武器と筋肉
あれから数時間後、竜牙は街角で柳と遭遇した。彼女は今まさにアームマスターを駆使し、アヤカシと戦っていた。竜牙はにやりと笑い、歓喜の声を漏らす。
「忍者か……!」
彼はすぐさまアヤカシを殴り飛ばし、たったの一撃で撃破した。それを呆気にとられた顔つきで見ていた柳に対し、彼は言う。
「そこの忍者、名を名乗れ」
その高圧的な態度に反抗することもなく、柳は素直に自分の氏名を名乗る。
「……オレは柳。有川柳だ。お前は?」
「俺は獅子食竜牙……貴様を倒す者だ!」
これはもはや宣戦布告だ。竜牙は変身し、灰色の生地に黒い炎の模様のあしらわれた袴を穿いた姿となった。彼の上半身は裸で、その服装は極めて飾り気のないものだが、彼は暦とした忍者である。
竜牙が四股を踏むや否や、地面は勢いよく揺れた。
大地の激しい振動に足を囚われつつ、柳はアームマスターの銃口を目の前の大男の方へと向ける。
「いくら変身してるからって……なんて筋力してやがる……!」
彼女は光弾を連射し、竜牙を仕留めようと試みる。しかし、彼は光弾を浴びつつも、それをものともせずに柳の方へと歩み寄っていく。やがて彼は彼女のすぐ目の前まで距離を詰め、右手の拳を前方に突き出した。
「……!」
柳は間一髪で拳をかわしたが、彼女の左頬には深い切り傷が出来ていた。それは痣や挫創ではなく、紛れもなく切り傷であった。ところが彼女の目の前に立ちはだかる巨漢は、凶器らしきものを何一つとして持ち合わせていないようだ。言うならば、彼は全くの丸腰だ。柳は度肝を抜かれた。
(打撃による風圧に切られたところが熱い……なんて強さだ!)
彼女はアームマスターを変形させ、自らの手元にヌンチャクを作り出す。彼女の俊敏な体術と竜牙の怪力がぶつかり合い、凄まじい戦いが繰り広げられる。両者ともに、息継ぎをする暇すら与えられてはいない。これはほんの一瞬の隙が命取りとなる、文字通り命がけの勝負である。
柳は訊ねた。
「テメェの目的はなんだ⁉ 獅子食竜牙!」
そんな彼女の質問に対し、竜牙は常軌を逸した回答を述べていく。
「我が目的……それは道を拓くことだ! 強者は道を拓き、弱者はその道にあやかる! だが弱者というものは、強者の築いた道に不平を言う! とどのつまり、人は自らの望む道を拓くため、強き者であらねばならぬのだ!」
「テメェは……どんな道を歩みたいんだ……?」
「誰からの支配も受けず、この俺自身も決して堕落しない! 力ある者として常に己を磨き続け、極限状態の中で生を実感する! 数多の血と汗に彩られ、数多の強者が競い合う! それがこの獅子食竜牙の望む道だ!」
規格外の狂人だ。柳は歯を食いしばり、眼前の狂戦士との死闘に集中する。しかし何度ヌンチャクを打ち付けられても、獅子食竜牙という男はまるで怯む様子がない。
柳はアームマスターをスタンガンに変形させ、その先端を彼の腹に突き付けた。竜牙は電流により全身から光を放ち、少しだけ顔を歪ませる。
「ほう……この獅子食竜牙に痛みを与えるとは気に入った! もっと貴様の手の内を見せてみろ!」
彼はそう言うと、柳の顔面に鋭い右ストレートをお見舞いした。柳は後方に勢いよく飛ばされ、背後にあったビルに全身を叩きつけられる。
「……もしオレが降参したら、どうする?」
「どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらぬ!」
「はは……やっぱりな。降参なんて、させてくんねぇよな」
彼女は竜牙を睨みつけつつ、ゆっくりと立ち上がる。そしてアームマスターを荷電粒子砲に作り変え、凄まじい火力の荷電粒子を発射する。彼女の砲撃をまともに浴びた竜牙は、激しい爆発に巻き込まれる。
「面白い! 面白いぞ! 有川柳!」
爆炎と煙を両腕でかき分けつつ、彼は視界を広げようと試みた。
彼の目の前には、もう柳の姿はなかった。
今現状、彼女には竜牙と戦うメリットなど毛頭ない。これは極めて賢明な判断であると言えるだろう。
(チッ……逃げたか。だが俺の最優先する標的は、あくまでも御子神天音だ。柳をわざわざ深追いする必要もないな)
竜牙は意外にも冷静だった。彼は変身を解き、その場を去る。彼は街を練り歩きつつ、常に辺りを見回している。おそらく、彼は次の標的を探しているのだろう。無論、次の戦闘への備えとして欠かせないものが一つある。
(……とりあえず、近場で腹ごしらえでもしておくとしよう)
腹が減っては戦が出来ぬ。竜牙は道中にある牛丼屋に立ち寄ることにした。




