#27 一目惚れ
夏休み明け、懐かしの学校への通学路は少し心が浮き足立つ。
なんたって二学期はイベントがいっぱいあるらしいじゃないか。
文化祭から体育祭……あ、これくらいか。
心が浮き足立つ……なんて言葉を使ったが、何も遠い記憶の様に感じていた夏休み前の日々を再び手にできるからというだけではない。
今、天条心二の隣には帰国子女にして第一学年上位成績優秀者第一位、弥富深海が一緒に歩いている。
それも、家から。
……最初は美少女と一緒に登校することにワクワクしていた心二だったが
金髪美少女を連れ歩いてる時に感じる道行く男達の視線。すっごい気持ち悪い。
いつもは陽志が深海と一緒に行動しているが、陽志の奴、よくこんな気持ち悪い視線に堪えられるよなぁ…。関心の一言、そう思った心二であった。
「あ、心二が隣のクラスの弥富さんと登校してるー!」
そしてそろそろ限界を感じていた心二であった。確かこの声は心二の数少ない不良然としたクラスメイトの椎村火影だ。かき上げられた前髪を揺らしながら火影は心二を指差す。見た目からもお察しの通り心二や優璃と同じく火影も成績は悪いおバカさんなのだ。
「知ってるか?あいつら家から一緒に通ってんだぜ?」
そんな火影にひそひそと余計なことを喋る奴が一人。もう聞き飽きるほどのその声音は、中学時代からの連れ、垣峰守郎だ。
「……ま、マジか守郎!……ってことは…!?わーわー!あいつら付き合ってるー!!」
「てめーら小学生かーーー!!」
ついに堪えきれず、物申してしまう心二は道行く人々から今度は奇異の視線を向けられる。
「まぁ、聞け!色々とめんどくさい事情があってだな……」
深海と一緒に登校している理由を一から説明する場合、当然ながらことの発端となった姉の存在、天条紅空の過保護すぎる生態を説かなければならない。想像するのさえ面倒である。
すると心二はそもそもの話ながら思い付く。
「……そういえばくーちゃんは姉ちゃんからオレを起こしに行くだけじゃなく、一緒に登校しろとまで言われてるのか?」
深海は横に首を振る。
ということは心二を起こしに行く、という深海が紅空から仰せつかった任務はすでに達成したということだ。
「くーちゃん、もし迷惑ならオレなんかと一緒に登校することなんてないんだよ?」
依然として守郎と火影はニヤニヤしながら後ろを歩いていることだろう。
そんな中、深海は小首を傾げ心二に尋ねる。
「……迷惑?」
どうやら心二の迷惑の意味合いに気付けないでいるようだ。
「いやほら、回りからオレと付き合ってるだの朝帰りだの言われるの嫌だったら無理して一緒に着いてこなくていいんだよ?ってこと。くーちゃんはオレをわざわざ起こしに来てくれたんだし、もう姉ちゃんからの頼みは果たしてくれたし……」
「……朝帰りとまでは言ってねぇだろ。」
「心二くん不潔ー」
「うっそ!心二とくーちゃん朝帰り!?」
後ろから聞こえる声を無視して深海の返答を待つ。
というか最後。いつの間にか古旗もいるし。
やっとのこと、深海のぷるるとした唇が動く。
吸い込まれるように見つめていた深海の唇にオレはハッと我に変える。
「……別に二人で不純な事をしていた訳ではないし、私なら大丈夫よ。心二が良ければ……だけど。」
最後の言葉に胸がキュンとなる。
赤面している心二は自分の頬を叩き平常心を取り戻す。
そして、心二は先の深海の言葉から弥富深海という人間を再認識する。
そういえば夏休みに皆で行った旅行の行きしな、アニメ見てるだけでオタクと言われることについて物申していたとき、同じような事を言っていた気がする 。
事実とは異なる事を回りから何と言われようと気にしない。だって、事実とは違うんだから。
そして、それをちゃんと自分が認識していれればそれでいい、そんな節が深海の発言から見てとれる。
しかし、だとすると深海は回りから受けている勘違いを決して自分から正そうとはしないのだろう。
そう、今みたいに。
