表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/126

第70話 そして序幕は終わりを告げる

 カーテンを右手でなぎ払い、充はDDを被ってベッドに仰向けに横たわる優輝に駆け寄る。


「伊藤! おい伊藤!」


 大声で呼び掛けども、体を揺すれども、優輝はピクリとも動かない。ただ、安らかそうな寝息が連続して静かに響き、DDの額部分にある「救急呼び出し中」のライトが赤く点滅するだけ。

 まるで眠れる森の美女だ。

 充は応答が無いことを確認するとすぐにもと居た場所に戻り、投げ捨てた受話器を拾い上げる。


「ユメミライからはなんと? 北条繁はなんと言っていますか!?」


 壁掛けの丸時計は九時半の場所を指差している。事件発生が九時丁度と仮定するなら、もう充分行動に移していても違和感はない。


「北条君落ち着いて。ついさっき繁さんから今官邸に向かっていると連絡があったわ。詳しいことはまだ何も」


 動揺した充のまくし立てるような言葉を聞いて、静は落ち着きを取り戻すよう促しつつそう答える。とは言え、まだ官邸も事の次第を把握できていないようだ。


「総理は今MTO(マニラ条約機構)首脳による緊急会合のセッティングと同時に、国連の特別総会開催の手続きを開始したわ」

「アメリカの反応は?」

「SNSでDream Star社がこの件について情報を集めている旨の投稿をした以外は反応無し。国内外の各メディアも今は動き無しよ」


 仮想現実に閉じ込められた優輝にしてやれることは何もない。即座に判断した充はデスクのペン立てからボールペンとメモを引ったくると、受話器を左手に持ち換え静の話を纏めていく。

 救急呼び出し機能が作動している以上、今彼が出来る事はこれしかなかった。


「メディアへの報道規制は掛けましたか?」

「総理名義で既に通告済みよ」

「救急の状況は?」

「消防庁はなんとか持ちこたえてるわ。全国で同時にDDの救急呼び出し機能が作動してパンク寸前だけど、一つずつ対応中よ。問題は受け入れ先ね」

「信……三浦に掛け合ってユメカガクとユメミライの研究施設を開放させます。総務省からも国立大と、最悪の場合自衛隊病院の開放も視野に掛け合って下さい」


 メモを自分しか読めないような崩れた字で書きなぐりながら充はそう静に意見する。しかし、


「三浦君は応答無し。念のために掛けた足立君に至っては電源すら入ってなかったわ。ユメミライとユメカガクの電話も完全にシャットアウトされてる。国立大と厚労、文科省には私から掛け合うわ」


 静はそう、低い声で充に答えた。ペンを綴る手が止まる。ユメミライもユメカガクも、どちらも静の進言から政府用の外線が用意されていたはず。それすら不通だと言うのなら、


「……サイバー攻撃」


 充は思わず呟いた。そうでもない限り、政府からの電話に出ないなんて事あり得るわけがない。タイミングからして、今回のログアウト不可騒動と同一犯なのはほぼ間違いない。

 ヨルムンガンド・オンライン、及びDDのシステム全般を司っているのは神戸のユメカガク本社地下に置かれた中央制御代理AIのANAH。

 システムへの干渉権限を持つ者を、彼は二人しか知らない。即ちそれは社長たる北条繁と、AIの制作者の――


 充の脳裏に数ヵ月前送られてきたメッセージの内容が、目の前に度々現れた彼女の姿が甦る。

 このタイミングで不通の電話。書き換えの疑惑。電脳城塞ユメカガクへのサイバー攻撃。北海道の事例。

 信じられないし、信じたくないが、否定するには証拠があまりにも多すぎた。

 花。お前はこうなることを伝えようとしていたのか……?


「え?」

「ユメミライとユメカガクが同時攻撃を受けている可能性があります。加えて何者かがユメカガクのシステムを書き換えたかもしれません」

「書き換えって、そんなこと出来るもんなの?」


 充は口を開き、一瞬言うか躊躇(ためら)った後、それでもと声を絞り出した。


「足立大誠にはそれが可能です。奴のパスポートを今すぐ停止させてください。それと念のため、北条繁の身柄の確保もお願いします」


 三十分以内にまたお電話します。充はそう言うや否や受話器を置くと、スマホからある人物に電話を掛けた。苦肉の策だが、非常事態だ。

 呼び出し音が鳴り響く。充は足早に優輝の傍らに戻り、彼女の手首に左手の中指と薬指を添える。脈は少し早いが健全。呼吸も苦しそうではない。胸の上下も確認できる。

 何度目かの呼び出し音がビルの階下に到着した救急車のサイレンと重なったとき、スマホの向こうから女の声がした。


「ナンコー君、大丈夫!?」


 新稲渚沙の驚嘆の声を押し退けて、充は彼女にこう言った。


「ナギ、力を貸してくれ」


 充は祈るように頭を垂れる。救急隊がオフィスに到着したのは、その直後の事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