一、フランソワ・ノエル・バブーフ13
「ただいま!」
「おかえり」
ノエルとポチョムが家に帰り着くと、マリーが腕によりをかけてご馳走を用意していた。
久しぶりの贅沢だ。何日もかかると思った畑仕事が、あっという間に終わったのだ。ポチョムへの礼も兼ねて、これぐらい贅沢しても罰は当たらないとマリーは思ったのだろう。
ボルシチに、ピロシキ、その他数種類のパン類。滅多に並ばない肉もあれば、盛りつけられた野菜はとても色とりどりだ。
「マリー殿…… これは……」
ポチョムはその料理の数々に、目を見張る。客人に最上級のおもてなしをするのが、冬の帝国人気質とはいえ、これではあまりに贅沢だ。巨躯を誇るポチョムでも、そう思ってしまう。
沢山の料理が、ポチョムの為に床に置かれている。マリーは自分達の分も、床に置き始めた。ポチョムに合わせて、床で食事をしようというのだ。
「いいんですよ。今日だけ。ね」
「そうだぞポチョムくん! ポチョムくんは立派な労働力だ! 農耕虎だ! 遠慮するな! その代わり、明日から血反吐いても、また働いてもらうからな!」
「これ! ノエル!」
「ウヘッ! そうだポチョムくん。何かお話してよ。魔法のマスコット猛獣でしょ? 色々戦ってきたんでしょ?」
「あ、いや……」
ポチョムは黙ってしまう。祖国の為に、戦う力をつけた。だが最後に本当に力を発揮したのは、その祖国に牙を剥ける為だった。自らの名がついた戦艦で、ポチョムはあまりに貧しい兵士達の為に立ち上がったのだ。
「ん、どうしたの? ポチョムくん」
「いや、ワシは……」
魔法皇帝はポチョムを貴族にしてくれた。その大恩ある人物に、自分は歯向かったのだ。
今でも後悔はしていない。あの悲惨な兵士達を見て、そしてその後ろにいるであろう、更に悲惨な家族を思えば、声を上げずにはいられない。
「ワシの戦いは……」
艦隊を監督する提督に、まずは兵士の待遇改善を求めた。話し合いだけで済ませるつもりだった。しかし所詮は獣――いや魔物と侮られ、提督は意に介さなかった。
話し合いが長引くうちに、兵士達の我慢が限界に達し、暴動が始まった。
ポチョムは暴動を煽動したとされ、その場で取り押さえられた。
次々と打ち倒されていく兵士達。ポチョムは気がつけば提督に傷を負わせ、兵士達の下に駆け寄り、反乱分子の一人――いや先導者になってしまっていた。
「いいのよ。ポチョムさん…… 言いたくないのなら……」
「どうして? ポチョムくんの活躍! 私、聞きたい!」
「ノエル!」
「ハッ、ハイッ」
ノエルは母の滅多に見せないあまりの剣幕に気圧されて、珍しく素直に従った。
ポチョムがバブーフ家にきて、数ヶ月が過ぎた。
ポチョムはすぐにでもバブーフ家を去るつもりだった。
だがノエルもマリーも、ポチョムに温かく接してくれる。居心地がいい。手が回らないのか、追っ手が迫ってくる気配もない。
いつしか当たり前のように、ポチョムはノエルの家に住むことになっていた。今は労働力をこの家族に提供できる自分が、ポチョムは誇らしくて仕方がない。
ポチョムは労働力だ、農耕虎だ、何だと言われながら、ノエルとともに畑仕事に精を出す。
「あはは! ポチョムくん凄い! これ、ポチョムくんだよね?」
そして年も押し迫ったノエルの誕生日――クリスマスイブ。ポチョムはノエルにプレゼントを用意した。
入れ子構造になった虎の人形だ。人形の中に人形が入っているマトリョーシカと呼ばれるおもちゃで、ポチョムが見よう見真似で、魔力で虎の形に作り出したものだった。
「ポチョムくん、ちっちゃ! でも本当にこの大きさなら、膝に乗せて上げられるのに!」
ノエルが興奮に鼻を膨らませて、一番小さな虎をその大きさ故に摘まむように持ち上げる。
「がはは。そのサイズでは、農作業ができませんぞ」
「あはは、そうね。穀潰しは追い出されちゃうわね。あはは!」
「追い出されますかな?」
「容赦なく追い出されるわよ! たとえポチョムくんといえども!」
「これノエル!」
「あはは!」
「がはは!」
マリーが声を荒らげるが、ノエルとポチョムは構わずお腹の底から笑い声を上げる。
「でもまだまだね! ポチョムくん!」
「何がですかな?」
「貧農の我が家では、おもちゃよりも鎌とか鎚のような、実用品の方が喜ばれるのよ!」
「そう言えば、少々痛んでおりましたな。乱暴な使い方をする誰かさんのせいで」
ポチョムがいかにも誰のせいか思い出せないと言わんばかりに、わざとらしく小首を傾げた。
「何を? あはは! 食らえ!」
ノエルはイスの上に立ち上がり、ポチョムのお腹に足先から飛び込んだ。
「グォッ! がはは、何の!」
こうしてノエルの小さな家は、大きな笑いに包まれながら新年を迎えようとしていた。
この翌年以降――時代が流血を伴って大きく動き出すとは、
「あはは!」
「がはは!」
この時ノエルもポチョムも知る由もなかった。




