#53 エピローグ:恋塚文歌
天条心二は心を震わせていた。
それは感動、仰天を含めたものだがそれらの感情を振り切ってズバ抜けた下心的意味合いを秘めた感情がボイスレコーダーの画面の一番上の音声ファイルのタイトルを直視させた。
その音声ファイルのタイトルの下に記載されている録画時期はたったの一ヶ月前。
その他の音声ファイルも似たような時期に録画されたようだ。
一番上のタイトル5文字のひらがなを呟く。
「しんくん……へ……。」
ボイスレコーダーの持ち主である恋塚文歌に所縁のある人物達の名前で名付けられたタイトルは、察するにそれぞれのタイトルが指す人物に向けられたメッセージを録画したものだと思われる全てのファイルには未再生の音声タイトルの頭文字に点滅する
『NEW』の文字。
画面を下へスクロールすると見覚えのある名前がタイトルを連ねていた。
紅空や鳴夏に未撫を初め投矢と拳斗のタイトルもきちんと入っていた。
まだまだ続く。
文歌の母、恋塚明葉を初め心二の母、天条一心の名も確認できた。
子供の頃にみんなで通った駄菓子屋のお姉さん、よく船に乗せてくれたおじさん、お正月の時にたくさんお年玉をくれた近所のおばさん。
6年前で止まってしまっている心二の記憶でさえ思い出せる亜戯羽村の人達の名前。
どれもこれもが、ほとんど一ヶ月前あたりに録音されたものだ。
「…………。」
心二は一通りボイスレコーダーに入ったタイトル覧に目を通してから自身のiPhoneを取り出した。
文歌の部屋から見つかった彼女の遺言とも言えるボイスレコーダーの事を電話で打ち明けると、秘密基地にものの15分とかからずに集まった鳴夏に未撫に紅空、投矢と拳斗はそれぞれが笑みを含んでいた。
そういえば6年ぶりにようやく笑顔を揃えて再会出来た瞬間だろうか。
「ちょっと!本当にこれ……文歌があったし達に⁉︎」
中でも鳴夏は満面に可愛らしい笑みを心二へ向けていた。
「うん。ほれ、これだ。」
例のボイスレコーダーを鳴夏に手渡す。手のひらサイズのそれへみんなぞろぞろと鳴夏の手元を覗く。
鳴夏は早速自分のタイトル付けされた音声ファイルを再生する。
『やっほーー鳴ちゃーーん!元気にしてるかな?』
予想通りの可憐な声は明るい雰囲気を振り撒いてくれる。
『鳴ちゃんも奈良に行っちゃってあまり話せなくなってさぁ……また撫と三人でバストコミュニ』
「ん?あれ?」
聴き入っていた皆は突如途切れた文歌の音声に首を捻る。
「へ……へぇーーっと、うん!あったしは後で一人で聴くよー」
冷や汗を浮かべて3分ほど続きを残していた音声を再生と共に画面上に現れたスクロールを最初の位置へ引き戻す。
どうやら鳴夏が音声を止めたようだ。
「おいおい、続き聴かせろよ。バストコミュニ何て言ったんだ?」
「うっさい少し黙ってろ」
とんでもない低い声音で拳斗を威圧する。
パズドラのスキルマオロチ並みに便利そうな人間版威圧である。
「オレもちーっとは気になるってんだけど。なあ心二、お前分かるか?」
話を振られた心二は即座に心当たりのある単語を頭の片隅から引っ張り出す。
「んー、多分バストコミュニケーションかな?おっぱいでコミュニケーションを図る……伝統芸能的な」
ゲシッと思い切り踵で心二の足を踏んづける。
「いったいっっ‼︎」
「適当なこと言わないでく、れ、る、か、しらぁ?」
「……そんな変態コミュニケーションを私がすると思う?」
冷ややかな鋭い未撫の視線が心二を射抜く。
視線と言うか死線である。
「ちょっと!みんなで何してたのさ!私おっぱいコミュニケーションなんて知らない‼︎」
「姉ちゃん声デカイ。恥ずかしいだろ」
……閑話休題。
みんなは再び文歌の、人によっては地雷になり得る言葉を遺したボイスレコーダーに視線を集める。
「……そもそもよぉ」
顎に手を付け考える仕草を取る投矢は続ける。
