別の世界からやってきたもの
「……」
どれだけの時間が経ったのか。
アレクニールは目を覚ますなり、飛び起きた。
己の肉体を確かめて、息をつく。
「死んでは……いないな」
周囲を見渡せばそこは先ほどまでいた場所だ。
「……ん?」
近くにあるのは巨大な気配。
うっすらと見えるのは、あまりにも大きなドラゴンの姿だ。
霊廟内を埋め尽くさんばかりの巨躯。
「長老……」
『アレクニール……』
遥か頭上から見下ろしてくる緑の鱗を持つドラゴン。瀑布を思わせる長く美しいヒゲはまさしく前長老のものだった。
『ほんとうに来たのだな……』
「ええ、来ました」
『……』
「長老は俺が来るとわかっていたのでしょう?」
『アレクニール……わしを恨んで……おるのだろう』
彼は首を横に振った。
ニンゲンとなった時も、なぜニンゲンとなったのかを知っても、恨みはわいてこなかった。
エサキにしてやられたのは自分が至らなかったせいだと、ずっと思っている。
「俺が聞きたいのは……あのエサキという男がなんなのか。そして、俺が元に戻る方法はあるのか。その二つだけです」
『……』
前長老ヴァーリオンの口は重く閉ざされている。
「長老、俺がニンゲンとなることでされるはずだった停戦協定は結ばれませんでした」
『……なに?』
「やはりそこまでは知りませんでしたか」
『……そんな……ばかな……では……わしはいったい……』
「話してください。ヤツは……エサキとはなんなのですか」
前長老はうろたえていた。
『ああ……アレクニール……わしは……』
「長老、しっかりしてください」
『あの男……神を名乗る不気味な男は……ニンゲンではない』
誰にとっても不気味な男エサキ。
前長老は語り始めた。
静かにアレクニールは耳を傾ける。
『わしは……あの時、寿命を迎えようとしていた』
「!?」
『肉体が滅びることは……どうでもよい。だが、迷っていたのだ……』
声に含まれるのは、後悔か、哀しみか。
『本来であれば……わしの跡を継ぐのは……アレクニール……おまえだった』
「なんと……!」
ドラゴン族の長老は、当代最強の者が務める。それは知っていたが、はっきり言われると信じられない。
『しかし……わしは……ファヴギールに……継がせたかった……わしの……最後の子……』
前長老ヴァーリオンの子らは、長寿過ぎた彼よりも先に亡くなっている。生きているのはファヴギールだけだ。
「俺は……長老なんてやるガラじゃない。言ってくれれば」
『それは……他の者が許さぬだろう……』
「それで俺の首を差し出した、ということか」
前長老は無言で返答した。つまりは肯定である。
『迷っていたわしの元へやってきたのが、あの……不気味な男』
「エサキですか」
『そうだ。ヤツはまるでわしの心を見透かしたかのように……話を……持ちかけてきた……』
あんたの望みと、戦争を終わらせるという願い、両方を叶えられる、とエサキは言ってきたのだという。
アレクニールはますますエサキのことが気に入らなくなった。
弱みにつけ込む手管といい、恐ろしく狡猾だ。
『ヤツは不思議な術を使う……レオニアの王とヒッポリトの王、そして精霊の総主を……白い空間に召喚した……』
思い当たる節がある。
ニンゲンの姿にされ、輝ける力を奪われた空間のことを思い出した。
『そこで我らは話し合ったのだ……』
秘密裏に行われた会談は、場所も時も隠されていたということになる。
「長老はエサキの正体を知っているのですか?」
『はっきりとは……わからぬ。だが……ヤツはこの星の者ではない』
「それは……」
ではどこから来たのか。
『夜空に瞬く星の中には……我らと似たような存在がいる……どこからかやってきた……あの男は……恐ろしい』
「別の世界の者……だったとは」
別のところからやってきた侵略者。そう考えれば気は楽だ。あれこれ考えずにぶっとばせる。
『しかし……わしは……話し合いの最中で……迷った……決めきれなかった』
「……?」
『同胞を差し出すなど……考えられぬことだ……』
前長老の声がさらに深く暗い感情を帯びる。
『そんなわしに……ヤツは……未来に起こるであろう映像を……見せた』
「それは……いったい」
『おまえの……破壊の化身と化した……おまえの姿が……そこにあった。ニンゲン、魔族、精霊が等しく、輝ける力によって消滅する光景が……』
「待ってください! 俺はそのようなこと、考えたこともない!」
アレクの言葉を聞かずに、前長老は話を続ける。
『わしはそれを……信じた……おまえは……ほんとうにドラゴンなのか……?』
「そんなこと、わかりきっている!」
ここでもう一つの目的である、元に戻る方法を聞こうと考えた。
「俺はドラゴンのアレクニール! 方法さえわかれば、元に戻る! それがドラゴンである証です! 長老は知っているはずだ! 元に戻る方法を!」
『……それは……わしにもわからぬ』
