第87話 ヒヒイロカネを求めて
タクシーから滑るように降車すると、二人は警察庁の中へと足を踏み入れた。
「予想通り、大慌てだな」
まだエントランスに入ったばかりだと言うのに、警察職員達が駆けずり回っているのが見て取れる。対応に追われているのだろう。
「ひょっとして、お電話頂いた北条様でしょうか?」
ふと、そんな声をかけられた二人はとっさにそちらの方を見る。そこには、一人の事務職員の女性がいた。恐らく、担当の職員だろう。
「はい。総務省の北条です」
「お待ちしておりました。では、こちらへどうぞ」
充は簡単なやり取りを済ませると、事務職員に連れられて渚沙と共にサイバー警察局へと案内された。
「ナンコー君、まだ総務官僚だっけ?」
「こまけぇこたぁ良いんだよ」
エントランスからしばらく歩いた後、二人は小さな会議室へと通された。
「サイバー警察局の方は今事件対応中ですので、お話は担当者がこちらでお伺いすることになります」
そんな前置きと共に足を踏み入れた会議室には、一人の男が座っていた。
「お初にお目にかかります。サイバー警察局フルダイブ担当課課長の、畠山と申します」
銀縁のメガネをかけた中年の男はそう言って、二人の前に歩み出た。
*
――ブリュナーク近郊・山岳地帯
「何処だぁ……ヒヒイロカネ……何処だぁ……?」
雪深い山中を、茶々丸は目に映るモンスターことごとくを手当たり次第に撫で斬りにしながら進んでいる。最早彼女の方がモンスターだ。
「ウェルンドの情報によると、この辺りの鉱石系モンスターから低確率でドロップするみたいだな」
「低確率ぅ?」
通算十五体目のアイスゴーレムを突き殺した直後、背後の九龍の言葉に彼女はぬらりとそう振り返る。
九龍の方は、その恐ろしい雰囲気に冷や汗だらだらだ。
「ひっ! まっ、まぁ、私も全力でサポートするから、さ。な? 頑張ろ?」
「あの変態野郎、刀一本作っただけじゃ許しませんよ……」
茶々丸はボソリとそう呟きながら、再びアイスゴーレム目掛けて駆け抜けていった。
「…………出ない」
空が茜色に色づく頃、茶々丸は死んだ魚のような目をして膝をつき、何処か遠くを眺めていた。
「茶々丸君! 正気を取り戻すんだ! まだ機会はある!」
「私今日これで五十体近く倒しましたよ!? 既にオオカミどもも蹴散らした後に! 絶対あの変態に偽情報つかまされたに決まってます!」
「落ち着け! そんなことしてもあいつに何のメリットも無いだろう? 取り敢えず今日はここでビバークして、明日また探そう。な?」
九龍にそう促され渋々立ち上がり、ビバーク先を探すことに決めた茶々丸。
とは言え、もう精魂尽き果てた様子の彼女に頼るのは酷な話。九龍を先頭にして、一行は何処か適当な洞穴か木の俣を探すことにした。
「うーん、良いとこ中々ねぇなぁ……」
「このゲーム、凍死とか無いですよね?」
「私の知らん間にアプデで実装でもされてない限りはなぁ」
そう言いながら、手当たり次第に巨木や岩壁を見て回る二人。空は次第に光を失い暗くなる。いよいよ本格的な夜が訪れる頃合い。
そんなときだった……
「あれ、何かアイテム入ってる」
何本目かの巨木を見て回っているとき、ふと九龍がそんなことを呟き始めた。
視線の先には、人一人なら簡単に入れそうなうろがある。九龍はおもむろに、その中に手を突っ込んだ。
そして、アイテムをわしづかみにして引きずり出した。
「これって……」
アイテム:ヒヒイロカネ
説明:最高の硬度を誇るとされる金属。武器や防具を作るのに用いられる。
「「こっ、これだぁぁぁぁぁ!!!!!」」
二人の叫び声が、夜の山にこだました。
山中のモンスター達は、今頃眠れぬ夜を過ごしていることだろう。