「なんだって文歌は、こんなモンを録音したってんだ?内容的にも遺言……なんてモンでもないだろ?」
投矢の言葉に全員が黙って考え込んでしまう。
確かにさっきの鳴夏へ向けたメッセージの調子で約3分の録音時間が経つのだとしたら。
本当に何の意味があってボイスレコーダーにメッセージを吹き込んだりしたのか。
仮に本当に遺言だとして。
そうだとしたら……文歌は自分の死期を悟ったというファンタジックな構想が生まれてしまう。
はたまたこの9月下旬の亜戯羽村という世界を文歌はループしていて、この先に亜戯羽村を襲う悲劇に悲観してこんなものを遺したとか……。
そんなひぐらしやシュタゲみたいなことはあり得ないわけで。
こんなメッセージを皆に遺すような彼女が自殺を考えた上で音声を録音した……なんて天地がひっくり返っても、再度言うがあり得ないわけである。
「「……んー、何でだろね?」」
考えることを同時に放棄した紅空と鳴夏は身体を翻して眼前の大海原を見果たす。
「そんな難しく考えなくてよくねぇか?」
同じく頭を抱えるのをやめた拳斗は気だるげな両目に海を写す。
「何で文歌が死んじまったとか、音声でオレらにメッセージを遺したとかさ。死ぬ時はいつだって誰だって偶然が重なっちまえば死んじまうんだし。だからオレらはそんな不幸の偶然を迎えちまう間を青春を謳歌とか言って楽しむんじゃねぇか?意識してそんなこと思いながら楽しんだりしないだろうけどよ。」
「……お前さ、本当に6年の間何があったんだよ。ポエマーみたいになりやがってさ」
うっせぇ!と肘で小突く拳斗。
痛みを感じながらもはにかむ心二を傍観しながら、先ほどの拳斗の話を聞いていた未撫は納得のいった様に微笑んだ。
「……ふん。青春を謳歌……ね。確かに無意識にしてるんでしょうね」
よいしょっ、と腰を下ろして彼らの喧騒を
BGMに目を閉じる投矢。
……秘密基地には、再び青春の風が吹いていた。
耳を澄ませば聞こえてきそうな6年前の彼らの青春。
この秘密基地に再び青春の風が吹き抜けるのははたして何日後、何週間後……何ヶ月後か。
少なくとも、何年後……何て先の話ではないのは確かだ。
文歌はいないけれど、文歌の死が再び心二をこの地へ帰るきっかけを作ってくれた。
文歌はちゃんと……ここにいる。
彼らの心の中に……なんてくさい一言は残さずに、心二は呟く。
「今日は曇りだけどさ……次会う時は〜……晴れだといいなぁ」
心二の漏らした一言に彼らは黙って首を縦に振る。
「ま、正月にでもまた来いよ。彼女連れて来てもいいぜ?」
茶化したはずの拳斗は一瞬間の空いた心二を見て固まる。
「は……はは。考えとくよ」
「……おいおい心二。もしかして彼女……いるってのか?」
さすがの投矢も寝ていた上体を起こしてまで尋ねる。
「へ⁉︎いやいや、いないってそんなの」
「な〜に隠してるのしんくん!いっぱい彼女候補いるじゃない!」
「姉ちゃん黙れ!」
「え、鳴夏?心二ってそんなに向こうではモテモテなのかしら」
「んー、確かに周り女の子ばっかだったわねぇ。特に優璃ちゃんって子とは仲良さげだった」
「よぉし心二!正月に連れてこい!何人でもいいんだぜ?」
「連れて来ねーーよ‼︎」
木霊するは青春の物音。
上げられているは青春の一幕。
その光景を懐かしむ様な目で傍観する彼女の視線に彼らは気付かない。
ふふ……と彼女は少しだけ微笑むと、踊るような足取りで祠へと戻って行った。
次にここで微笑むのは……果たしていつになるのやら。
そんな事を思いながら……。
-……えと、久しぶりしんくん!6年ぶりとかになっちゃうのかな?聴いてるしんくんは何年ぶりか分からないけど今の私は6年ぶり。
コホン……しんくん!何で帰って来ないの!はーやーく帰ってきてよー!私すっごく可愛くなったんだよ?自分で言うのもなんだけど……ホントなんだよ?
