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第88話 疑念

 警察庁を後にした二人は、その後防衛装備庁、ユメミライに顔を出し、知古の者を介して協力を申し出ると、新幹線に乗り込んで神戸へと向かった。

 新大阪駅を出た新幹線は、そのまま一路新神戸へと向かう。駅からユメカガクまでは、かなり距離がある。


「……ナンコー君、さっきからあなたが何考えてるか、当ててあげよっか?」


 空はもう随分と暗くなり始めている。

 それを窓からぼんやり眺めていた充の顔を、となりに座る渚沙は微笑しながら覗き込んだ。

 車窓に映る眉間に縦じわの寄った己の顔を見つめながら、充は小さく頷いた。


「伊藤さんのことでしょ」


 渚沙の声が鋭く刺さる。

 充はまた、こくんと小さく頷いた。

 新幹線は速度をじわじわと落として行く。間も無く、新神戸駅に入るだろう。

 充の脳裏に、畠山と名乗った男の表情がよみがえった。


(伊藤。君は一体……)


 話は、数時間前までさかのぼる。



 *



 サイバー警察局は、元々優輝が配属されていた場所だ。

 失明する前は優秀な警察官だったようだから、配属されたのはその後だろう。事務方などにならなかった辺り、よほど優秀だったらしい。

 もっとも彼女の仕(・)事(・)能力は、充もよく知るところではあるが。


 担当の畠山は、二人の申し出を親身になって聞いてくれた。

 前代未聞の事件で彼も手一杯だろうに、協力のために人員を抽出するとも言ってくれた。


「北条さんのお噂はかねがね聞いています。義理の弟があなたの部下でしたので」


 畠山は、そんな話も二人にした。

 充が自衛官時代、フルダイブ技術の防衛導入に奔走していたことや、その繋がりもあって史上最年少の一佐になったことも、彼は知っていたようだ。


「私も元は研究畑の人間でした。フルダイブにも、警察のなかではある程度精通している方だと自負しています」


 そう前置きをして、畠山は息を吸い込んだ。


「今、この国でもっともフルダイブに精通している官僚はあなただけです。この国を、家族を、よろしくお願いいたします」


 畠山は頭を垂れてそう言う。彼の家族もまた、この事件に巻き込まれたらしい。

 真っ直ぐな目だ。歳も、充より少し上だろう。

 聡明な人だと思った。権力や名誉にとらわれない、真に大衆のことを案じている。

 事件発生からわずか半日で、自分達だけでは手におえないと言うことにも気づいている。現場ではさぞ、頼りにされているのだろう。


「フルダイブ開発に携わったものとして、最大限努力させて頂きます」


 その言葉に、微かにこちらを向いた畠山の顔色が、まるで花が開くように明るくなった。


 話はトントン拍子に進んだ。

 三十分もかからぬ内に大まかなことが示し合わされ、細かいことはまた後で、とメールアドレスを交換し、充達は一旦引き上げになった。


 去り際に、充は畠山の方を向き直って言う。


「最後になってしまいましたが、サイバー警察局から私の部署に出向してきていた伊藤さんが、業務中に今回の事件に巻き込まれてしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」


 充はそう、先程畠山のしたように深々と頭を下げる。

 その時彼の方から聞こえてきたのは充を気遣う声でもなく、ましてや充をなじるような声でもない。


「伊藤……?」

「えっ?」


 困惑したような、そんな声だった。

 充はパッと顔を上げ、畠山の顔色をうかがう。

 混乱と、動揺との入り雑じった、困ったような表情。

 とっさに充は口を開く。


「もしかして伊藤優輝は、この課ではありませんでしたか?」


 畠山は目を丸くして、なおも困ったような、驚いたような顔で答えた。


「いえ、うちの局に伊藤優輝さんなる人はおりませんよ」



 *



 ユメカガクを後にしても、ホテルについてシャワーを浴びても、充の疑問は晴れなかった。


「はい。それでは今日は失礼します。はい、はい」


 床につく前に静とビデオ通話で今後の話をしている最中も、優輝のことが頭の影にちらついた。


 ……いずれ、確かめなくては。


 しかし今ではない。今はそんなことを考えている余裕はない。

 そう思い直すことにして、充はベッドに重い体を横たえた。

 明日からは、いよいよ本格的にこの事件に取り掛かることになる。

 報告では、充が奔走している内に世界各国でも多数の死者が出ているらしい。あまり悠長なことはしていられないのだ。


(大誠。お前は今、何処で何をしている?)


 どうして、俺に直接電話なんぞかけてきた?

 どうして、こんなことをしでかすまで相談してくれなかった?


 記憶の中で、大誠が人懐っこい笑みを浮かべる。

 常に険しい顔をしているように思えるが、少なくとも幼馴染み四人で居るときは、そんなことは全く無かった。

 花に誘われ剣道こそやっていたが、本質は虫も殺せないような優しい性格。それが、足立大誠という男。

 お前は何処で、狂ってしまった?

 そんな問い掛けを脳裏に映る親友の幻影に投げ掛けて、充はそっと意識を手放した。

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