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第89話 我思う。ゆえに……

「……と言うわけでウェルンドさん、お約束通り刀を打って貰いましょうか」


 翌朝ウェルンドの小屋まで下山した茶々丸は、扉を開けるや否や彼に手に入れたヒヒイロカネを感情のままに叩き付けた。

 もうこういうスタンスで彼を扱うことに決めたらしい。

 もっともウェルンドも、それを拒否できる立場には無いのだが。


「よっ、よくぞご無事で! 早速打たせて頂きます!」


 丁寧にそれを両手で受け取りながら、ウェルンドはびくびく縮み上がって工房の方に引っ込んだ。

 パチパチと、炭のはぜる音がする。それと同時に、物の燃える臭いが小屋一杯に広がった。窯に火を入れ始めたらしい。


「お二人とも、ご朝食はとられましたか?」

「いや」

「まだです」

「それではご用意しますね。お隣の部屋のテーブルに掛けてお待ち下さい」


 お手伝いエルフはそう頷くと、奥の厨房へと引っ込んでいった。


「それじゃ、ありがたく頂くとしようか」

「ですね」


 二人は顔を見合わせて苦笑すると、すすめられた通りに昨日お茶をしたテーブルに腰掛けた。




 お手伝いエルフの作ってくれたハムエッグとフレンチトーストは、頬が落ちるほどに旨かった。

 食後に出されたストレートティーも、店で出されたならばかなりの値が張るのではと言う味で、心がひどく安らいだ。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」

「それは良かったです。では、お下げしますね」


 丁寧なお辞儀と自然な笑顔で、彼女は食器を炊事場へと下げていく。

 そうと言われなければ、いや、言われてもなお彼女を誰もNPCとは思わないだろう。それほどまでに、完成度の高い出来映えだ。

 気を抜けば茶々丸は、彼女に情がわいてしまいそうになる。


「あの子のこと、気になるのか?」


 無意識に、その場を立ち去る彼女のことを目で追ってしまっていたらしい。隣の席に座る九龍がにやにやしながら茶々丸の顔を覗き込む。


「いや、そう言う訳じゃないんです。ただ……」

「ただ?」

「あんなに自然な動きで優しく接してくれるのに、結局は全部システム道理に動いている感情のないNPCなんだなぁと思うとちょっと」


(それに、彼女達の視覚を介して足立大誠がプレイヤーを観測しているかもしれない)


 現実世界でも一日が過ぎようとしている現在、チャット上でも犯人は足立大誠ではないかと言う意見で話が纏まりつつある。

 こんなことが出来るのは、この世の中にあの男しか居ない。

 大誠の才能や、それに対する信頼が、最悪の形で証明されてしまった瞬間だ。


 彼は、北条充の親友にあたる。信也と違って直接面会したことこそないが、彼女は二人からよくその人となりを聞かされた。

 人の為に動ける奴だとか、友達想いの優しい奴だとか、二人からはそんな肯定的な話しか出なかった。

 勿論、贔屓(ひいき)目で見ているところも有るだろう。

 それでも、悪い話が一つも二人から出てこないのだから――刑事があまり物事を憶測で考えるものではないが――本当に心優しい人なのだろう。

 だからこそ、彼が犯人だと言うことが茶々丸にはどうしても引っ掛かる。

 何か裏が有るのではないか? 足立大誠を犯人に仕立て上げたい誰かがいるのではないか? そう思わずにはいられない。或いは、


(これも、誰かのためにやっていることなのか?)


 友人か、親類縁者か、恋人か。誰のためかは分からない。それでも、そんな大切な人のためにやっているのだろうか。

 ……もしそうだとして、その()()は果たして喜ぶのだろうか?


 そんな物憂い気な表情を浮かべて思考の沼にはまる茶々丸を見て、九龍は優しく微笑んだ。


「AIに感情があるのか、無から感情を作り出すことは可能なのか、それは私には分からない。専門じゃないからな」


 ティーカップから沸き立つ湯気が、九龍の呼気にたなびく。


「でも、これは古い研究だが、自動学習機能を持ったAIも罵倒されれば傷つくし、鬱に似た症状を発症することもあるそうだ」

「そう、なんですね」

「うん。人間だってそうだ。自分から見た相手が本当に感情の有る存在か、証明するのは難しい。君から見た私はもしかすると、感情無き存在なのかもしれない」


 九龍は紅茶を一口すすって唇を濡らす。


「ましてや今はこのヨルムンガンドにいるプレイヤー全てが、実質的には他者から見てAIと遜色ないような存在になっている。だから、君の思いたいように思えば良い」


 少なくとも、私はそう思うよ。そう言い終わった後少し恥ずかしくなったのか、九龍は顔を赤くして紅茶を一気に飲み干した。


「思いたいように、ですか」

「……あんまり復唱せんでくれ。恥ずか死ぬ」


 ぷいと茶々丸から顔をそらして頬杖をつく九龍の背を見て、茶々丸は小さく微笑んだ。


(もしそれが許されるなら、私は……)


 彼女の左手に、充のあのゴツゴツとした手の感触が甦る。

 彼なら、きっとどうにかしてくれる。

 茶々丸――優輝は、ゆっくりティーカップに口をつけた。

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