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12 疑惑

 ティーガが寝る間を惜しんで作ってくれていたであろうラベットの観光マップは実に素晴らしく、二日間王都を満喫したロゼッタは初めから長居をするつもりもなかったのでティーガに御礼を言って早いとこハーフェンに戻るつもりでいた。

けれども何やら3日後に獣人サーカス団が王都にやって来るから是非見て行って下さいとティーガに言われたり、ジャックに獣人騎士団の稽古を見せてやると言われたりして何だかんだニ週間滞在している。

今では獣人騎士団達が激しい稽古で怪我をした際に治療をし、レオンの妹であるシオンに懐かれて彼女の遊び相手を任されるようにまでなってしまった。

サーカスや稽古のくだりまでは良い。騎士団の治療もロゼッタは獣医なので仕事の範囲内。しかしどう考えてもシオンの遊び相手は彼女の管轄外だ。本来、この仕事を担うべきなのは侍女であって獣医ではない。

ここまで来ると何か意図があって王都に留めているのだろう。そうとしか考えれられずロゼッタは今の今まで流されるがままであったが、これ以上の滞在は良くないと思った。自分の上司がしっかりと訪問診療を行っているのか、魔狩りにばかり明け暮れているのではないかと気になって観光そっちのけで頭の大半をそれが占めている。

 本来ならば今頃はハーフェンでいつものように仕事をしている筈なのだ。行きと違い安全なルートで帰ったとしてもハーフェンに到着はしているだろう。


 流石にこのまま流され続けてはいけないとロゼッタは漸くティーガに直談判しに行くことを決意した。

この時間はレオンが仕事で使ってる執務室に居る筈だ。そこには一度も足を運んだことがないロゼッタであるが、態々ティーガを呼びつけるのも申し訳ない。彼は宰相の為毎日を忙しく過ごしている。それこそ目の下に青隈が出来るくらいに。


 自力でなんとかしてみようとロゼッタが客室から出ると扉脇に控えていたのか、いきなり開いた扉に尻尾が逆立ってしまい、それを一生懸命隠すミリアがいた。今日も相変わらず可愛いなとロゼッタは悶絶する。やはり彼女もハーフェンにお持ち帰り出来ないものかとまたもや邪念を抱いてしまう。


「ロゼッタ様、お出掛けですか? 今日はその様なご予定は無かったと把握しているのですが」

「あー、えっとティーガ様に折り入ってお話があると言いますか……。執務室に向かおうかと」

「呼び鈴を鳴らして戴ければ、わたくしがその旨をお伝えして宰相様にロゼッタ様のもとへ来る様手配の準備が出来ましたのに」


 ミリアの言葉にロゼッタは目を丸くする。失礼であるが、ミリアがそこまで発言力のあるメイドだと思っていなかったのだ。まさかメイド長とか、メイドになりすました重鎮なのかと思考を張り巡らせていれば、ロゼッタは考えている事が顔に出ていたのか、ミリアが答えを言った。


「わたくしは唯の雇われ住み込みメイドです。それにまだまだ新人なので城内の掃除を主に担っています。本来ならばおいそれとティーガ様や、ましてや王であるレオン様と会話する機会など持ち合わせておりません」

「……本来ならばとはどういうことですか?」

「今回は特例なんです。宰相様から直々にレオン様の命の恩人であるロゼッタ様が何かおっしゃれば宰相様を通すよう指示されております。ですからロゼッタ様が宰相様にお会いしたいようですと伝えれば来てくださいますよ」


 我が国の王の命の恩人であるロゼッタに仕える事が出来て嬉しいと真ん丸な目をキラキラと輝かせ、尻尾をうねらせるミリアにロゼッタは頭を抱える。確かにそういう設定で通しているし、迷いの森でレオンの傷を治したので強ち間違いでもない。

けれども命の恩人というにはスケールが大き過ぎるのだ。獣人が揃いも揃って自負する自己治癒力の高さであればあの状態であってもレオンの言う通り舐めて寝てれば治る程度で命に別状はなかったのだろう。


「それって今すぐにティーガ様が来てくれるってことですか?」

「い、今すぐには流石にちょっと……面会の日程とかを立てないと駄目だと思います。二、三日か一週間は掛かるかと……」

「そんなに?! いや、そうだよね。忙しいですもんね。でも私もそろそろハーフェンに戻ろうかと思っているので出来れば今日ティーガ様とお話したいんです」

「えっ! 駄目ですっ! もう少し居てくださいっ! 出来るだけ引き止めるようにと宰相様に……あっ」


 言っては不味いことを明らかに言ってしまったとばかりに目を泳がせて慌て始めるミリア。ロゼッタがジト目で彼女を見やればペタンと耳が垂れる。これはこの長い滞在にミリアも一枚噛んでいたに違いない。真っ白い毛並みをして黒か。自分の味方ではなかったのだとロゼッタは思った。


