白備えとの戦い
『白備え』を名乗る男たちは素早い。
足音も立てずに保管庫へと向かう娘たちを狙う。
しかし、それをみすみす見逃す元・ドラゴンのおっさんではなかった。
足元の石破片を蹴り飛ばし、散弾として男たちを狙う。
「疾っ!」
短く鋭い呼気が漏れる。
石破片は男たちを止めた。しかし、傷はつけられなかった。
彼らの周囲に、目には見えない障壁があるのを感じる。
「対遠距離攻撃用の障壁か」
一瞬で見抜いたアレクは、一気に距離を詰めた。
料理人・アレクニールはもういない。つまり、拳解禁である。
鉄よりも固く、岩よりも重い拳は、白ローブ男の一人を捉えた。
「泥っ!」
またもや障壁。アレクの拳に柔らかい感触が伝わる。
ニヤリとする男。
だが、それは束の間のことだ。
勢いの止まらない拳は、軟性の障壁を突き破り、男の胴に突き刺さった。
胸が陥没し、男は血を吐いて倒れる。
「……標的を変更。鶴翼の陣にてアレクニールを囲い殺せ」
『白備え』のリーダー・コブランはアレクの動きを見て、指示を下した。
整然と列を整え、陣形を編成。
「訓練が行き届いているな」
「のんきに言ってる場合じゃねーだろ」
サブロウは『白備え』の動きを見て、緊張した。
よく統率の取れた部隊なのは言うまでもない。
「どうする、おっさん」
ドラゴンであった頃、ニンゲンや魔族は陣形を組んでアレクニールに挑んできた。
「背後を取られなければいい」
「単純だなおい!?」
つまるところそれである。
「しかしいいのか?」
「なにがだよ」
「軍は俺たちを狙っているんだろ? 助太刀などしたら立場が危ないんじゃないか?」
「いまさらだし、こいつら、なんかくせーんだよ。腐った臭いがするぜ」
同感だったアレクニールは、ニヤリとした。
影の部隊など、どのみちろくでもない、と決めつける。
「一人一人を確実に仕留める。できるか?」
「どうせやるしかねーだろ」
二人は飛び出した。
敵は陣形を組んで囲い込もうとしている。
そもそもが多勢に無勢。アレクたちがやれることは限られている。
見る限り男たちは無手だ。
白いローブの下に手を隠していることから、暗器の類だろうと推察する。
「なんということもない。出される前に倒せばいい」
先頭の男へ放つのは蹴りだ。
攻撃を読んでいた男は、身をかがめて避けようとする。
「かかったな」
元・ドラゴンのおっさんは途中で蹴りを止めて、軌道を変えた。
よもやフェイントをかけられるとは思わなかった男の動きが止まる。
アレクニールの足は、急激に角度を変えて、男の膝を砕いた。
そこへ、左右から二人の白備えが襲いかかってくる。
彼らの拳から突き出ているのは、かぎ爪。予想通り、暗器の類だ。
アレクは、右の男を避けて、膝をつく隊員の首を掴む。
そして、左から来る男に、掴んだ隊員を盾とする。
「がはっ!?」
隊員は障壁を発動する間もなく、味方の攻撃で死んだ。
慌ててかぎ爪を引っ込める男に対し、ぬるりと動いて、首を掴む。
「これなら障壁は使えない」
腕に力を込めて首をへし折る。
これで二人。
アレクニールの隣ではサブロウが剣を閃かせた。
「≪一影二迅三突≫!」
一度の斬撃で二度断つスキルが発動。今までと違い、技が変化している。
アレクニールと再戦する時のために編み出した、奥の手のさらに奥の手。
斬った後に一度の突きで三度穿つ絶技だ。
障壁によって防がれた斬撃だったが、突きが男の口と喉と胸に穴を空ける。
アレクニールが前面に立ち、サブロウが隙を突く。
共に戦ったのは二度め。コンビネーションが出来上がるには十分な機会があった。
彼らの陣形はVの字を作り、両端が背後を取ること。
しかし、端から潰されては、追いかけっこをする羽目になり、いつまでも包囲はできない。
元・ドラゴンのおっさんは容赦しなかった。
リーチの短い暗器しか持たない『白備え』は近づくしかないわけで。
そうなると長い腕に掴まり、握りつぶされてしまう。
「むん!」
男の一人を力任せに引き裂く。
ニンゲンの殺し方とは思えない光景。
「……止烈の陣! 行け!」
陣形を変えた男たちは、横に並んでアレクに迫った。
一人を蹴り殺したが、他三人が無謀な突進を止めない。
(……戦い方を変えてきたな)
アレクニールは瞬時に男たちの意図を見抜いた。
彼はタックルをしかけてくる者達を迎撃せずに、真上へと跳ぶ。
