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ドラゴンおぢさん ~人の皮をかぶった最強ドラゴン無双乱武~  作者: 雨森あお
おじさんは帰ってきた
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 アレクニールを口に含んだドラゴンは、寝ぼけまなこで大きな口をもぐもぐ動かしている。

 呆気なく食べられてしまったおじさんを見て、娘たちは絶句していた。


『……なんじゃ……むう……この味は……まずいのう』


 勝手に食べておいて文句を言う老竜は、ぺっ、とアレクを吐き出す。

 元・ドラゴンのおっさんは床に叩きつけられてバウンドした。

 ねっとりとした液体にまみれる彼の姿は痛々しい。


「おじさん!」

「いったああああああああ! いきなり食うとは!」

「生きてた!?」


 さすがというか、アレクは生きていた。怪我もない。

 床へ座り込むおじさんに抱き着こうとするルリーシェラ。


「待て、ルリーシェラ。今の俺は……べとべとだ」

「関係ないもん!」


 老竜の唾液まみれなアレクニールを見て止まるかに見えた彼女は、しかし止まらない。

 おじさんの胸に飛び込んだルリーシェラは、変な匂いとべたつきに顔をしかめたが、それだけだった。


「やれやれ……」


 泣きそうなルリーシェラをなんとかなだめつつ、目を覚ました老竜を見た。

 苔むし竜グレイゲルドラはアレクニールたちを興味深そうに見つめ返す。

 そして———


「……ZZZ」


 寝た。


「寝るんかーーーーーーーーーーーーーい!」

「……(寝るんかーーーーーーーーーーい!)」


 ミィフィーユの言葉とエクレアの心の叫びが重なる。


『冗談じゃ』


 で、起きた。

 かなりアホっぽい、もとい変わったドラゴンだと娘たちは思う。


『ニンゲンたちよ、ここが竜の霊廟と知って来たのじゃろうな』


 ぎろり、とアレクたちをにらむ。

 普通のニンゲンであれば、それだけで心臓が止まりかねない迫力があった。


「……じいさん、俺はアレクニールだ」

『ほう……わしが知るアレクニールはそのような姿ではなかったがのう』


 ぶわっと風が巻き起こる。威嚇にも満たないちょっとした動きだけで魔力が吹き荒れ、風となったのだった。


「信じられないのはわかるが、それでも俺はアレクニール。そう言うしかない」

『知っとるよ』

「なに?」


 じゃあ初めからそう言えよ、とツッコミたい気持ちを娘たちはこらえる。

 今までのやり取りはいったいなんだったのか、理解に苦しむばかりだ。


『おぬしの味は忘れんしのー』


 味? と彼女たちが首をかしげた。


「おじさん、前にも食べられたことあるの?」

「……」


 非常に珍しいことだったが、アレクは顔をこれでもかと曇らせる。


「子竜だった頃、滑り台にして遊んだり、髭を引っ張っていたらお仕置きされたんだ」

「す、滑り台って……」


 昔の話が出て、老竜が笑う。


『それを知っているということはまさしくアレクニール。その後は泣きべそをかいていたからのう。苦い思い出じゃろうて』

「うぐ……」


 額に手を当てて、なにやら落ち込むおじさん。

 ドラゴン族の縄張りに来てからというもの、アレクニールの知らない一面を見ている娘たちは胸がドキドキする。


『おぬしが来ることはヴァーリオンから聞いておる』

「山ジイから?」


 ヴァーリオンとは前長老『ヒゲの山ジイ』の名前だ。


『アレクニールはおそらくここへ来るだろう、とな』

「そうか……」


 前長老は全てを知った上で手を回している。

 だが疑問はつきない。

 これでは自分が死ぬと予感していたように思えるのだ。

 先の事がわかっていたのなら、死ぬこともなかっただろう。

 

