一、フランソワ・ノエル・バブーフ12
「あはははっ! サイコーッ!」
ノエルは腹を抱えて笑った。
隣の土地の地主――憎い富農の、驚き青ざめた顔が忘れられない。
あんな顔のまま気絶ができるなどと、ノエルもポチョムも思ってもみなかった。
「がはははっ! これでしばらくは、手を出してこないですかな?」
ポチョムも快活に笑う。家路の途中だ。
「そうかな? やっぱもっと徹底的に、怖がらせた方が良かったかな?」
「はは。やり過ぎないことですよ」
「いいのよ! いいのよ! 独り占めするような奴は、あれぐらいでいい薬よ!」
ノエルは楽しくって仕方がない。家に帰るまでに、この楽しい話題を二人で話し切らないと、母にもしゃべってしまう。その自信がノエルにはあった。
「独り占めはよくないですな。がはは」
「そうよ! 独り占めよくない! 独裁反対! あはは!」
「はは。しかし、たいした鎌と鎚捌きでしたな」
「まぁね。他に武器らしい武器も手に入らないし、我が身を守るうちに自然と身についたの」
「ですが確かに、あんな使い方をしていては、傷むのも無理ないですな」
「あはは。滅多にあんな風には、使わないわよ。私だって、普通の女の子だもん」
「がはは。それはどうですかな?」
「何を! あはは! でもいいわ! 気分がいいわ! 学校でのストレスが、吹っ飛んだわ!」
「ストレスですかな?」
「そうよ! 学校に一人、嫌みなブルジョワがいるのよ!」
「おや、マリー殿の為かと思っていたら、自分の憂さ晴らしの為でしたかな?」
「あはは! いやね、ポチョムくん! ストレス発散は、ついでに決まってるじゃない!」
「がはは、そういうことにしておきますかな。そうそう、それとノエル殿。これを」
ポチョムが念じると、ノエルの目の前にガラスの小ビンが現れた。細長い円柱のガラスに、旋回式の鉄の蓋がついている。歩く二人の速度に合わせて、目の前で宙に浮いていた。
「何? ポチョムくん?」
「薬ですな」
「薬? へー」
「雪山に突っ込んだ時の擦り傷を、治しておいた方がよいですぞ。マリー殿が心配しますからな。劇薬ですので、一口だけ舐めて下され」
「グハッ!」
言われるがままに小ビンに手を伸ばし、一口だけ口をつけたノエルがむせ返る。
「……ゲホッ! グ…… カハッ! ……きつっ!」
「ははは。直接傷口に塗っても効きますが、やはりグイッといくのが一番。まあノエル殿には、まだ早かったですかな」
「ゲホッ…… 何これ? 傷が見る見る治っていくんだけど?」
ノエルの擦り傷が、瞬く間に塞がっていく。跡すら残らない。ノエルは疲れすら、吹き飛ぶように感じた。
「超タウリン。ワシの名前ゆかりの魔法の薬ですな。ワシはタウリンが超スキーでしてな」
「でも、一口でも…… きついわよ…… これ…… ケホ!」
「強過ぎる薬は劇薬。毒ですからな」
ノエルの傷が癒えたのを確認すると、ポチョムは目を細めて笑う。続いて軽く念じると、ガラスの小ビンが虚空に消えた。
「お灸も薬だもんね」
お灸をすえてやった悪徳地主の、青ざめた顔がまたもやノエルの脳裏に浮かぶ。
「あはは!」
「がはは!」
二人でたんまりと、その後も悪徳地主の青ざめた顔を笑い者にして、家に帰った。