「そんな……」
二千歳を生きた長老でさえも知らない。
それではもはやドラゴンの姿に戻ることが叶わないのと同義だ。
「なんてことだ……」
打ちひしがれるアレクニールは、両膝を床に落とした。
「ではこのままニンゲンの姿で……」
『可能性は……ない訳ではない……』
なくした思った希望が、再びさした。
「教えてください! それはどのような方法なんですか!」
『母竜を……探せ……』
「え?」
『母竜であれば……あるいは』
「し、しかし、母竜は神話の存在だ! いるはずが……」
『母竜は……この世界におられる……わしは……若かりし頃……探した……見つからなかったが……今の……おまえならば……』
前長老の声が遠ざかっていく。
「待ってください! どこを探せばいいのですかっ!」
強く、呼びかける。
『西へ……エルフの……帝国……そこに……』
「エルフの帝国……?」
ミィフィーユの口から何度も聞かされた昔の話が頭に浮かぶ。
『アレクニール……ああ……アレクニール……ほんとうに……すまぬ……アレクニール……』
「長老!」
巨大な存在が消えていく。
何度呼びかけても、返事はない。
やがて、巨躯が完全に消え去り、静けさが戻った。
「母竜がまだ生きている……? そんなことがあり得るのか?」
にわかには信じられない。
しかし、前長老の言葉が嘘だとも思えない。
「今度は西か」
しかもエルフの帝国ときた。
「まったく……大陸中を飛び回ることになるなんてな」
行かないわけにはいかない。
アレクニールは決意を新たにして、その場を後にしたのだった。
ふらふらとした足取りで老竜の元へと戻ったアレクは、そこで信じられないものを見た。
娘たちがドラゴンの頭の上に乗って、滑り台にしているのだ。
「……」
「あ、おじさん!」
「おかえりなさい!」
「……(こくり)」
緊張感の欠片もない。
「なにをしているのかな?」
引きつった顔で尋ねると、クラウディアとルクレツィアが顔を赤くしてさっと降りた。
「お、おかえりなさい、おじさま」
「心配していましたのよ!」
「そうは……見えなかったが」
かなり大声で叫んでいたはずだが、どうやら娘たちには聞こえなかったらしい。
あるいは特殊な障壁でも発生していたか。
今となってはどうでもいいことだと、おじさんは思った。
「じいさん……これはいったい」
『じゃって……退屈だったし』
「……元の姿に戻ったら、髭をむしりますよ?」
『おー、こわ』
むかつくが、どこか憎めない老竜だった。
「おじさん、元の姿に戻れるの?」
「いや、長老は何も知らなかった」
「え、うそ……じゃあこれからどうするのよ」
「それでだな、ミィフィーユにエクレア、話がある」
改まった様子のおじさんに、双子は一歩下がった。
「な、なに? 真面目な顔してるよ?」
「……(こくり)」
元の姿に戻るカギは西にある。
ミィフィーユは以前、西にエルフの小国があると言っていた。
そこに賭けるしかない、とアレクは考えたのだ。
「これから西に行って、母竜を探す」
『なんじゃと!?』
これに驚いたのは、グレイゲルドラだった。
『母竜がおわす……というのか? アレクニールよ』
「ええ、長老ははっきりと言っていました」
『なんということじゃ』
信じられないのも無理はない。聞かされたアレクも信じられないでいる。
「だからミィフィーユ、エクレア。西への案内を頼む」
双子は顔を見合わせた。
そして———激烈なまでに嫌な顔をする。
「えー……やだなあ……帰りたくないなあ……」
「……(こくり)」
「なにか事情がありそうだな」
「ボクたち、二度と戻らないつもりで出てきたんだ」
「つまりは……家出か」
うん、とうなずく二人。
「みんな家出ばかりだな」
率直な意見を口にすると、ルリーシェラ以外がそっぽを向く。
「それでも頼む。君たちの力が必要なんだ」
まっすぐに頼むと、双子は頬を赤くした。
「うーん……おじさんがそう言うんなら」
話は決まった。
大陸北西部にあったユルハ島から中央部、そして北の国から東方へ。今度は西を目指すことになる。
「かなり遠いけどね」
「構わんさ」
うなずいたのはアレクだけではない。
クラウディアはもともと様々な場所へ訪れるのが夢であったし、ルクレツィアは違う文化に触れてみたいと密かに考えていた。
そしてルリーシェラは、おじさんともっと一緒にいられると喜ぶ。
こうして、彼らはの旅は続くこととなった。
「さて、行くか。西方にはどんな酒が待っているのか、楽しみだ」
「おじさん、ほどほどにしてね?」
「おじさんはお酒のことばかりだね」
「……(こくり)」
「おじさま……」
「おじい様がいたらお酒の話で盛り上がっているところですわね」
アレクニールの切り替えが早いことなど、もはや慣れたもの。
どうやらこれからの旅も楽しくなりそうだと、元・ドラゴンのおっさんは思うのであった。




