元素魔術師の恋慕
三連休の間に一回も投稿できなかった……
体育の日ということで初日の土曜に運動不足を解消しようとした結果、疲労と筋肉痛で横になったまま連休が終わりました……日頃の運動って大事ですね。
《ラピッドステップ》結成当初から利用している安宿。その角部屋と一つ隣が彼らの宿泊している部屋である。サムエルとアナが角部屋、ベンジャミンとフロウがその隣の部屋という部屋割りになっている。
「……無駄に疲れた」
「右に同じく……」
部屋に戻るなりそう言いながらそれぞれの寝床に倒れ込むベンジャミンとフロウ。その様子からは身体的にも精神的にも疲弊していることが伺える。
Sランクはもちろん、Aランク相当のクエストもそうそうあるものではない。ましてこの東方支部を拠点にしているAランク以上のパーティーは《ラピッドステップ》だけではない。Sランクとてもう一組いる。取り合いや兼ね合い、地方遠征による移動時間などを考えれば月に数回程度の頻度となる。
むしろ神の如き上位存在の干渉もなしに物語のように最高位の等級である強者でさえ歯が立たず規格外の最強主人公様が収めなければならない事態が頻発する世界など、物語が始まる前に滅ばないわけがない。空間転移による即日解決もできないのだから、月に数回でも多いくらいである。
話を戻そう。そんなわけで例の一件以来の久しぶりなAランク討伐クエストを受けた《ラピッドステップ》一行は、辛うじて日帰り可能な現場へ早朝から向かい、Aランクの中でも上位であるハーキュリアンオーガが率いる群れを討伐した。
正確には、単独でハーキュリアンオーガとついでにその配下のオーガ種を虐殺してなお大陸中のオーガ種を鏖殺せんとしていたサムエルの暴走を、ベンジャミンとピーターとフロウの二人と一匹がかりで阻止した。
――その日の昼過ぎのことである。
体長二メートル程度と他のオーガ種と比べれば小さな身体。しかしその筋力はまさに金剛力であり、頑丈さもしなやかさと金剛石のような強度を併せ持つ、紛れもなくAランク上位に相応しい屈強な身体。
そんなハーキュリアンオーガを先頭にオーガ種の群れと対峙した時、その後の惨劇の引き金となる言葉が目の前のハーキュリアンオーガから放たれてしまった。
「フム、着衣ノ上カラデモ分カル素晴ラシイ筋肉ダ。ソコノ女戦士、貴様ヲ我ガ第四婦人ニ迎エテヤロウ。他ハ殺ス」
Aランク上位ともなると、魔物の中にも人と同じ言葉を話せるほど高い知能を持つ個体が現れることがある。そもそもこの異世界において、鳴き声以外で意思疎通しようとすれば全ての生物は自然と同じ言語を口にする。偉い学者がその理由を研究しているらしいが、信憑性のある仮説さえ立てられていないのが現状である。
それはさておき当事者であるアナの反応だが、いくら行き遅れを自覚し気にしているアナと言えども、相手が魔物である以前に上から目線の調子に乗った戯言にはときめけない。むしろ殺意が湧いていた。
しかしアナ以上に殺意の波動に目覚めていた人物が一人。
「Gravitation Coffin」
そう、静かに最上級引力魔法を発動させたサムエルである。
「ム、我ノ動キヲ妨ゲルトハ中々ノモノダ。ダガ我ノ動キヲ封ジルニハ足リヌワ」
相手もさすがにAランク上位。オーガ種相手ということで前衛優先で強化魔法をかけていたのでまだ強化されていない素のサムエルの魔法では、妨害はできても封殺することはできない。
しかし魔物だからか、ハーキュリアンオーガは一つ勘違いをしていた。
いわゆるアンデッド化が実在するこの異世界において棺とは――火葬のためにある。
「Purgatorial Cremation」
棺の内側に煉獄の炎がくべられる。罪を焼き払い浄化させる、最上級魔法の炎が。
繰り返しになるが、サムエルは強化魔法をかけられていない素の状態である。なのでダメージは与えられても致命傷には至らなかった。
今まで通りであれば。
「ゴオオオガアアアアアア!!」
殺意の中で何か新たな感覚を掴んだのか、その魔法の質はかつてない高みにあった。
あるいはそれこそが陽の紅焔ではなく煉獄の炎の適正を持つ魔術師のあるべき姿なのかもしれない。罪を浄化する煉獄の炎は、即ち人の世の罪を前提とした存在なのだから。
「燃え尽きて。黒い塵さえも」
いや、やはりこれは人として踏み越えてはならない一線の先である。
ボスであるハーキュリアンオーガが焼き尽くされる前にと、配下のオーガ達が動き出す。それを迎え撃とうと誰が構えるより早く、幼さが残る声質にも関わらずゾッとさせられる声色の呟きが漏れた。
「邪魔しないで。Flare Burst」
中級魔法ではあるが、大抵のオーガ種ならまとめて爆殺できる過剰な威力の攻撃魔法。それを両手の小指の先から二つ同時に発動させた。同一魔法の複数同時発動。ベンジャミンの五指同時魔法待機にも見劣りしない、人智を超えた超絶技巧である。
天才魔術師サムエル・マライア。
ベンジャミンが将来的にはピーターとの一人と一匹、いや一つと一羽で勝負したとしても条件次第では殺されるかもしれないと【看破】した、この異世界で最高の才能の持ち主。
そんな天才がこの日、一段上の高みへと上った――
そんな天才の暴走を止めたのだから、その疲労は並大抵のものでは済まない。
「……せめてアナの奴が止めに入っていたら……」
「……あー、感極まった乙女の顔をしていましたからね、何故か……」
(いや、実のところ分からなくはないですけどね)
まだ付き合いの短いフロウでも知っている。女性としての魅力とは言い難いが、仲間を守り敵を攻めるためにと秤にかけることなく女性らしさを切り捨てて鍛え続けられたその肉体は、そのものではなくその裏にあるものこそがアナの人としての魅力なのだと。
だからこそ見た目だけで判断してきた相手に対して本人以上に怒りを、それどころか暴走するほどの殺意を抱いてくれた仲間の行動に――
(――いや、やっぱりあの殺意はさすがに感極まれないですね。途中でちょっといいセリフとかありましたけど、さすがにそれだけであの殺意は擁護しきれないですね)
「……それにしても、エリーちゃんアナさんのこと好きすぎません……?」
「……気にするな。俺のピーター依存の方が上だから……」
「……それ大丈夫なんですか色々と……? ……いえもう駄目なんですね色々と……」
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを最後に、珍しくそのまま寝落ちる二人であった。