そんな深海の性格……というか人間性が今後どんな影響を及ぼすかは定かではないが、心二は思った。
あの男が側にいるのだから、大丈夫なんだろう。
「……そ、そっか。んじゃ行こうか?」
しかし、心の奥に高ぶる熱い何かのほとぼりが冷めるまでには始業式の時間が来るまでかかった。
いつも長い始業式だが、今回は一層長かった。
校長先生から大々的な発表が言い渡されたからだ。
どうやら二駅離れた最寄り駅近くに建つ宮祁高校、という学校が今年で創立四十周年を迎えたらしい。
ちなみにここ桜南高校は最近建てられたらしく、今年で七年目なのだと。どうも縁起のいい数字の年に入学したもんだと別に嬉しくもない事実に気付く心二。
「そういえばあたし達の入学した年で創立七年目なんだって!すごくない?運いいじゃん♪」
しかし心二の隣を歩く今西優璃は大変運命を感じちゃっているようだ。
ちょっとしたことで、どこぞの男に運命感じちゃったりしないだろうか……親みたいな不安を覚える心二にその対隣の守郎が先程の始業式にて発表された話題を提示する。
「まぁまぁそれより、交流会楽しみだなぁ」
らしくもないだらしない守郎の顔がそこにはあった。
「詳しい内容はこのあとのLH中にアップデートされるOアプリに記されてるって話だけど……いやぁ、読むの面倒だなぁ」
デジタル化の移行から生徒手帳が電子生徒手帳にグレードアップして以降、大切な書類以外は大抵が電子生徒手帳のテーブル機能、いわゆる学校関連の情報が更新される度にテーブルと呼ばれる掲示板に記載されるという機能だ。
電子生徒手帳の用途は多岐に渡り、テーブル機能の他にも以前バーチャルシステムの日常化時に説明した電子生徒手帳に生徒名を打ち込むことでその生徒の点数を把握することができるリーダディング機能。そしてほとんど携帯のような機能性を兼ね備え、入学時に無償で配布された時は喜んだものだ。
そして特に大事な話はその都度配信されるOアプリと呼ばれる桜南高校独自のアプリを専用パスワードを入れることでインストールして、確認する必要がある。
……ただ、Oアプリの文章は特に長ったらしいことが多い。ちなみに、テーブル機能に記載される情報なんて翌日の時間割りや部活動ごとの集まりの時間程度だったりする。
はぁ、とめんどくさい気持ちを包み隠さずため息にして出すと、後ろからドタドタと走ってくる音が。
「なぁ心二!」
肩をポンと叩いて呼び掛ける火影。
「ん?どした?」
呼ばれて振り向く心二は火影と一緒にいる男に目を向ける。あまり話したことはないが、確かクラスメイトの撃村託巳だ。みんなからはたくみんやらの愛称で親しまれている男である。
「たくみんが心二に頼みがあるんだって!…ほらたくみん!」
火影に背中を押され、たくみんこと託巳は前に出される。
「あ、あのさー心二。そ、その……隣のクラスの弥富さんっていんじゃん?」
顔を真っ赤にしてモジモジしながら言葉を必死に紡ぐ託巳に心二は微妙ながらに悟る。隣で聞いていた優璃もどうやら気付いてるようだ……って優璃さん鼻息鼻息。興奮しているようだ。
「あぁ、それがどうしたの?」
わかってはいるものの、ついつい意地悪を聞いてしまう。
託巳は意を決し、言葉にする。
「弥富さんを……オレに紹介してくれないか!!」
ひゅーと口笛を吹く優璃。
心二も便乗したくなるくらいにひゅーな気持ちをだった。
どうやら託巳は深海に好意を抱いてるそうで、お近づきになりたいご様子だった。
しかし、実際問題それは難しい。恐らく深海の想い人は常に行動を共にしている狭山陽志なのだから。
「たくみん悪いことは言わない、別の人にした方がいいよ。くーちゃん好きな人いるし」
優璃も考えは同じらしく託巳に諦めるように言う。
だが、託巳の目は諦めの色を見せない
「オレに振り向かせるから問題なしだ!」
顔を真っ赤にしながら拳を握る。
変に男らしい発言に優璃が再び口笛を吹く。
「そっか、うん!ならあたしは止めない!応援するよ!」
