過ち
あれから約十分後――――全くの無傷の天音の足下では、満身創痍のヴァイパーとギルバートが気を失っていた。二人は力を使い果たしたのか、光の粒と化しながら徐々に上空へと消えていく。そんな彼らの最期を見届け、天音は四本の巻物を回収した。そのうちの二本は、オートパイロットとトリプレイだ。残る二本の巻物は、ヴェノムグングニルとアイアンガーデンである。
天音の闘争心はまだ暴走している。彼女を満たし得る程の力を持つ者は、もはや霊峰夢玄をおいて他にいないだろう。道行く忍者たちを一網打尽にしつつ、天音はふらついた足取りで歩みを進めていく。
(誰も……いないところに……行かないと……)
彼女にはかろうじて自我が残っている。ほんのわずかに残された良心で、彼女は自分自身を街から隔離しようと奮闘する。それでも衝動に抗いきれない天音は、襲い来る忍者たちを次々と小刀で切り倒していく。彼女は極めて危険な状態だ。
そんな時、天音の前に一人の女が現れた。
「ずいぶん派手に暴れてくれたみてぇだな……天音!」
「柳……ちゃん……?」
「全く……たった今、日本に帰ってきたばかりだってのによ!」
柳の登場だ。彼女はすぐに変身し、アームマスターをギターに変形させる。彼女は弦に挟まっているピックを手に取り、優しい音色を奏で始める。柳は決して、取り乱しているわけではない。
(なあ楓……音楽は感情の翻訳機なんだよな? オレはお前を信じるぜ。オレが歌えば、想いはきっと通じるはずだ……!)
それが彼女の考えだ。そんな柳に対し、天音は容赦なく小刀を振りかざす。迫りくる斬撃を必死にかわしつつ、柳は大声を張り上げて歌っていく。
お前に言いたいことがある どうか耳を背けずに聞いてくれ
お前の知らないことがある それは人に弱さを見せることだ
お前は完璧主義だから なんでも一人で抱え込む
だけどそれだけじゃダメなんだ それを今からオレが教えてやる
良いか? もっと誰かに寄り掛かれ 人間なんてそんなもんだ
泣いても良い 笑っても良い 胸の痛みを言葉にしてみろ
自分一人じゃどうにも出来ない重荷を一人で抱えるな
お前マジで 不器用だな もっと自分を大事にしやがれってんだよ
――――彼女らしい優しさと、仲間に対する熱意の籠った歌詞である。その歌声に心を打たれたのか、天音は正気に戻った。空は鮮やかな青さを取り戻し、彼女の瞳や血管が放っていた赤い光は消え、その場に吹き荒れていた強風は一瞬にして収まった。天音は変身を解き、震える両腕で柳に抱き着いた。この震えは、戦闘中毒の症状ではない。
「……ボクは人を殺してしまった。相手がこちらに敵意を持つ忍者だったとは言え……かけがえのない命を二つも奪ってしまったんだ」
「天音……」
「怖いよ……自分が自分でなくなっていくのが……怖くてたまらないよ。あの霊峰夢玄を除いては、誰にもボクを殺せないというのに……」
天音は泣いていた。己の胸の内を明かした彼女の声は、微かに震えていた。柳は変身を解除し、優しい手つきで彼女の背中をさする。
「お前は悪くねぇよ、天音。それが戦争だ。それが戦場に立つということだ。ただ、それだけのことなんだよ」
「戦争……か。ボクたちは、そんなことのためにこの力を望んだわけじゃないのに」
「全くだぜ。まあ、その……なんだ。しばらくは気持ちの整理もつかねぇだろ? 少し休め……後はオレたちがなんとかする」
多くを一人で背負いこんできた天音にとって、その言葉は大きな励みとなった。
「ありがとう……柳ちゃん」
彼女は礼を言い、そっと柳を離した。
その日の晩、天音は再びこの街を訪れた。彼女は自らの足元に、二本の巻物をそっと立てる。ヴェノムグングニルとアイアンガーデンだ。天音は地面にしゃがみこんだまま変身し、ブランクにスクリプトを書きこむ。
「……どうか、安らかに眠ってくれ」
彼女の忍術により、二本の巻物は石化する。その真下のアスファルトは盛り上がり、綺麗な土台の形に変形する。こうして、あの二人の遺品は石像になった。天音は静かに目を瞑り、石像に向かって手を合わせた。
(ボクのしたことは、決して許されることではない。こんなことをしたって、なんの償いにもならないことはわかってる。これが……人を殺すということなんだね)
それから三十秒ほど経った後、彼女はゆっくりと目を開いた。そして己の左手の掌を見つめ、天音は誓う。
「今日のことは、一生忘れない。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために」




