王都レオン
「ここが王都レオンか。巨大な街だなー」
入口に立った元・ドラゴンのおっさん、アレクニールは、建物とニンゲンに埋め尽くされた大都市を見て素直に驚く。
「ツールフよりもずっと大きいね」
そばに立つルリーシェラは、フードを被り直した。彼女が持つエルフの耳は目立つ、ということだろう。
ところが。
「ルリお姉ちゃん、耳は隠さなくても大丈夫だよ。隠すなら尻尾だけでいいと思う」
そう答えたのはミィフィーユ。ツールフの町で出会ったエルフの双子、髪の短い方だ。
髪の長い方である双子、エクレアは無口なので頷くのみだった。
「王都はエルフの人口も多いし、声をかけられることもないよ。ただ……おじさんの奴隷ってことにはしておいた方がいいかも」
「俺の?」
「エルフは誰かの所有物だし、問題が起きたら責任者が必要だしね。なんでボクらの所有者もおじさんってことでよろしく」
「それはいいが……よくはないが、ミィフィーユ、もしかしてなにかあったら俺に投げようとしていないか?」
ぎくう、として跳び上がる。ここらへんはまだまだ子供だ。
「はあ……まあいい。で、君たちは会いたいという人物は誰だ」
「うん、ボクらは王都にある組織とコネを作りたいんだ」
ミィフィーユとエクレアは、古代に栄えたエルフ帝国の貴い血筋。末裔である彼女たちの目的は帝国の復活だった。
「地下を拠点とするエルフだけの盗賊ギルドだよ」
「そんなものがあるとはな」
「つなぎをつけて、王都のエルフを西に脱出させる協力を取り付けたいってわけ」
「なるほどな」
子供ながらによく考えるものだと、アレクニールは感心するばかりだ。
「おじさんはどうするの?」
「うーむ」
アレクニールの目的は、およそ一か月後に開かれる停戦協定の調印式に潜り込むこと。そこに来るというドラゴン族の長老と話がしたいのである。
だが当てがあるわけではないので、まずはそこから考えなくてはならなかった。
とりあえず中に入り、道行く人々の様子を窺う。
荷物を抱えた婦人や暇そうにぶらつく若者、武装した憲兵に手を繋いで歩くカップルと、かなり種類が多かった。
ニンゲン以外にもエルフが多く、先のツールフとは規模もなにもかもが違う。
その時だ。
前方で騒ぎが起こった。
「ひ、引ったくりよおおお! 誰か! 誰か助けてええ!」
女性の声が聞こえて、誰かが走ってくる。
身なりの汚い目を血走らせた男が、アレクニールたちに向かってきていた。
「引ったくり、とは?」
「盗賊だね」
つまりは下衆、と身構えた時、新たな気配がして、アレクは警戒した。
巨大な闘気がたちのぼり元・ドラゴンのおっさんは拳に力を込める。
「どけどけえ! 邪魔————へ?」
引ったくりの男が止まる。
気が付けば彼は、服が切り裂かれ素っ裸になっていた。
「な、なんで服……あがっ!」
いつからそこにいたのか。
金色に輝く髪をなびかせた女性が、剣の柄で男を殴り、昏倒させる。
(この娘……)
彼女は一度、アレクニールたちを蒼い瞳でじっと見つめ、会釈をして犯罪者を連行していった。
なにが起こったのかわからない街の人々は、きょとーんとしていたものの、すぐに元へ戻る。
「すごい剣だった……」
「ルリーシェラは見えたのか?」
「うん」
アレクニールにも、引ったくりの男がいかにして素っ裸になったのか、見えている。
速く正確な剣が、男の服だけを切り裂いたのだった。
速さと精密さならサブロウよりも上、とアレクは格付けした。
「王都には色んなニンゲンがいる、ということだな」
「おじさん、もう行こうよ」
「それはいいがミィフィーユ、当てはあるのか?」
「大体の場所はわかってる」
と、双子を先頭に街中へと進んだ。
屋台の並ぶ広場を抜け、大通りから外れたところへと行く。
明かりが届かない住宅の密集地に着くと、とたんに物騒な気配が立ち込めた。
見るからに真っ当な職業ではない者達が目立ち始める。
「ずいぶんと陰気な場所だな」
「まあ、エルフが隠れるんだったらこんなところでもないと」
ミィフィーユが言う通り、ニンゲンの姿はなく、見かけるのはエルフばかりとなった。
「たしかこの辺に……」
細い裏路地。
暗くて先が見えない。
「ここだね。行こう」
「大丈夫か?」
「えーと、たぶん」
