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第68話 終焉は星降る聖夜と共に

「課長、お先にログインしておきますね」


 日本時間の十二月二十五日午前八時四十五分。分厚い書類の束とにらめっこする充を置いて、優輝はそうフルダイブルームへと足を踏み入れる。


「おう、すまんな……俺も一段落したら合流する」


 白杖を片手ににっこりと笑ってカーテンをくぐる彼女の背に、疲労からか憔悴しきった顔の充がそう返す。静から与えられた「大臣案件」の仕事のせいで、彼だけは休暇をまともに過ごせていない。

 そのお陰で、ある程度リフレッシュした表情の優輝より何倍も疲れきった顔をしている。更に言うと、この案件のせいで彼はクリスマスイベントの開始を目の当たりに出来ないことが確定している。


「お気になさらず! 官邸に送る動画も撮影しておきますね」

「よろしく頼むわ」


 そんな何気ない会話の後、カーテンの向こうに引っ込んでいった優輝を見届け、充はパソコンの「ミツル」のアカウントを開くこと無く書類にまた目を落とした。

 当然、九龍から送られていた山のようなメッセージにも、気付くこと無く。



 *



「総理。いよいよ二度目のクリスマスですね」


 首相官邸の総理執務室で、ソファーに腰掛けた静はそう、執務席に腰を下ろすこの部屋の主に語りかける。当の総理の方も、コーヒー片手に微かに含み笑いを浮かべているようだ。


「去年ははじめてだったのに、札幌の事件で小さくなってしまったからね。今年から、結構な大規模にやるそうじゃないか」

「楽しそうですね、総理。商売人の血が騒ぎますか?」

「否定はせんよ。自分の投資したプロジェクトが大きく花開く瞬間が楽しくない金持ちなんて、そうそう居るわけ無いからね」


 しばらく書類の山に目を落としていた源総理が、ニヤリと歯を見せて目を上げる。

 選挙区こそ兵庫だが、元々は大阪を中心に関西に根を張る大企業の経営者一族の当主。先祖代々受け継いで来た鋭敏な商魂が、彼の胸の中で沸々と沸き上がるのだろう。


「不発に終わった新しい風の吹く瞬間を、楽しませて貰おうじゃないか」


 それにこのイベント、うちの孫も参加しているしね。そう付け足した瞬間、鋭利な政治家の刃物のごとき視線が、何処にでも居る孫思いの好好爺のものに入れ替わるのを、静は見落とさなかった。

 政界の古狸、株式会社日本国総裁、憲政のフィクサー、東洋のメッテルニヒ……ありとあらゆる媒体でそうあだ名されたこの男も、やはり孫は愛おしいらしい。腹の底の読めない不気味な彼だが、静はほんの少しだけ理解できた気がした。


「私の息子も、和田君の娘ちゃんと一緒に今日は朝からフルダイブしてます。お揃いですね」


 張りつめた神経を一瞬ほどき、彼女は柔らかに微笑んだ。彼女もまた、我が子が愛おしくて仕方がない。

 あの子はまだサンタを信じている。

 今朝方プレゼントしたDDの最新型を頭につけて、幼馴染みと向こうで合流なんかして、今頃無邪気に仮想世界を駆けずり回っているのだろう。そう考えただけで、静は心の奥がほんのりと暖かくなるのだ。


「そう言えば、ついさっき私のところに匿名でメールが送られてきましてね」

「ほう?」

「何でも今日、ヨルムンガンドで酷いことが起きるとか」


 クリスマスイベントの開始まで、あと十分を切っていた。



 *



「あれ、九龍さん居ないのかな?」


 フルダイブ早々、九龍亭にリスポーンした優輝もとい茶々丸は、そう不思議そうに首をかしげる。

 店に人の気配はなく、ただカウンターにライトが作ってくれたアルバムが開かれたままで置かれているだけ。


「もしかして、もう噴水広場に行っちゃったか」


 ここ何日もログインはおろかメッセージの確認すら出来ていなかったから、何か見落としがあったかもしれない。

 茶々丸は店を後にしながら、そう思ってフレンド欄のチャットを確認する。そこには、



 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

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 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました

 メッセージを受信しました……


 ここ数日に渡って、何通ものメッセージが山のように送られてきていた。普段の九龍からは考えられない、文字通り異常な量のメッセージ。

 ぞわり、背筋が凍りつく。絶対に、何かあったに違いない。茶々丸は急いで扉を開け放ち、王都の噴水広場へ駆けていった。


 ダメ元で掛けたボイスチャットは、既に他の誰かと通話中だと弾かれた。





 噴水広場は、既に無数のプレイヤー達ですし詰め状態になっている。これでは到底人探しなど、ましてや小さな九龍など見つけられそうにもない。


「クソッ、もうこんなに人が……」


 険しい顔をして、茶々丸は辺りを見渡す。

 周囲にはイベントの開始を今か今かと待ち望む数多のプレイヤー達と、その中心に鎮座する巨大なクリスマスツリー。

 そして、そのツリーの頂点にある星の上に、赤字で記されたイベント開始までのカウントダウン。もう、十五秒を切っている。


 刑事の勘か、ゼロに近づく数字を見たときの本能的な焦りか、心が大荒れの海のようにざわめく。

 数字がみるみる減っていく。茶々丸は再度フレンド欄を開き、何事もなければと祈るようにボイスチャットを九龍にかける。


 十、九、八……


 群衆がカウントダウンを声に出す。空気が震えるようだ。

 九龍はまだ応答しない。


 七、六、五……


 声は轟きとなって、段々と熱をましてゆく。

 九龍はまだ応答しない。


「お願い、出て!」


 四、三、ニ……



「茶々丸、今すぐ出ろ!!!!」



 一!!



 九龍の叫び声と、群衆の轟きが重なりあう。

 瞬間、辺りが照明を落としたように、真っ暗になった。


「これより、特別クエストを開始します」


 無機質な機械音声のアナウンスが響き渡る。突然のことに静まり返る世界を他所に、ツリーの上から男の声が落ちてきた。



 ――皆さん、命を賭けてこのクエストに挑んで下さい



 乱れた焦点をツリーの頂点に合わせる茶々丸。

 星の上に、白衣を着た男の姿がはっきり見えた。


 男は、少し寂しそうな目をしている。

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