支援魔導師の先行き
――それから数日後。件の発端であるシュジン・コウの追放から数えても、まだ一〇日と経ってはいないその日の早朝。あの日と同じ北の城門前に、六つの人影が並んでいた。
《ラピッドステップ》の四人、それとコウとロインの二人である。説明するまでもないことだが、ピーターは相変わらずベンジャミンのローブのフードの中である。
第三者がこの組み合わせを見れば不穏な空気を勘違いで感じ取っていたかもしれない。だが当事者六人(主に被害者側の《ラピッドステップ》の四人)にとっては既に決着のついた話であり、顔を合わせたところで今さら何がどうなるわけでもない。
とは言えお互いに用もなく顔を合わせたい相手でもない。今日は区切りとして、あるいは始まりとして集まったにすぎない。
今日、コウとロインはこの都市を去る。
誰に何を言われたわけでもない。もちろん《ラピッドステップ》がそれを望んだわけでもなければ、二人が勝手にそう勘違いしたわけでもない。ただ二人が新たな道を歩み始める上で、実力ではない力による二人の成功譚を知る者達が多いこの都市に留まるのは良くないと、二人で話し合い二人が決めたことである。
それを一応のけじめとしてベンジャミンにだけは伝えたところ、暇だから、ということで見送りに来たのである。照れ隠しなどは一切ない。する意味も必要もない。本当にただの暇潰しがてらの見送りである。
「本当に、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだ」
「ちゃんと気にしてよね?」
「次は殺してでも二度と迷惑をかけられないようにしてやる」
実に容赦がないと言うべきか否か。特にベンジャミンは物騒でもある。
「ちょっと! そこまで言う!?」
「まぁ、今回の件はこれで勘弁してやる、という意味でもありますからね」
フロウが言うような意味も含まれてはいる。警告の意味合いの方が強くはあるが。
ちなみに強気と言うか調子に乗ったような発言をしているロインだが、その立ち位置はコウを盾にしていて、膝も小刻みに震えているという、身長も相まって実に小動物然とした姿である。
無理もない。魔導師の称号持ちとは言え、要は術師であるはずのベンジャミンに近接格闘戦で負けたことは記憶に新しい。よほどの大物か馬鹿者でもなければトラウマ必至の経験である。ましてその時とは違いフルメンバーを前にしているのだから、怯えるなと言うのも酷な話である。
そんなロインの様子に苦笑しながら、コウはベンジャミン達が見たこともない表情を浮かべて少しだけ付け足す。
「次に会う時は、迷惑をかけた分だけ助けになってみせますよ」
それはコウの宣誓。Sランク冒険者パーティーが受けるレベルのクエストでも役に立てるほどに、強くなってみせるという決意の証。
コウが初めて見せる本物の本気。ベンジャミンはどこか楽しげにその姿を見る。
「そうか。ならせっかくだ、一つ餞別をくれてやろう」
言いながら視線をロインに向ける。小さく悲鳴を上げて弱弱しく自分を睨もうとしているロインの様子は無視して、まず結論から簡潔に告げる。
「そこのチビ。お前は自分の固有能力の使い方を分かっていない」
「誰がチビか誰が! それに【高速移動】なんて名前のままの効果しかない固有能力に、使い方も何もないでしょうが!」
ロインの主張もあながち間違いとは言えない。だがそれでもベンジャミンの主張の方が正しいのである。
「お前の固有能力の正確な効果は、あらゆる移動を高速化することだ。それを踏まえた上で最も効果的な使い方は――歩くことだ」
「はあ!?」
その言葉の意味が分からないのはロインだけで、他は全員、コウでさえ理解した。
「そこのアナの【瞬撃】も似たようなものでな。最高速度は変わらない。走ろうが歩こうが転がろうが、軽装だろうが全身鎧だろうが全裸だろうが、固有能力の効果で達する最高速度は一定だ」
最高速度。そこまで言われてロインもようやく気付く。自分の先入観に。
「駆けるような初速はいらない。むしろ無駄に疲れるだけだ。そして歩く意識と高速化を上手く噛み合わせられれば、歩きの滑らかさで戦場を高速移動することもできる」
通常なら移動速度が速ければ速いほど、直線的な動きになりやすい。ピーターの跳躍はその最たる例と言える。その軌道はパターン化しやすく、反応できるかはさておき読まれやすくなる。特にピーターは動物のウサギよりは上という程度の知能なので、その軌道を目で追えて反応さえできれば対処は難しくない。それを許さない速度こそがピーターの強みではあるが。
その中で変幻自在に戦場を高速で歩き回れるとなれば、戦い方の幅は広がる。誰にも真似できない、ロイン固有の戦い方ができる。
余談だが、この【高速移動】はベンジャミンにとって、この都市の誰よりも敵に回したくない相性最悪の効果である。何せ弱化魔法では対処不可能な高速移動である。素の身体能力で戦うしかないベンジャミンではまず勝ち目はない。だからこそ先の戦いでは挑発により心理的に逃げを封じたのである。
「そんなことできるわけ――あ、できた」
先入観に気付いたところで、すぐに受け入れられるものではない。それと小さな反抗心により否定しようとするロインだが、できないと実演しようとしたところで一発成功させてしまい、逆にベンジャミンの方が正しいことを証明してしまう。
この結果に誰よりもロイン自身が驚いていたせいで、気付いていない。まさか一発で成功させるとまでは思っていなかったベンジャミンが、ほんの一瞬だが驚きを表情に出していたことに。
そんなこんなで二人の見送りを終えて、ベンジャミンが呟く。
「さて、これからどうするか」
それは今日の予定だけに限らない。Sランクに到達したベンジャミンには今後の予定、と言うより当面の目標がない。今回のような事態に巻き込まれない限りはSランク維持は難しい話ではないし、富も名声も最強の座も求めてはいない。
なので特にすることがない。
「ベブッ」
少し考えるベンジャミンの頭に、モフモフした何かが乗せられる。フードから顔だけを出したピーターの耳である。
「まぁ考えても仕方ないか……よし、早いけどギルド行くか」
ただそれだけのことで悩みなど跳ね飛ばされたかのように切り替えて、ベンジャミンはギルドに向けて早々に歩き始める。
「え、もう行くの? 受付に誰かいるかなぁ?」
「ジェレミーならいるだろう」
「あー、確かにあのオッサンならこの時間でもいそうだな」
「受付におじさんなんていましたっけ……?」
「ベブッ」
誰にも追い抜けない足早な歩みで。
第一章 完
と言ったところでしょうか。
ここまで来たのに感想がない、と言うより名前の元ネタに関する反応がないのが少し悲しいですね……
……もしかしてピーターの方は知られていても、ベンジャミンの方は知らない人の方が多い?
『ピーターラビットのおはなし』の著者であるヘレン・ビアトリクス・ポター女史が飼っていた
ウサギの名前こそがピーターとベンジャミンなんです。
そして『ピーターラビットのおはなし』だけでなく『ベンジャミン・バニーのおはなし』など
いくつもの作品があります。私が読んだことのある作品はほとんどありませんが。
そんな感じで、悪ふざけ半分でつける敵側の名前(例:シュジン・コウ、ザ=マァ)以外は
女史の作品のキャラから取っています。
調べてみると色々と分かってしまうかもしれませんね。