『納得がいかんか?』

「ああ、いかないな」


 顔色を察した老竜が言う。


『ではヤツと話すか』

「ああ、そのために来た」


 アレクニールの決意は固い。

 だが———


『ここは通さぬよ』

「……!?」


 苔むし竜グレイゲルドラの瞳は、言葉とは裏腹にただ優しい。


「どうして! 俺が……ドラゴンの姿じゃないからか!」


 声を荒げるアレク。

 明らかに戸惑っている姿を、娘たちは初めて見た。


『たわけ。そうではない。ニンゲンの体では耐えられんかもしれぬ、と言っておるのだ』

「なんだって……」

『おぬしは一度ここで育ての母と話したな』

「そうだ」


 言われるまでもなく覚えている。


『その時、おぬしは恐ろしく疲弊したじゃろう。それを忘れたのか?』

「それは……」


 アレクニールは成龍となり、初陣へと赴く少し前にここへ来たことがあった。


『望めばヴァーリオンと話すこともできるじゃろうな。だが、英霊のエネルギーにさらされたらどうなるのか。頭の中に入り込んでくる記憶や知識はおぬしを破裂させる』

「しかし……」

『死ぬとわかっている者を行かせるわけにはいかんのう』


 門番の務めは果たす。それが老竜の意思だ。


「俺は……死なない。どうしても聞かなければならないことがある」

『死なないという根拠はどこから来る?』


 聞かれた彼は目をつむり拳を握る。

 思い浮かぶのは———娘たちの顔だ。


「俺はもう……独りじゃない」


 アレクニールは言い切った。

 老竜はしばらくの間、彼を見つめる。


「彼女たちを置いて死んだりはしない」

『なるほどのう……酒ばかり飲んで頭がアホウになったわけではなさそうじゃ』


 痛いところを突かれると、何も言い返せない。


『わんぱく小僧め。じゃが……ニンゲンとなったことで強くなったのじゃな』

「俺が強く……?」


 意味がわからない。

 ドラゴンであった頃と比べるのが無意味なくらい、弱くなったはずだ。


『アレクニール。この世には知らぬ方がよいこともある。ヴァーリオンのヤツはそれのせいで疲れ切っておった。それでもおぬしは行くのか?』

「聞かれるまでもない」

『ならばもう何も言わん』


 通行の許可は得た。

 あとは———


 ルリーシェラ、ミィフィーユ、エクレア、クラウディア、ルクレツィアがアレクを見つめている。

 彼女たちは言葉を発しなかった。

 その代わりに、ルリーシェラがバッグから瓶を取り出す。


「これは……酒?」

「うん、ケロシウスおじさんからもらった」

「それを飲めば死なないんじゃない?」

「……(こくり)」


 彼女たちの言いたいことを理解する。

 アレクニールがニンゲンとして覚醒したスキルは『大酒飲み(ドランカード)』。酔えば酔うほど力が増す。


「おじさま、どうかお気をつけて」

「アレク小父さま、ご無理はなさらないで」


 年長の二人がおじさんを送り出す。


「ありがとう、みんな。ちょっと行ってくる!」


 瓶の蓋を開けて、酒を飲み干す。

 とたんに体が熱くなり、力が体内を駆け巡った。


 娘たちが見守る中、アレクニールはアーチをくぐり、先の広間へと入る。

 驚くほど静謐で厳粛な空間だった。


 広間の中央にしつらえてあるのは、丸い巨石。オーブにも見えるが、特に力は込められていない。

 これは飾りで、意識を集中させるための物だ。


 アレクは巨石の前まで進み、手を当てた。

 そして、まぶたを閉じる。


「長老……応えてくれ。俺はここまで来た」


 返事はない。


「いったい何があったのか、教えてくれ」


 なんの声もしない。


「英霊たちよ、俺の姿は変わってしまったが……魂は竜だ」


 変化は訪れない。


「俺は……知りたいんだ! 世界はどうなってしまう? なにが起ころうとしているのか……教えてくれ!」


 アレクニールの必死な叫びが空間にこだまする。

 

「答えてくれ! 長老よ!」


 願いは通じるのか。

 

(今の俺では無理なのか……)


 ———と、諦めかけた時だった。


(アレクニール……)

「この声は……!」


 アレクニール、と呼ぶ声がする。


「長老!」

(アレクニール……アレクニール……)


 声が次第に大きくなっていく。

 アレクの顔に喜びが浮かんだ。しかしそれは束の間のことだ。

 

「うっ……これは!?」


 とどまることを知らない声たち。

 様々な音が頭の中を反芻し、耐えられなくなる。

 耳を押さえて膝をつくアレク。手の間から血が流れてきた。


「これがっ……!?」


 ドラゴンであった頃とは訳が違った。

 今にも頭や体が爆発しそうになる。

 声と記憶、知識、そして莫大なエネルギーが流れ込んでくる。


「ううううううううう! これは……かなりきついぞ! うぐああああああああああ!」


 アレクニールは歯を食いしばって耐えた。


「まだだ! 俺はまだ……死ねない!」


 脳裏の片隅をよぎるのは———娘たちの姿、さらには酒。

 

「俺は……俺は……酒を飲みながら娘たちの成長を見て楽しみたいんだあああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 雄叫びに聞こえる本心からの絶叫が響き渡る。

 瞬間、彼の眼の奥で光が弾けたのだった。

 

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