ばかばかしい跳躍力によって宙に浮いた元・ドラゴンのおっさんは、敵の狙いを完全に看破していた。
「なにっ!?」
コブランの困惑が聞こえる。
指示を出した『止烈』の陣は、四人が決死の突撃で相手を止め、気配を隠した二人が頭上から襲いかかるというもの。
アレクは宙に飛んでいた二人をかかと落としで地面に叩きつける。
彼らは、地面に落ちるまでもなく頭蓋を砕かれて死んだ。
「じ、陣形が通じない……だと!?」
世にも珍しいニンゲンとなってしまったドラゴン。コブランは主からそう聞かされていた。
決して侮っていた訳ではない。しかし、見誤っている。
ドラゴンとしての力は封じられても、二百五十年に及ぶ経験までは消せなかったのだ。
コブランは自ら動くことを決めた。
エサキから授かった宝具『光の剣』を取り出す。
スイッチを入れると、ブウン、という音を立てて光り輝く刀身が現れ、コブランの体が光の力に包まれた。
「アレクニール、ここで殺す」
彼は隊員たちを殺しまくっているアレクニールに躍りかかる。
「ん?」
懐かしい力を感じ、元・ドラゴンのおっさんは目を細めた。
「それは……『輝ける息』?」
まとわりつく男を肘打ちで屠り、コブランに対峙。
光の剣は美しい軌道を描き、アレクニールに迫る。
「熱っ!」
「……は!?」
元・ドラゴンのおっさんは光の剣を手の平で受け止め、握っていた。
じゅう、と灼ける音がするだけで、斬れていない。
「バカな!?」
「この剣……『輝ける力』なのか?」
「な、なぜ斬れん!? どうなっている!?」
「俺に聞くな。知るわけないだろ」
アレクニールにとってはさんざん使用してきた自分の力である。
コブランや剣から感じる輝きは確かに『輝ける息』。
ますます謎だ。
「エサキとやらは何をしようとしているんだ……」
わかるのは、神を名乗る不気味な男が『輝ける力』がなにかを知っているということだけ。
自分といい、ルリーシェラを狙うことといい、秘密があると考える。
「教えてくれ。『輝ける力』とはなんだ?」
「くっ……なぜこうも簡単に……」
コブランは答えようとせず、光の剣を押し込もうと必死だ。
それを見たアレクニールは答えた。
「それは簡単だろう。君は剣を振ったことがないんじゃないか?」
コブランの剣は速かったかもしれないが、それだけだ。
「サブロウ、ニンゲンの間ではこういうのをなんて言うんだ? 実を伴ってないというか、形だけというか……」
「お座敷剣法、だな」
ざっくり、である。
サブロウは剣士。言葉でも斬る。
「オザシキケンポウ……意味はわからんがしっくりくる」
「なん……だと……」
コブランは愕然とした。
光の剣はアレクニールの手を焼き続けているが、まったく効いている様子がない。
二十人はいた隊員たちはすでに自分のみ。
障壁も、陣形も通じず、切り札の宝具は効かない。修練を積んだ剣もお座敷剣法と言われる始末だ。
「なんなんだ貴様は……力を封じられているはずではないのか!?」
「エサキ様とやらに聞いてみたらいいんじゃないか?」
アレクニールは空いている方の腕を振り上げた。
「先に地獄で待っているといい。君の主もあとで送るから、その時にでも聞いてみろ」
「やめっ———」
巨大な拳は、コブランの障壁を突き抜けて、目と目の間を打つ。
べぎょ、と恐ろしい音がして、顔面が陥没。さらに首が折れて、頭があらぬ方向へとぶら下がった。
光の刀身が消えて、柄が落ちる。
それを拾い上げたアレクは、まじまじと宝具を見つめた。
「サブロウ、使うか?」
「いらねーよ。そんなわけのわからんモン、触りたくもねー」
そこまで言わなくても、と複雑な気分になる。光の剣はおそらく『輝ける息』と同種の力だ。
「それよりもおっさん。あんた、なにしようとしてるんだ?」
「ボルグゲイルを止める」
「あの巨竜をか?」
「ああ、あいつは俺の友を殺した。ケリはつけさせてもらう」
「なら……おれも連れてけ」
「やめておけ。死ぬぞ」
「こっちにも事情があんだよ。いやでも勝手についてくわ」
やはり面白いヤツ、とアレクニールは内心で笑った。
「しかたないな。あとで酒を奢ってくれ」
「どさくさにまぎれてわけわかんねーこと言うな!」
「ばれたか」
くだらないやりとりをして、二人は保管庫に向かうのであった。




