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第29話 忘れ難きふるさとよ

「……へくちっ!」

「お、夏風邪か?」

「大丈夫ですか?」


 充のくしゃみが響き渡る。三人が今いるここは、小町が在籍していた大学の研究室。

 小さなテーブルとイスの他には、国内では未だ珍しいフルダイブ技術についての最新鋭の設備が整っている。


「いや、大丈夫……噂されてんのかな?」

「ナントカは風邪引かないってな」

「夏風邪は馬鹿が引くもんなんだよ、ばーか」

「お? 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからな?」

「まぁまぁお二人とも……」


 小学生でもやらないような、三十代男性の罵りあいを小町が止める。


「こりゃ失敬」

「いや、お見苦しい所を」


 人様が居ることを忘れていつものノリで行ってしまった自分を恥じて、二人も即座に謝罪。こう言うときの切り替えが早いのは、二人の(数少ない)美徳だ。


「いえいえ、大丈夫です……ふふっ」


 ふと、小町がそんな二人を見て笑みをこぼす。


「どうしました?」

「いや、ちょっと懐かしくなって。昔の私と、明日花みたいだなぁって」


 充の問いに、小町は笑みを浮かべたままそう答える。胸がきゅっと絞まるのがわかった。

 明日花――朝津明日花(いすずあすか)。本田小町の幼馴染みであり、大学・大学院の同級生で大親友。そして、昨年の事件の被害者だ。


「……私達、沖縄の小さな島で育ったんです。島の人達はみんな知り合いで、家族で、特に家の近かった明日花とは産まれたときからの友達でした」


 昔を懐かしむような、遠くを見つめるような瞳で、小町は静かに語り出す。


「毎日毎日、日が暮れるまで砂浜で二人で遊びました。歳の近い子どもが他に居なかったから、って言うのもあるんですけど。でも、あの頃が一番楽しかったなぁ」


 瞳を輝かせながら、小町は脳裏に鮮明に残る島の風景を思い出す。故郷を半ば捨てた充には、そう言って過去を愛せる彼女が、少し羨ましかった。その思いは、大誠も同じらしい。


「…………でも、そんな生活はある日一変してしまいました。海外のリゾート会社が、島の土地の大部分を買い占めたんです。あの島を、観光地化したかったんでしょうね。挙げ句の果てには、退去勧告までしてきました」


 島民からすれば、当然たまったものではないだろう。ある日突然よそから来た者に土地を買い占められ、家を出て立ち去れと言われるのだ。

 そんな横暴、到底許せるものではなかろう。


「私達島民は、県や自治体、環境保護団体を間に挟んで会社に交渉を行いました。その結果、島のリゾート開発はなんとか止めることが出来たんです。でも結局、土地の返還には応じて貰えず……私達を含め島民の多くは、島を出ました」


 彼女は悔しさをにじませるように、うつむき加減で拳をかたく握りしめる。きっと、苦渋の決断だったに違いない。


「その後私と明日花は、脳科学専攻のあるこの大学に入学しました。丁度世間がフルダイブ技術の発明に沸いている頃です。目的はただ一つ。研究でお金を稼いで、私達の島を取り返すこと」


 小町はパッと顔を上げ、力強い目でまっすぐ充を見つめる。

 彼らが前代未聞の大発明を成し遂げた裏には、彼らとはまた違った()()の元、行動を起こそうとする人々がいる。

 そんな、多くの人々に影響を与えた価値ある研究に携わったことに誇りを感じると共に、その研究が結果的に彼女の親友を死に至らしめてしまった面もあることに、充の心中は複雑だ。


「R・I・N・Gクエストに参加したのも、その目的のためです。買い占められた土地を、ほんの少しでも良いから取り返せたら、島民のみんなに希望を与えられる。泣く泣く島を手放したおじぃやおばぁに、まだ諦めちゃダメだって胸を張って言える……ただ、それだけだったんです」


 結局、彼女は世界初のR・I・N・G獲得者になった。

 R・I・N・Gを獲得したものは、どんな願いも一つだけ叶えることが出来る。そう言う設定ではあるが、勿論限度と言うものがある。

 現金換算しておよそ十億。それがR・I・N・G、もといユメミライ運営の叶えられる上限。

 だが、彼女が払わされた代償を思えば、そんな金額、足りないにも程がある。


「…………これが、私がR・I・N・Gを手に入れるまでの経緯(いきさつ)です。明日花は、自分の命をなげうって、私にそれを託してくれた。だから、私は――」



 ――はいっはーい、暗い話はここでおしまーい!



 瞬間、悲痛な顔で語る小町を遮るように、部屋のスピーカーから声が響く。少しおっとりとした、それでも元気な若い女性の声。

 その声に、小町は少しため息をついてこう返す。


「もぉー、折角感動的なムード作ろうと思ってたのに。明日花のせいで台無しだよ」

「いやぁ、なんだかね。あんなに重いと耐えられなくなっちゃうんだよね」


 呆れたように言う小町に、スピーカーの声はそんなやり取りを続ける。

 いや、そんなことよりそもそもの話、


「えっ、あっ、明日花さん……!?」


 充はそんな声を上げ、大きく目を見開いた。

 腰を抜かして、危うくイスから転げ落ちそうになったのは内緒だが。

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