「ごめんなさいっ! ミリアはこれからもずっとロゼッタ様にお仕えしたくて! その為に宰相様の提案に賛成してしまい……。そうですよね……ロゼッタ様は早く帰りたかったのにそれを邪魔して、ミリアは……ロゼッタ様のメイド失格です!」

「ちょっ! ミリアさん!」


 ポロポロと涙を流すミリアはそのまま何処かへ走り去ってしまう。余程動揺していたのか、一人称がいつもと違っていた。彼女はそれすら気付く余裕はなかったのだろう。

一方のロゼッタはと言えばこんなにも彼女に好かれていたことに驚いている。またよく分からない良い匂いがして落ち着くとかいう理由だろうか。


「ミリアさんのことは気になるけど、やっぱりレオンとティーガ様がいる執務室に乗り込まなきゃ。いつまで立っても帰れない」


 ミリアはまんまとティーガの口車に乗せられただけ。元凶はティーガである。否、一番の元凶は言わずもがなレオンだ。彼がまた突拍子もないことを言い出してその為に宰相なティーガが動いている。

危なく面会の為にハーフェンに戻るのをまた遅らせられるところだった。これはもはや強行突破しか道はないとロゼッタは顔を手で叩いて引き締めた。



 執務室を目指す為に廊下ですれ違う使用獣人にロゼッタが場所を問えば、それぞれ違う方向を指差す。ミリアと同じく目を泳がせているところを見ると既に根回しされていたようだ。


「あ、フィリップ君。ちょうどいいところに。執務室の場所を……」

「ろろろろロゼッタさんすみません! ぼく忙しいので!」


 前から歩いて来たフィリップにロゼッタが本日何度目か分からない執務室の場所を教えてもらおうとすると例の如く取り乱して一目散に去っていってしまった。一体ティーガはどこまで根回ししているんだとロゼッタは額に手を置いて溜息を吐く。非常に仕事熱心でよくできた宰相であるが、今回ばかりは少し手を抜いて欲しかった。


「……いや、いいんだよ。むしろ一般人である私に執務室なんか教えちゃ駄目じゃん」

「そうそう。なんてったってお嬢さんはレオン様誘拐前科があるからね」

「糞オオカミさん、いたんですね。気付きませんでした」

「は? フィリップの隣にずっといたんだけど。お嬢さんが態とオレの存在消してたんでしょ。性格悪っ」


 ベルクスの言う通り、彼は確かにフィリップの隣にいた。彼とロゼッタはお互いの存在を認識した瞬間、まるでシンクロしたかの様に嫌な顔をした。彼が執務室の場所を案内してくれるなんて端から彼女は期待していない。だからこそ無駄な争いを避けるために空気扱いしていたのだ。

 尻尾がもさっと太くなって左右にブンブン振れているのはロゼッタと会った時の彼の通常状態である。背後で見え隠れするそれはロゼッタの心を不快にするのだ。誰だって自身を嫌っているのが丸見えな相手と関わりたくない。例えエンカウントだとしても上手く回避出来たものを彼は何故かロゼッタに声を掛けるのだ。

 

「性格悪くて結構よ。私、今貴方に構ってる時間ないから。早く部下のフィリップ君を追いかけたら?」

「へー、オレにそんな態度取っていいんだ。折角執務室まで案内してあげようと思ったのに」


 ベルクスの真横を横切り歩みを進めたロゼッタは後ろから聞こえた声にピタリと足が止まる。聞き間違いではないだろうか。思わず振り向いてしまったロゼッタが見たのはしたり顔の狼だった。


「……なに企んでるの?」

「別になにも? 皆はお嬢さんのことを必死に引き止めたいみたいだけどオレは違うし。なんならさっさとティーガさん説得してここからご退場願いたいからね」

「利害の一致ってこと。……本当に信じていいんでしょうね」


 疑いの目でロゼッタがベルクスを見れば彼は自身が信用されてないと分かって大袈裟に肩を下げた。むしろ最初からロゼッタは彼を信用していない。そんな要素がひとつもないのだ。今回だってきちんと執務室に案内してくれるのか凄く不安だ。


「ちなみに、お嬢さんが向かおうとしている方向に執務室はないよ。あっちの十字路を左ね。そんなんじゃいつまで経っても執務室に辿り着けないから」


 ロゼッタはベルクスが指差す方向を見てから近くの廊下を掃除していたメイドを横目でチラ見すれば何やら慌てているのが目に入る。これは本当に信じていいのかもしれない。彼女は既に歩き出しているベルクスを追いかけた。



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