賊滅乱武・Ⅱ
三匹の実験体がアレクニールに迫る。
「なかなか速い——っと!」
喋っている暇もない。
実験体は回り込むように移動しながら、爪を伸ばした。
三方向からやってくる爪の一撃を、アレクは無駄のない動きで避ける。
「……? 切られたのか?」
かわしたはずなのに、頬や肩に切り傷ができた。
「魔術か」
彼は一瞬でからくりを見抜く。
実験体たちの手首にある魔術紋が淡く光っているのだ。
爪に風術をまとわせ、間合いを広げている。
ニンゲン、魔族、獣人という三つの特徴を合わせ持つ存在がこれほど厄介だと初めて知ったアレクは、ちらりとルリーシェラを見た。
彼女もまた実験体。人が作り出したもの。
(うちの娘はもっとすごいけどな!)
ひいき目で親バカではあるが、間違ってはいない。
再び三方向から迫りくる実験体を迎撃する。
今度は魔術の間合いをも見切り、同時に繰り出される爪をぬるりとした体術でかわした。
それだけでは終わらない。
さきほどの初撃で、速いが単調な攻撃だとわかっている。
避けながら手と足を器用に使い、反撃を行う。
ずしりとした手応えが伝わる。
肉を強打された三体のうち二体がよだれを垂らしてうめいた。
「けっこう固いな」
耐久力は中々のもの。
アレクは感心した。
「なんだと……」
目をいっぱいに広げてセベクが驚く。
彼でさえ見えない実験体の動きをとらえるだけでなく、反撃までしたアレクニールはどう考えても異常だった。
「なんなんだ貴様は……」
「最初に決めないからこうなる」
実験体が元・ドラゴンのおっさんに勝つ可能性があるとすれば、それは初撃だった。
「動きは見切った。それともまだ切り札があるかな」
「こうなれば……貴様だけは絶対にっ!」
セベクが覚悟を決めた目をする。
なにかある。
直感したアレクは油断なく身構えた。
セベクが行ったのは三度目の笛吹き。
先ほどのものとはまた違った奇妙な音色。
音を聞いた実験体が下がり、主人の元へと戻った。
「どうするつもりだ?」
「言うか! 馬鹿め!」
それはそうだが馬鹿とはひどい、とアレクニールは思った。
「エサキは実験体など作ってどうするつもりだ? なにを企んでいる?」
セベクは答えなかった。
代わりに、得体の知れないブツを取り出す。
「できれば使いたくなかったが……」
隊長の手にあるのは、筒状のもの。注射器だった。
勢いよく実験体に刺し入れ、中の透明な液体を注入する。
そのとたん、実験体たちは苦しみだした。
尋常ではない。
薬か毒か。苦しむ様を見るかぎり、毒ではないかと疑う。
「グルルルルルルルルッルアアアアア!」
「ガラララララララララララアアアア!」
聞くに堪えない声がして、実験体たちの筋肉が膨れ上がり、肥大化した。
「無茶だな。暴走させてどうする」
「暴走させねば、貴様は倒せん! 行け! 虚ろなる兵どもよ!」
号令が下され、実験体たちが駆けた。
一瞬にして姿が消えて、鋭い爪がきらめく。
全てをかわすのは無理だと悟ったアレクは、身をすくめて急所を固く守った。
実験体たちの左右合わせて六つの凶爪が彼を切り裂く。
鉄の剣をも弾くアレクニールの肉体に、爪が刺さった。
「ぐっ……」
短くうめき声を上げて、耐える。
「どうだ! 思い知ったか!」
「確かに……大したものだ」
反撃を警戒して距離をとる実験体たち。
意思は感じられないのに、狡猾だった。
「速すぎて見えない。さすがに参ったな」
「観念したか……ならばすみやかに———」
「勘違いするな」
アレクニールは防御を解いて、目をつむった。
「……なにをしている?」
「どうせ見えないんだ。目をつむっても問題ないだろ」
「ば、ばかか貴様!」
またばかと言われたが、彼は真面目だ。
目をつむることで余計な情報を削ぎ落す。
「正気を失ったか! 死ねい!」
迫る実験体たちは雄叫びを上げてアレクに殺到する。
目にも止まらぬ爪の一撃が、彼の死角から繰り出された。
当然、結果はアレクニールの死。
セベクは確信していた。
しかし。
「なんだと!?」
元・ドラゴンのおっさんは目をつむったまま、爪を避けた。
「む、まだ修正が必要か」
完全にかわしたわけではない。爪が頬や首をかすっている。
さらに追撃を行う実験体は、彼の周囲をぐるぐる回りつつ、仕掛ける。
今度は完全に避け、反撃に転じる。
アレクニールの拳と、実験体の爪がぶつかって甲高い音を夜の闇に響かせた。
折れた爪が宙を舞う。
「貴様はなにをしているんだ……」
「気配だ。生き物は常に何かの音を出す。それを気配という」
「何を言っている……そんな馬鹿な話があってたまるか!」
三回目の馬鹿呼ばわりはさすがに許せない。
口を尖らせたアレクニールは、あとで絶対にぶっとばすと決めた。
三体の怪物がまたもや襲いかかってくる。
タイミングを合わせて体を沈みこませ、二体の足を払った。
そして———
「ふん‼」
立ち上がり様、正面に来た残り一体へ、カウンターのアッパーを打つ。
有り余る衝撃が、実験体の頭を粉々に吹き飛ばした。
「これで一体!」
先の足払いで地面へめりこむように倒れている実験体を踏み抜く。
アレクニールの固い足裏は、いとも簡単に二体目の頭を砕き、血と脳漿がばら撒かれた。
「二体目!」
「ガルアアアアアア!」
最後の一体が立ち、爪の一撃を見舞う。
予測済みだった彼は、両手を使って実験体の腕を掴んだ。
すさまじい腕力がせめぎ合う。
単純な力比べだ。
「これはすごい力だな。だが……俺は竜相撲の王者だぞ。こうなれば終わりだ!」
すっと力を抜いて引くと、実験体の体が揺らいだ。
「馬鹿と言われたからな。頭を使わせてもらう!」
勢いをつけて放つのは、頭突きだ。
ゴズン、とした重苦しい音がして、実験体の顔面が潰れる。
「もう一丁!」
さらに一発叩きつけられた頭突きにより、実験体は首から上が吹っ飛んだ。
千切れた首の断面から血が噴水となって空へ。
「つ、強すぎる……」
セベクの心は折れた。
特殊な訓練によって培った鋼の精神も、人知を超えた圧倒的なまでの強さの前では意味がなかったのだった。
「こっちはもういいが」
隣の戦場を見る。
いつの間にかへたり込んでいた兵士たちも戦線に加わり、白備えが押されていた。
娘たちもよくやっているようで、大した犠牲は出ていないだろう。
「さて、セベクとやら」
「……」
セベクは何も口にしなかった。ただ、人外のアレクを見つめている。
アレクニールは、拳を握りしめて、構える。
「色々と君たちのことを聞きたいんだが……口を割るつもりはないんだろ?」
白備えの隊長は、にやりと笑った。
懐から短剣を取り出して、首にあてがう。
「先に地獄で待っているぞ! アレクニールウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
そしてそのまま、己の首を掻っ切る。
首筋から盛大に血をまき散らして、セベクは死んだ。
「敵ながらあっぱれ、と言いたいところだが……やめておこう」
馬鹿と言われたし、とおじさんは呟くのだった。




