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任務

 時刻は午後二時ごろ――ヴァイパーとギルバートは廃墟の建物の陰に身を潜めていた。二人がここを訪れた理由はただ一つだ。

(困りものですネ。孤児を見ると、他人事とは思えないですヨ)

霊峰夢玄(れいほうむくろ)曰く……御子神天音(みこがみあまね)はこの辺りをうろついているはずだ。なんとしても奴を倒し、生き延び、オレ様はタケオとシロを連れて祖国に帰るんだ!)

 二人の狙いは天音である。両者ともに、それぞれの祖国から受けた命令に従っていただけで、(まもる)たちに対して悪意を抱いていたわけではない。彼らもまた戦争の被害者であり、命なのだ。


 ヴァイパーたちの視線の先に、さっそく天音が通りかかった。二人はすぐに変身し、それぞれの忍術を発動する。突如天音を襲う、無数の槍と有刺鉄線。流石の彼女も、こんな不意打ちを仕掛けられようものならひとたまりもない。


 ヴァイパーたちはそう確信していた。


 しかし天音は数多の死線を潜り抜けてきた忍者だ。彼女は瞬時に変身し、まるで直線を引くような速さでブランクに構文を書き込んだ。槍と有刺鉄線は跡形もなく消滅し、彼女の両目と全身の血管は赤く発光する。

「ボクを……刺激するな。早く、逃げろ……!」

 大地は激しく揺れ、強風が吹き荒れ、空は禍々しい色に染まっていく。天音は息を荒げ、覚束ない足取りになりながら震えている。彼女の眼差しは、どういうわけか物陰に隠れているはずのヴァイパーたちの方へと向けられていた。


 ここで引き下がるわけにはいかない。二人は息を殺したまま、何度も彼女への攻撃を試みた。毒の槍も、トリプレイによって引き起こされる衝撃も、鉄の茨も、全て軽々と防がれていく。

「クク……ハハハハ! ボクの忠告を無視するとは愚かだねぇ。もう誰にも、ボクを止めることは出来ないよ!」

 ついに天音の理性が消し飛んだ。ヴァイパーたちは、突如自らの足下から伸びてきた触手に成すすべなく拘束される。

「おや、これはこれは……」

「アイツ……! オレ様たちが、見えているのか……⁉」

「こうなったら、オートパイロットを使うしかありませんネ」

 ヴァイパーはすぐにオートパイロットを手に取った。直後、彼女の全身には高圧電流が走り、オートパイロットは小さな爆発を起こす。

「変ですネ。ワタクシの適性の問題ではなく、何らかの力がオートパイロットを制御しているような感じがします」

 この巻物を使いこなせるようになるまで、守は血のにじむような努力を続けてきた。やはりオートパイロットは、比較的癖の強い巻物であると見て間違いないのだろう。このままでは彼らに勝ち筋はない。


 天音にとっての最大の敵は、自分自身だ。良心と闘争心がぶつかり合い、彼女は半ば錯乱状態にある。

(まただ……また頭がフラフラしてきた。ボクは……誰も殺したくないのに……! 体が……勝手に……!)

 動悸や目眩に苦しみつつ、彼女は戦闘中毒の症状に抵抗する。彼女のわずかな理性により、黒い触手にはノイズがかかりはじめている。


 ヴァイパーたちはこの一瞬を見逃さなかった。天音の周囲は、一瞬にして大量の槍と有刺鉄線に取り囲まれる。ギルバートは勝機を見いだし、不敵な笑みを浮かべる。

「さあ、防御のために忍術を切り替えるんだな! 御子神天音!」

 ブランクが一度に処理できる忍術は一つまでだ。再び全方位から迫りくる猛威を消滅させるには、スクリプトを書き換える必要がある。


 それでも天音は忍術を解かない。

「ブランクを……使うまでもない」

 彼女は腰に携えていた鞘から小刀を抜き、全ての槍と鉄線を一瞬にして細切れにした。その一方で、黒い触手は黒い電流のようなものを放ち、ギルバートたちを苦しめ続けている。

「くそっ……このままじゃ!」

「まずいですネ……」

 二人は必死に抵抗し、脱出を試みる。体の自由を奪われている彼らは、思い通りに動くことが出来ない。触手は結合し、一つの不定形の物体と化し、彼らを容赦なく呑みこんだ。黒い物体は紫色のエネルギーを放出しながら破裂し、その中からは変身の解けた状態のギルバートたちが放り出される。


 天音の勝利だ。


 しかし彼女はまだ満たされていない。

「まだ物足りないなぁ……」

 恍惚とした笑みを浮かべつつ、天音はブランクに次の構文を書き込んだ。彼女はそのスクリプトを実行し、ギルバートたちの体を無傷の状態にまで回復させる。

「さあ、ゲームをしようか。キミたちは、後四回まで変身を解除できる。それまでにボクを倒すことが出来れば、キミたちの勝利だ」

 強者ならではの余裕である。そんな彼女を睨みつけ、ギルバートは固唾を呑んだ。

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