃にもはや門前払いは機能していなかった。
「うっそだろ……どれだけいやがんだよ。」
疲労が溜まる雫は肩で息をしながら対峙する不良たちに立ち向かっていた。
雫は倒れるわけにはいかなかった。だって、後ろに誰も立っていないから。共に立っていないから。
「……ダーリン」
倒れる礼愛の虚ろな瞳は独り戦う雫を映していた。礼愛だけではない、さっきまで共に戦っていた三年生徒たち皆、立ち向かえない自分を悔いながら地を叩く。
全ての元凶はたった一人の人間だった。
突如不良たちの間を縫って現れた奴は、一気に校内侵入を阻止する桜南三年生を薙ぎ払ったのだ。
ほぼ全ての門前払いの戦力を失い、多くの不良たちの侵入を許してしまった。
そして桜南側の致命的失態は、そんな化け物コード能力を有する奴を校内へ侵入させてしまっていることだ。
「しつけーな、んの野郎!」
ゴッ!と容赦ない足蹴が雫の額を切る。ドスン、と遂に力尽きる雫には、もう立ち上がる体力など残っていない。バーチャルシステム内に存在を許される血液量もギリギリだ。いつ現実の身体に戻ってもおかしくはない。それこそ戻ったら、雫の実体に不良たちの私刑を食らうことになる。
「トドメだ、ザコ。」
不良の大剣が雫の喉仏に狙いを定めて振り上げられる。
まさに絶体絶命の状況。
ピクリとも動かない自身の身体を恨む。
「死ね……っって、ゴハッッ!!?」
……そして、助太刀の遅さに恨む。
途轍もなく大きい大砲の様な光線が不良の上半身を消し去った。
雫、礼愛、そして三年生全員が知るところの最強のコード能力者。
固有武器であるビームサーベルから放たれるは全てを滅する白銀の斬撃。
コード名『八岐大蛇』こと矢吹漣夜だ。
「……遅いって。」
力無い雫の声音に漣夜はフッと優しげな表情を向ける。
「門前払い役、上々だ。後は任せて休んでろ。」
見たところ、加勢に来たのは漣夜一人だけの様だ。
「……矢吹?他の秩序委員の者たちはどうした?」
礼愛の疑問に漣夜は端的に「人手が足りん。」とだけ言う。校内に侵入している不良たちを鎮圧する戦力をも秩序委員で回してるか。
しかしいくら最強を誇る漣夜でも、この不良の軍勢相手に一人で立ち向かうのは無謀ではないのか。
……否。決してそんな事はない。
八岐大蛇が有する能力は、さっきみたく斬撃を衝撃波にして飛ばすだけではない。
「とりあえず死ねやァァァァ!!!」
一斉にいきり立った不良たちが漣夜の元へ襲い掛かる。
しかし漣夜は冷静にビームサーベルを前に突き出す。
「八岐大蛇式弐の太刀……」
紡がれる言葉は、漣夜の八つある必殺コードの一つ。
煌めくビームサーベルの切っ先が幾重にも枝分かれし、縦横無尽に駆け巡る。
ショットガンの様な散弾式の斬撃が前線する不良達の頭を胴体から切り離す。
「……時雨花火。」
一気に不良の殲滅を果たす漣夜。
これこそ、桜南最強の必殺コードの内一つである八岐大蛇式。その弐の太刀、時雨花火。
漣夜のコード能力は、ビームサーベルあっての能力だ。ビームサーベルが自由に扱える限り、漣夜に負けはない。
しかし不良サイドも物言わぬ骸にならない能力者はいる。
「……あっぶねー。」
その男は土から這い出てきた。時雨花火の斬撃範囲にいながらも、土に潜る事で致命傷どころか、無傷で生き延びたようだ。