女は心変わりが早い。いや、もしかしたら試したのかもしれない。自分の好きな女に想い人がいる程度で諦めるくらいなら論外だ……みたいな考えがあるのかもしれない。
優璃がそこまでかんがえてるとはどうも思えないが。
「……なら、今呼ぼうか?丁度来たみたいだし 」
心二が視線を促した先は体育館から出てくる陽志と深海。
「おーーいくーちゃーん!」
託巳の返答を聞かず、優璃はすかさず深海を呼んだ。突然呼ぶものだから託巳はものすごい引きつった笑いを浮かべながら目を泳がせていた。
「……おはよう優璃。どうしたの?」
何の用かと尋ねる深海の前に「ほれほれー」と押し出す優璃。
今朝から相変わらずのクールな振る舞いを見せる深海は見様によってはやはり美少女ながらの存在だ。
託巳からしたら美少女と言わず天使にまで昇華してるのだろう。
天使の前に押し出された凡人の浮かべる相と言ったら、それはそれは奇妙な表情なのだ。
引きつらせた口角が元に戻らず、不気味に笑っている不審者みたい。
このまま外を歩くようなことがあれば、間違いなく通報されるレベル。
そんな不審者を前にしている深海より少し遅れて陽志がやって来る。
「……なぁ心二。なんだコイツ?」
自分の連れの目の前に立ち尽くす不審者顔の男について尋ねる。
「まあ、いわゆる青春の一幕ってやつだよ」
「こんな不審者顔が今この瞬間青春してんのか?守郎より不審者顔だぞ?」
「うっせーぞ陽志!!」
こんな奴と一緒にすんな!みたいな勢いで鋭く罵る守郎。
「……あのー……。」
睨み合い、というか見つめ合いの状況にさすがの深海も気まずさを感じたのか、困ったように首を傾げる。
「……あっ!っえと……ぼ、僕は撃村託巳って言います!」
とりあえず会話をするべく自己紹介をする託巳。
同級生にいきなり敬語で喋られるものだから戸惑う深海。
「……私は弥富深海です。」
向かい合う二人を見ながら、心二……いや、この場の全員が思ったであろう。
お見合い?これ。
「「………………。」」
深海の言葉を最後に、沈黙が続く。
空気が重い。さっきまで始業式を終えて教室に戻る生徒達が行き交っていたのに、回りには心二達を除いて誰もいなく、ついには窓から見える体育館の出入り口から始業式終わりの教師達が出て来始めた。
「……っておいおい心二、教師が出てきた!見つかったらまずいぞ!!」
「あ!ホントだ!」
今いる廊下の曲がり角へ戻ったらすぐに見つかってしまう。言ってしまえば向こうから側から心二達が覗いてる窓を見られたら簡単に見つかってしまう。
しかもよりによって狂戦士の異名で知られる生徒指導の鬼神勇二郎も出てきた。
「みんな~退散退散!」
優璃の指示に皆、窓に姿がはみ出ないように姿勢を低くするのを忘れずにいち早く逃げる。
心二も退散しようとした時、視界の端に皆とは逆方向……つまり体育館の方へ歩いていく生徒を捉える。
「……おーい!菜川か?どこ行くんだよ!」
教師に聞こえないように控えめな声で呼びかけるが、その声は届かずに曲がり角を曲がってしまった。
「……何か先生に話でもあるのかな?」
そんなに気にすることはなく、心二は皆を追いかけた。
静まり返った廊下は、恐怖心じみた物を心二に感じさせた。
始業式の日の下校時、交流会の雑談を交え、家に着いた心二は早々にお昼ご飯を平らげて眠りこけてしまった。
そんな心二の元に一通の電話コールが鳴った。
「………んくっ……んにぃ?」
無機質な着信音を消すべく無意識的に音源と思われるスマートフォンに手を伸ばす。
発信先は「今西優璃」と画面に表示されている。
ここで心二はテンションを上げる。
「……もしもし」
だがしかし、あくまでも表面上クールに冷静に対応する。
素直になれない年頃なのだ。思春期なのだ。boyなのだ。
「心二?今から出かけられる?」
さっきまで喋っていた優璃とはまるで違う、真剣な優璃の声音がスマホ越しから聴こえた。