次のお正月に帰って来なかったら……うん!私奈良までみんな連れて乗り込むから!
……と、まぁ面白い話の一つでも話したげたいんだけど……それはまた今度遊んだ時まで温めておこうかな。
聞いて!私ね、将来歌手になりたいの!高校卒業したら上京して色々勉強するんだ!
有名になって亜戯羽村を賑やかにさせたいなぁ……。ほら、有名人の地元って宣伝のしようによっては観光地とかに化けるかもしれないし!
初デビューの歌も決まってるの!ラブソングでね……曲名は、『初恋讃歌』!
デビュー決まったらしんくんに10枚くらいプレゼントしたげる!サイン付きで!
……っとー。あー喋りすぎて疲れる。
とりあえず、しんくん!
またいつか……絶対に会おうね!
それじゃ!ばいばい-
帰りの電車に揺られる心二は文歌の遺したメッセージを亜戯羽村を出る前にボイスレコーダーに入った自分へのメッセージだけをiPhoneへ同期させたものを聴き終えた。
隣で寝息を立てて眠っている紅空を確認すると静かに心二は目元を右手で覆う。
誰にも聞かれないようにそっと咽び泣く心二をそっと誰かが抱きしめる。
隣で眠る紅空でもない、姿なき暖かい感触に……まるで微睡みの時に戻るかのように心二はそっと目を閉じる。
イヤホンを外すこともせずに眠る心二に、彼女は微笑んだ。
-……もしも。自分がこの世から旅立って、あの世で自分を待ち受ける神様が居たとして。
都合良く願いを一つだけ叶えてくれると偉そうに腕を組みながら神様が言ってくれたら……なんて、そんな夢みたいな事を思い出す。
たとえ相手からは見えなくてもようやく私はあなたの顔を再び見ることができた。
それが、私の願い事。
久しぶり……そして……さようなら。-
第5シリーズ「喪失の初恋讃歌編」読了いただきましてありがとうございました!
驚いたことにこのシリーズ完結までに2ヶ月が経っていました。
ひゃー……このペースで書いていったら作品の完結までにどれだけかかるのだろうか。
一応予定では第6シリーズ前に番外編を挟む予定だったんですが……
もうそのまま第6シリーズ書いていきます!
番外編で拾う予定だったショートエピソードやら伏線を絡ませながら進めて行きたいと思います
さて、初恋讃歌編の話でもさせていただきましょうか。
このシリーズを始める前にあたって、どんな話にしようかなぁと考えていたところ、当初は感動ものを書くんだと何話かのあとがきで言ってたと思いますが……
少々鬱っ気な幕下げとなりました。
色んな人の見方にもよりけりだと思うんですけどね。
心二が6年もの間目を背けてきた亜戯羽村というもう一つの故郷に再び目を向けて、親友達と分かり合えたのも事実で……。
……しかしながらきっかけは親友の文歌の悲報なワケで。
どうあってもハッピーエンドとは言い難いですよね。
今回のシリーズを締めくくるにあたってこの作品の終わりと言うのを考えてみました。
終わり方自体は頭の中にあるんです。
学園物の作品って言うのは主人公たちの卒業が一番区切りのいい終わり方ですよね。
そうは思っているものの、この「バ革命」の世界は心二の世代である今の高校一年生が二年生までを過ごす作品になります。
残念ながら、卒業までを描くことはありません。
このペースで卒業までを書いていくと、必ずマンネリ化していきます。
この一年生から二年生の間に大きな節目となる事件がおこり、最悪死者すら出かねない状況下に陥る……というラストエピソードを考えているのですが、これだけ聞くと前シリーズの天魔族編と変わらないと思われるかもですが。
恐らく遥かに鬱で陰惨な世界観になります。
言ってしまうと今回のシリーズは死者を出したターニングポイントです。
ここから先は思わぬキャラの脱落展開も出していきますが、最後は心二達に笑って幕を下ろしてやりたい心境です。
では、ここから紡がれていく第6シリーズ
「侵襲の決戦恋舞編」、近日中より連載スタートです。
あとがきは初恋讃歌編メインビジュアルです。
せめて明るい最後をお届けしました笑
次回からもよろしくお願いします!