アレクニールは、やれやれ、と呟く。彼の体には少々窮屈な道だった。
先に進むと、男が一人立っている。
耳が尖っているからエルフ。一見細身な印象を受けるが、そこそこやるな、という印象をアレクは抱いた。
「なんだ? 子供か?」
「ああ、うん。『アニキ』に会いたい」
「おいおい、合言葉は知ってるんだろうな」
ミィフィーユとエクレアが自分の耳を押さえる。
「≪耳を削いでもニンゲンにはなれない。我らは我ら。古き時代を忘れるな≫」
「……ほう、いいだろう」
問題なく通れるようで、一安心。
しかし——
「おっと、あんたはニンゲンだろ」
アレクニールだけ止められてしまった。
「そっちの三人はエルフだからいいが、あんたはダメだ」
「何故だ? 俺は彼女たちの保護者だぞ」
「ほ、保護者? なんだそれは」
男からすれば意味がわからないだろう。
「いや、ダメだ。ニンゲンは通せねえ。つーかそもそもなんで来たんだ。ここらはニンゲンが来る区域じゃねえってのに」
「付き添いだな」
「こ、この人はエルフの味方なんだ! 通してよ」
ミィフィーユがお願いするものの、男は気が変わらなかった。
ナイフを見せつけるようにして取り出す。
「いいや、ダメだ。怪しすぎる」
アレクニールは男の額の前で、拳を作る。
人差し指と親指を使って弾いた。要はデコピンである。
「!?」
門番の男は、白目になって崩れ落ちた。
「おじさん!?」
「手加減はしておいた」
そういう問題でもないが、ミィフィーユとしては不安だった。とはいえおじさんがいないのもある意味不安なので、一緒に行くしかない。
「なるべく穏便にして?」
「ああ、なるべく、な」
にっと笑うおじさんから不吉なオーラしか感じなかった。
路地を奥へと進み、突き当りのドアを開ける。
その先にあるのは、地下へ続く階段だった。
「この先は?」
「うん、たぶん『隠れたる妖精』のアジト」
「どんな組織なんだ」
「王都の裏社会にある組織だよ。構成員は全部エルフなんだ」
アレクニールは顔をしかめた。
ミィフィーユが持つ情報網の広さはすごいと思うが、子供を裏社会に関わらせるのはどうか、と考えたのだ。
「危ないことはしないと約束しただろ」
「そうだけどさ、いざとなったらおじさんが守ってくれるし」
「しかしだな」
「ルリお姉ちゃんもいるし」
ちらっとルリーシェラを見る。
彼女はガッツポーズをしていた。
「それに、おじさんやお姉ちゃんが隠れる場所も必要でしょ?」
「俺は隠れたりしないけどな」
しかしながら、ルリーシェラが普通に暮らす場所が欲しいと思ったアレクは、折れるしかなかった。
ドアを開けて中に進み、下水道へと降りる。
このようなところに住むのは、さすがに環境が悪すぎるだろう。
「誰もいないな」
「うん……なんかおかしい」
細い裏路地で見張りが一人なのはまだわかる。そもそもニンゲンがあまり来ない区域だから、それでもいいだろう。
しかしここが拠点だとしたら、不用心じゃないかと思うのだった。
いぶかしみながらも先に進んだ彼らは、理由がわかった。
エルフが二人、倒れているのだ。
「ちょっと!? どうしたの!?」
ミィフィーユが駆け寄って手を当てる。
一人は死んでいたが、もう一人は息があった。
「なにがあったのよ!?」
「あ……く、『草刈り』だ……奴ら……ここまで……」
セリフの途中で男が倒れてしまう。死んではいないものの、これ以上は何も聞けなかった。
「戦の気配がするな。面倒なことになっているようだぞ」
アレクニールが見る先からかすかな音が響いてくる。
「そんな……」
「草刈り、と言っていたが」
「なんのことだか……」
「そうか、なら先を急ごう」
四人は走った。
各所に松明が付けられた下水道は思いのほか明るく、進むのに問題はない。
聞こえてくる音は次第に激しさを増し、ついには怒鳴り声が耳に届いた。
「あそこの扉からだな」
重そうな鉄の扉は半ば開かれていて、隙間から見えるのは倒れたエルフだった。
すぐさま中に入った彼らは、そこで戦闘が行われているのを目にする。
「忙しないな。初日からこれか」
王都での日々は退屈しなさそうだ、とアレクニールは呟くのだった。
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