「オレのコードはDemogorgon。土と一体化出来る能力だ。」
「……お前バカか?自分の能力を打ち明けてどうするんだ?」
「バカはテメェだ、分かんねーのか?オレの勝ちは決定なんだよ!こうやって土に潜ってテメェの足元まで近付いて、足首を切り裂いてやってもいいんだぜ?」
再び土と自身を一体化させて、半身を地中に沈める。
いつでも殺戮できるぜ?と意思表示してるみたいに。
「……ふん。」
失笑。
漣夜は失笑を浮かべ、半魚人ならぬ半地中人の不良に冷たい視線を向ける。
「やってみろ、土野郎。」
「殺す。」
それだけいって不良は地中へ潜伏する。今頃は漣夜の元へ目掛けて地中移動をしているのだろう。遠くでまだまだ控えている不良たちは漣夜の最期を嘲笑うように見ている。
彼らは思いもしないだろう。
地中にもぐる絶対安全だろう男を必ず殺す、必殺コードがあることを。
彼らは思いもしないだろう。傍観者である自分たちが狩られる側にシフトチェンジすることになることを。
「……さて。」
漣夜はビームサーベルを地面に突き立て、瞳を閉じる。
「八岐大蛇式伍の太刀・炎駒昇雷。」
メキメキメキッ!と地中から突如高熱の火柱が昇る。
天高く昇る数ある火柱の中心を舞う不良は驚愕の相を隠せずにいた。
ほんの一瞬で、安全圏だった地中から一気に天空にまで引きずり出された。
そして、彼は見てしまう。
自分にビームサーベルの切っ先を向ける殺戮者の眼を。
「八岐大蛇式壱の太刀・裂雷」
先ほど雫に刃を向けた不良の上半身を跡形も無く消し炭にした斬撃を再び放つ。
八岐大蛇式において全てを滅する最強の必殺コードだ。
地へ真っ逆さまに落ちていく不良の全身を見事に命中し、焼き払う。
数を揃えようと殺す。地に潜ろうと殺す。
それが彼の能力。彼こそが最強。
「……お、おいおいやべーってアイツ」
「あ、あぁ」
絶対の強さに後ろで控えていた大勢の不良達が尻込みする。立ち向かう気になれない。あんな化け物に勝てる気がしない。そんな腑抜けてしまった不良達の背後から呑気な声が聞こえてくる。
「あのー、ちょっとそこどけてくれない?」
「は?」
校門に溜まる不良達を邪魔そうな目で手を払う二人の生徒。恐らく桜南祭を見に来た他校の生徒だろうが、そのような生徒は校門周辺に数多くいた。彼らが特殊だったのは、大勢の不良に怯えもせず臆せもせずにただただ『邪魔』と言葉を発したからだ。
「は?黙れ豚。早く帰ってオナってろよ。」
「……えっと、ん〜?聞こえなかった?」
両の耳たぶから垂れる鎖のピアスを指でくるくる巻きながら、彼女はなるべく笑顔を崩さずに確認する。
「ここを通せって言ってるんだけど」
ニコッと柔らかい笑みを浮かべながら穏便に済まそうとする茶髪のピアス少女。
そんな彼女を不良達は『嘗めてんなコイツ』、そう思った。
「っっはぁぁん?嘗めてんのかテメェ。」
ゾロゾロ5人ほどの不良に囲まれる。しかし未だ少女は笑みを浮かべていた。
少女の態度に益々不良達の怒りボルテージが上昇する。
「何ヘラヘラしてんだまな板ゴラ。その洗濯板凹ますぞ!」
「へへっ、何だよそのなげーピアス。耳くそみてぇにはみ出てんじゃねーか」
「…………(ひくっ)」
その瞬間、少女の口元が大きく引きつった。笑みを常時保っていたここに来て少女が初めて、引きつった!
