第30話 思う想いよ重くあれ
「はーい、明日花です!」
いきなりの登場に驚く充に、声の主――明日花はあっけらかんとそう答える。いよいよ状況が読めなくなってきた彼は、そのまま助けを乞う様に大誠達の方に目をやった。が、
「やぁみっちゃん、悪いな」
「隠しておくつもりはなかったんですけれど」
「なっ……!」
悪い顔でニヤつく大誠と、申し訳なさそうにそう言う小町。なにも知らない充は、まんまとはめられた様だった。
「く、詳しいことは中でご説明しますから」
そんな小町に促されるがまま、一人またおいてけぼりを食らった充は三人並んでそれぞれフルダイブを開始した。
*
充はフルダイブを完了し、静かに目蓋を持ち上げる。
今使っているアカウントは普段の『ミツル』とは違い、大誠がユメミライから持ってきた物。見た目はリアルの充とほぼ同様。服装だけが、白衣のままだ。
「すっげぇ……けど、何処だここ?」
最初に視界に入ったのは、鮮やかな朝日に照らされて輝く蒼い海原。そこから手前に目線を引けば、地元から程近く、馴染みのある由比ヶ浜とは真逆の純白の砂浜が広がっている。
「ここは、小町さんと朝津さんの故郷を模した、彼女達だけの楽園だ」
背後から、砂を踏みしめる音と共に、そんな声が聞こえてくる。大誠だ。
「リゾート企業に買い取られる前の島の姿丸々一つが、そっくりそのままヨルムンガンドの世界に再現されている。世界で最初に発見されたのR・I・N・Gの叶えた願い。それがここだ」
こちらでも変わらずしわくちゃになった白衣を身に纏い、ゲームの中と言うのにタバコをくゆらせながら彼は充の横に並んで海を眺める。
「そっくりそのままってお前……」
「正確に言うと、小町さんの記憶にある島の姿、だな。ホントに、良いところだ」
ふぅ、と口から紫煙を昇らせて、大誠はしみじみそう頷く。
「そうじゃなくって――」
「この島を作ったのは、俺達じゃない。この島が成立したのは、彼女がR・I・N・Gに願った半年後。ここまで完成度の高い島、そんな短期間では再現不可能だ」
ある一つの存在を除いて。最後にそう付け足して、大誠はタバコの吸い殻を宙に放る。瞬間、青い粒子となって、散り散りに消え失せた。アイテムとしての役目を終えたのだ。
そのままの勢いで大誠は充の方を向き直り、まっすぐな瞳を彼に向ける。その答えはもう、充には分かりきったものだった。
「ANAH……ヨルムンガンド・オンラインを管理する、統括制御代理AI。だいちゃんの、もう一つの傑作だな」
株式会社ユメミライ。その中核を担うユメカガクの本社は、神戸の理化学研究所計算科学センターに程近いポートアイランドに位置している。
ヨルムンガンド・オンラインのサーバー管理権を持つユメカガクは、そのための設備を本社に集積。その一つが、各国におかれた全てのサーバーを管理・制御し、ゲーム内の天候等を左右する統括制御代理AI『ANAH』だ。
AIの持つ正確さと、まるで中に人が入っているかの如き柔軟性を併せ持つそのAIは、今やフルダイブと並んで大誠が開発した二大研究の一つとして知られている。
「R・I・N・Gを取得したプレイヤーの願いは、その他全てのデータ同様、一旦ANAHを経由する。もし、彼女に感情が芽生えたのなら……」
そこまで言った後、大誠はハッと何かに気付いたような顔をして、プイッとそっぽを向いてしまう。
数世代先を行くとさえ言われたANAHには、そう言った都市伝説が後を絶たない。
やれ人間の本物の脳ミソをスキャンして作っただの、イベントでのモンスターは全てANAHが勝手に作り出しているだの、下らないことばかりだが。
「ま、だいちゃんが作ったってんだから、あり得るかも知れねぇよな。もしそうなら、俺は信じる」
そう言って妙に納得出来るような雰囲気が、大誠にはある。天性の才能がそうさせるのだろう。
「おーい! お二人ともー!!」
ふと、充の左の方から、小町の声が響いてくる。同時に、砂を踏み、蹴って走る二つの足音。
「お、来たか」
そっぽを向いていた大誠が顔を上げ、そちらの方に顔を向ける。充もそれにならって振り向いて、そして思わず体を硬直させた。
「はじめまして。朝津明日花と申します!」
走ってくる二人の内の一人が、そう言って頭を下げる。白い帽子に、同じ色のワンピースをした、おっとりとした雰囲気の少し幼い少女の姿。
気が付くと充は自然と口を開いて、大誠の方に視線を移してしまっていた。
「花…………?」
数日前に王都の大路で見た少女。大誠の、唯一無二の理解者で、大誠、信也、充の幼馴染み。そんな彼女の幼い頃に、その少女の姿は瓜二つ。
「彼女が朝津明日花さん。小町さんの、無二の友人だ」
そう言う大誠の瞳の奥に、充は恐ろしい何かの存在を見た。
……この瞬間、その正体に気付くことが出来たなら。




