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残月記 〜人喰い熊に転生した男の残酷な復讐劇〜  作者: 卯月 幾哉


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第11話 禁忌

※猟奇的な描写があります。ご注意ください。

 ――岩手県、凌雲平(りょううんだい)市。

 凌雲平の東側に広がるこの市は、幹線道路や鉄道が大動脈のように走る交通の要地でもある。


 そして、この4月に大学3年生となった不動(ふどう)蓮華(れんか)にとっては、故郷の街だ。


(――1か月ぶりか……。父さん、元気かな)


 リュックを背負った蓮華は今、バスを降りて辺鄙(へんぴ)山間(やまあい)にある実家まで歩いていた。


 この日は4月29日。金曜の祝日だ。

 世間が大型連休(ゴールデンウィーク)の到来に浮かれる頃、蓮華も連休を利用して大学のある盛岡市から帰省していた。


 ただし、蓮華は古い木造の実家を目前にして、意外な人物と遭遇(そうぐう)する。


「佐々木さん……?」


 田舎ではよくあることだが、蓮華にとって近隣住民はみな知り合いだった。


「――ああ、蓮華ちゃん。帰って来たのかい?」


 佐々木というその若手の警察官も、蓮華にとっては古い顔なじみの1人だった。

 彼は白い自転車に乗って、蓮華の逆側の道から現れたところだった。


(うち)に何か用事ですか?」


 蓮華が問うと、佐々木は自転車を()めながら「うん」と頷く。


「お父さんに、話を聞かせてもらいにね」

「……もしかして、あの熊の事件ですか?」


 蓮華が重ねて(たず)ねると、向き直った佐々木は目を丸くした。


「知ってたのかい。その通りだよ」


 佐々木は蓮華の予想を肯定した上で、続けてこう言う。


「――お父さんは、遺体の第一発見者だからね」



    †



「――ありゃ、普通の熊じゃねぇ」


 蓮華の父――不動修悟(しゅうご)は、2人を前にして開口一番にそう言った。

 蓮華はそれを、佐々木の横で畳の上に正座して聞いていた。


 3人は今、和室の中で座卓をはさんで座っていた。

 卓上には、各々の位置に蓮華の()れたお茶が置かれている。


「……と言いますと?」


 佐々木がやや遠慮がちに問う。

 修悟はもう40代後半だったが、腕や首は太くがっちりしており、圧を感じさせる風貌(ふうぼう)をしていた。


「顔をやられるのは……熊の被害じゃよくあるこっだ。ヤツらは仲間内の喧嘩(けんか)でも顔を狙うからな。だけども――」


 それから修悟は両目を見開き、恐ろしいものを見たような顔で言う。


「……あの被害者は、ハラワタを引きずり出されて()われでたんだ」



 ――ぞくり


 蓮華はその瞬間、背中に氷を入れられたような寒気を感じた。



「……非常に、危険な熊ということですね」


 青ざめた顔で言う佐々木に対し、修悟は神妙に(うなず)いた。


「人の血に飢えたような熊だ。近づいちゃ行けねぇ。……しかも、だ」


 修悟の話は、まだ続いていた。



「――遺体の左腕は、登山道に落ちてたんだぞ」


「……?」


 そう聞いて、蓮華は首を傾げた。


「それって――……?」


 佐々木もピンと来てはいなかった。


 被害者の遺体は、登山道から少し外れた場所――山菜の自生地で発見されたという話だった。


 ――なのに、左腕だけが登山道にあった。


 ……いったい、何のために?


 修悟は茶に口をつけ、深く溜め息を()き、言う。



「……まるで『見つけてみろ』って言ってるみてぇだった」



 蓮華の目が点になった。


「――えぇっ?」


 そんな蓮華の隣で、佐々木は()()って動転していた。


(……ただの熊が、そんなことを――?)


 蓮華の知る限り、それは起こり得ないことのように思えた。



「――『俺がやってやったんだぞ』……ってな」



 修悟は続けてそう言った。

 その語りは真剣そのものだったが、現場を見ていない蓮華には実感が湧かないところがあった。


(――偶然、じゃないのかな……?)


 熊がそんな人間じみた(・・・・・)悪意を感じさせる行為なんて、するはずない。

 ――父は注意を促すために、あえて大げさに語っているのではないだろうか?


 蓮華はそう(いぶか)しんだ。


 だが――――



「……(おり)ゃあ、恐ろしい。ありゃあ、尋常(じんじょう)な熊じゃねぇ。まるで、山のタタリだ……」



 蓮華は気づいた。


 ――修悟の湯呑(ゆのみ)を握った手が、(かす)かに震えていることに。


(演技なんかじゃない……。そもそも、そんなに器用な人じゃない)


 彼女は、そこで1つの確信を得た。


(――それぐらい、ヤバい奴なんだ……)