「……ねぇ威郎。あったしの胸ってそんなに小さい?」
話を振られた連れの『威郎』と呼ばれた吊り目男は面倒そうに自分の肩を解す。
「……っと、んじゃ脱いで見せてくれ。」
プチン、、、
何かが盛大なブチ切れた音が聞こえた……様な気がした。
「コード展開、舞闘神」
「……っっ!?」
一瞬にしてバーチャルシステムを展開し、コードを発現させた、かと思えば目の前の不良達はいつの間にか全身を刻まれていた。
「……もういいわ。こんな奴らに話し合いは無駄みたい。」
後ろの異変に気付いた不良達は一斉に振り向き、たった一人の襲撃者をぶち殺すべく武器を握る。
「……おいおいマジかよ。」
鍼嵩威郎は更に面倒そうに溜息を吐く。校門前で不良が溜まってるのを見た時、茶髪少女の草神鳴夏の言葉を思い返す。
『うわ、何か溜まってる……。まぁ美少女が退けてって言えば退けてくれるよね!穏便に済まそう、桜南側に迷惑を掛けられないしね』
「退きなさいこのチンピラ共!!!」
禍々しい双剣を振り回しながら無双する鳴夏。これが現実である。
「……っったく鬱陶しい!こうなったら……」
鳴夏は舞闘神の武器創造の能力で使っていた双剣を引っ込めると一本の漆黒の太刀を召喚する。
「……憑刀・天照!!」
ザスッ!と鳴夏は『憑刀・天照』を地面に突き刺した。
「……あぁ?何だそれ」
何だそれ……という言葉は鳴夏の行動に対して……ではない。
まさしく刀の名称通りに鳴夏の身体を何か黒い靄をした何かが憑いていたのだ。
ゴォォォ……と鳴夏を纏う黒い靄は憑刀に集束されていく。
「……必殺コード、天地鳴動!」
たった一振り。
無慈悲にも放たれる横薙ぎの一振りは空気を振動させ、漆黒の斬撃が鳴夏を取り囲む不良全てを薙ぎ払った。
何の捻りもないただの斬撃。しかし威力はケタ外れの代物だ。
ようやく不良の壁を退いた鳴夏、ついでに威郎は死屍累々の中で唯一立っている漣夜を発見する。
「……?お前らその制服、宮祁高校の生徒か。」
「えぇ、そうですけど。……とりあえずこの状況は一体」
大勢の生徒、不良が倒れている正門前。鳴夏の猛撃によりほぼ全ての不良を一掃した。残る問題は校内に進入を許してしまった不良たちの対処だ。
校内へ進撃してくる不良たちを昇降口で迎え撃つ心二、優璃、李女、由美は奏也の不在に気付いたのと同時に二手に分かれた。
李女と由美を昇降口に残し、心二と優璃で奏也の捜索に当たる。戦力面を考えてもコード持ちである心二と李女を割り振っているので問題はない。問題があるとすれば戦闘不能の守郎だ。しばらく動けなさそうな為昇降口へと置いてきたが李女が倒れない限り守郎は安全である。
「どこから捜す?」
階段を上りながら優璃が尋ねる。正直アテもない捜索だ。既に校内へ侵入している不良たちに遭遇するリスクを考えると、あまり無闇に動きたくはないところだ。
「……奏ちゃんは行方の分からない孤夏って子を捜してる訳だよな。当然奏ちゃんもどこを探していいか分からない筈。」
二階へ着くと一旦足を止めて考えを整理する。
「それに孤夏ちゃんから『たすけて』って読めるメッセージが奏ちゃんに届いてるの。」
「……結構危険な状況かよ、とりあえず電話してみようか」
すぐさま心二は奏也の携帯番号をコールする。
「……え?」
「……あれ?」
心二と優璃は声を揃えて口を開ける。
聞こえてくる、コール音ではなく、着信音。
上の階から微かに聞こえる奏也の携帯の……着信音。
心二と優璃は三階へ駆ける。異常はすぐそこにあった。三階フロア、右へ曲がり渡り廊下手前の通路。
堂々と転がっている四人の男女。その中には奏也と孤夏がいる。そんな四人の側で一人、立つものがいた。
桜南高校の制服を着ている男は渡り廊下に視線を向けていた。ピクリとも動かない。一体、何をしているのだろうか。
「……?お前、どうした?」
心二は横顔を向ける男に尋ねた。何をしている、ではなくどうした、と。
むくり、こちらへ振り向いた男の顔を見て、心二と優璃は思わず身を引く。
こちらへ振り向いた彼の顔は焼き焦げていた。




