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第120話 突撃前夜

 その夜、ヨルムンガンド・オンラインのオープンチャット上に載せられた一件の投稿は、瞬く間にこのゲームに閉じ込められているプレイヤー達の間に拡散された。

 バベルの塔第一層から第九十九層までの、最上階を除く全ての階層のマップからアイテムの位置、出現する一般モンスターの種類や概要……そして、ボスモンスターの詳細に至るまでのありとあらゆる攻略情報の記されたデータファイル。


 ――後に、投稿したプレイヤーのユーザーネームになぞらえて“九龍ファイル”と呼ばれることになるこの情報は、これからのバベルの塔攻略組の行動を大いに助けることになる。



 *



「……よしよし、まずは上々だな」


 蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているオープンチャットを眺めながら、九龍はそう言って宿屋のベッドの上でほくそ笑んだ。


 バベルの塔のふもとには、これから塔の攻略に向かうプレイヤー達を支援するために小規模な都市のようなものが作られていた。

 その片隅にあるこの小さな宿屋の主は、九龍とはヨルムンガンド・オンラインのサービス開始当初からの友人だそうで、夜遅くに到着したにも関わらず一行を快く迎え入れてくれた。

 パーティー単位での宿泊を想定した宿なので個室はなく、実際一行が通されたのも四人部屋だったのだが、今夜は端から入念に作戦会議をするつもりだったので、むしろ好都合だ。


「しかし、あえて自分のアカウントで投稿するなんて、クーちゃん考えましたねぇ」

「これが積み重ねてきた信頼と実績の活用法ってやつさ。もっと褒めてくれたって良いんだぞ君たち!!」


 感心したような茶々丸の言葉に、九龍はあっはっは、と上機嫌で高笑いした。


 対策チームからもたらされたバベルの塔の攻略情報の英訳版が完成したのは、つい小一時間ほど前のことだった。

 先に日本語版だけを投稿してはかえって混乱の元になったり、事態解決後に様々な問題に発展する恐れがあるとの判断でこれまで公開を見送ってきたミツルは、これ幸いと早速公式マークをつけてオープンチャットに投稿しようとした……それを、九龍が制止したのだ。


「万一のことを考えてみろ。もし足立大誠がバベルの塔実装直前でデータの書き換えを行っていたら?

 公式情報を信じて突っ込んだプレイヤーが、仕様変更されたモンスターの挙動やら情報にはないトラップに掛かって運悪く消滅でもしたら、世間様はそれを公式による誤情報によって引き起こされた悲劇と断ずるだろう。

 君の立場としては、そいつはマズいんじゃないのかい?」


 確かに、もっともな意見だった。

 事前情報に無い仕様やら何やらというのはゲームにおいては付き物だが、今の状況ではそれが生死を左右する。

 そうでなくとも、フルダイブ技術全体への風当たりは今相当に強いのだ。もしそんなことが露呈でもすれば、事態が解決しようがどうしようがこの技術に未来はない。


「なら、どうすんだよ?」


 問い掛けるミツルに、九龍は自信ありげに胸を張ると、親指で自分の顔を指差した。


「私が誰だか、お忘れかい?」


 九龍が考えたのは、一般プレイヤーが運営関係者のあるプレイヤーからバベルの塔の詳細な情報をリークした、という筋書きでオープンチャット上に投稿するという、己の信頼と知名度を存分に活用した奇策だった。

 この作戦ならば、高品質な攻略情報を安全に……あえて悪く言うならば、誰も責任を取らずに拡散することが出来る。

 九龍とて一般プレイヤーである以上誤った情報を流してしまうこともあり、当然今まで彼女の客として情報を買っていた者達も、その可能性を常に念頭においてきていた筈だ。

 それに、今バベルの塔に入っている攻略組は、以前から界隈では名の知らぬものは居ないトッププレイヤーばかり。

 多くは九龍とも縁が深い上客であり、そういう情報の活用にも長けている上、彼らには実際にバベルの塔をその目で見て確認してきた経験と、ある種の自負もあるだろう。

 公式が出しゃばるよりよほどこちらの方が士気も上がるだろうし、なにより自然に一行が攻略組に合流することも出来る。

 まさに一石二鳥の作戦だった。


「いやはやほんと、恐れ入るぜ……ありがたい」

「いやぁー、君に頭を下げられると気分がいいね!」


 ミツルに頭を下げられて、九龍はいよいよ上機嫌になって笑い声をいっそう高く大きくする。


(これで、準備は整ったな)


 目まぐるしく流れていくオープンチャットを眺めながら、ミツルは翌朝のことを考えていた。

 明日、遂にミツルと茶々丸、九龍は、バベルの塔へと突入する。

 途中離脱不可能、死のリスクは外の何倍にも膨れ上がるが、ここを攻略すること以外にこのゲームから脱出するすべは無い。


(……待ってろよ、大誠)


 開け放たれた窓から、天を貫くバベルの塔が見える。

 ミツルは握りこぶしに力を込めて、それをじっと見上げていた。

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