 このとき蓮華の中で、その熊に対する強い興味が湧いた。


 熟練の熊撃ちである父を、こうも怯えさせる熊。


 それをもし、自分が仕留めることができたら――……


 ――そんな風に、夢想した。




「……もしものときは、駆除をお願いするかもしれません」


 ひと通りの話を終えた後、佐々木は修悟に向かってそう言った。

 まずは注意喚起を呼び掛ける。それでも熊による人への害が()まないようなら、駆除に動くべきだろう。


 そのときは、腕利きの熊撃ちである修悟の出番だ。


「――ああ、そんときは任してくれ」


 自信を持って応えた修悟は、もう震えてはいなかった。


「……お父さん、私も手伝っていい?」


 蓮華は期待を込めて訊ねた。

 父親の背中を見て育ってきた彼女は、昨年20歳を迎えるや否や銃猟免許を取得した。

 将来は、猟師となって父の後を継ぐつもりだった。



 ――が、問われた修悟は眉をしかめた。


「お()ぇはまだ学生だろ。学生は勉強しろ、勉強」



 取り付く島もなく、蓮華は肩を落とした。






    †††






 ――――あれからもう、3日が経っていた…………。


 あの最初の凶行の後、俺はまた山奥のねぐらの方へ帰って来た。


 体の制御については、()が終わった直後にミカヅキに預けざるを得なかった。


 家に帰るまでが遠足……とは人間の頃によく聞いた文句だが、残念ながら俺の精神はそこまで持たなかった。


 あのまま動いていたら、口に入れた物(・・・・・・)を全て吐き戻していた――そんな気がする。


 何が起きたのか、って?


 ……3日前、あの老人を殺した後で、



 俺は――――




    ††




《――ヤッタナ、マサミ》

〈ああ……〉


 熊と一体化した俺の目が見下ろす先には、変わり果てた老人の姿があった。


 その頭部は、鮮血で真っ赤に染まっている。

 ……潰れたトマトみてぇだ。


〝――とりあえず、これだけでいいんじゃないか……?〟


 そのとき俺の胸の内で、誰かがそう(ささや)いた。


〝――お前はよくやったよ。

 ……ちゃんと、最初の一歩を踏み出せたな〟


 そう、訳知り顔で囁く(やつ)がいた。



(――――(だま)れ!)



 俺はそんな己の意気地(いくじ)の無さを、自分自身で否定した。


 ――これだけじゃ、駄目だ。


 ……このままじゃ、禁足地に勝手に忍び込んだ老人が、ただその報いを受けただけ……。


 ……もっとわかりやすく、熊の恐ろしさを人間社会に知らしめなければならない。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は冷たい覚悟を固めた。



《――マサミ……?》



 ――悪いな、ミカヅキ。


 ……見たくなかったら、目を伏せておいてくれ。



 ミカヅキだけじゃない。

 俺は心の中で両手を合わせ、名も知らぬ老人に対しても謝罪した。

 この後で俺が行った、許されざる蛮行(ばんこう)に対して…………



 ――――そして俺はすぐに、自分の選んだ行動を後悔した。



 ……それは、老人の命を()った行為よりもよほど、自分の心をすりおろす作業だった。



 俺は、老人の物言わぬ死体に爪を突き立て、体を引き裂き、ずるずると腸を引きずり出した。


 そして――――――





 喰った。





 血と内臓のニオイに鼻が曲がりそうな思いをしながら、引きずり出した腸を、残った胴体を喰いちぎった。


 ……残忍な熊の仕業に見せかけるために。


 皮を突き破り、血を(すす)り、肉とともに呑み下した。


 ――味なんて……わかりはしない。


 体が熊だからか、忌避(きひ)意識が少なかったのは幸いだっただろうか……


 ――――別に、おいしくはない…………


 ミカヅキから、そんな感覚が伝わってきた。




 ――これだけやって、誰にも気づかれなかったら意味がない。


 完全にスプラッタと化した光景を前にして、俺が思ったのはそれだ。


 そこで俺は、遺体の一部を引きちぎって、老人がやって来た登山道の辺りに遺棄(いき)することにした。


 少しでも早く、遺体が発見されるように…………




    ††




 ――時は再び、現在に戻る。


《――マサミ、クルシイノカ……?》


 俺はまた魂同士の対話で、ミカヅキに気遣われていた。


〈いや……〉


 言葉では否定しようとしたが、気分は最悪だった。


 ……あのときから、何度も何度も、あの老人を殺して喰らったときの光景がフラッシュバックしていた。


 ……グチャグチャに潰れた頭部、飛び散った脳漿(のうしょう)、引きずり出した腸、喰いちぎられた首筋、冷たくなった左腕……


 ――――そのどれもが、他の誰でもない、俺自身の所業の結果だ。


 もしミカヅキがいなければ、深刻なPTSDによって俺はもう動けなくなっていたかもしれない……。


 情けねぇ…………



(…………しっかりしろよ、俺)



 俺はまた、自分に語りかけていた。



(――自分で「やる」って決めたんだろ?)



 そうだ。


 あれで終わりじゃない。


 むしろ、始まりに過ぎない。


 ――あんなもんじゃ、まだまだ全然足りない。



 ……俺は、意識を上向かせる。


 相変わらず気分は最悪だが、それを真っ黒な覚悟で上書きした。




《――マサミ?》


 ミカヅキは、そんな俺の気持ちの変化を敏感に察したようだ。


 ……そろそろ、認めるべきだろう。


 ――こいつは俺の、唯一無二の相棒なんだと。



〈……行くぞ、ミカヅキ〉


《ドコヘ……?》


 ミカヅキは(えさ)であるアリの巣穴から手を離し、頭をもたげる。


 俺はあえて、酷薄(こくはく)なトーンで告げる。



〈――――次の獲物を探す〉





拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

作者都合により、今後の投稿頻度を月水金の週3回とさせていただきますm(_ _)m

詳しくは、下のnote記事をご覧ください。


https://note.com/uduki_ikuya/n/n7547fa6845a9


※活動報告からもリンクしています。

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