二 怖いくらいにあなたが嫌い①
翌朝。六月からは制服のブレザーがいらなくなる。代わりに、シャツの上からベストをはおる。
鏡の前でいつもの儀式を済ませて階下に降りた。
義母は今朝も慌ただしく出勤していった。そして、陽太はやはり「起こしてくれなかった」と文句を言いながら降りてきた。
二人で家を出て、涼也と合流して、学校に着いて、柊悟や希湖たちに挨拶をする。
いつもの朝だった。
教師がホームルームを始めるまでは。
「えー、本日から六月となったが、うちに転校生が入ることになった。学期の途中だが、親御さんのお仕事の都合らしい。それじゃ、入っていいぞー。」
クラスが騒然となる。入ってきた男子を見て、数人の女子が色めきだつ。
ああ、ついに。
来てしまった。
出会ってしまった。
やっぱり、こうなった。
歩き姿だけでわかってしまった。
心臓の鼓動が、耳元で鳴っているようだ。
目をそらしたい。
目をそらせない。
彼が教壇の横に立ち、教師が黒板に名前を書く。
その間も、彼は堂々と立っていた。濃い茶色の髪は地毛なのだろうか、清潔感のあるヘアスタイルに整えられている。顔立ちはやや掘り深く、自信にあふれた表情をしていた。その容姿に数名の女子から好ましいささやき声が聞こえる。
「自己紹介、いいか?」
教師に促されて、彼は軽くうなずくと口を開いた。
「アメリカから来ました。マコトと言います。父の仕事の関係で、正直ここにもいつまでいられるかわかりませんが、友達は多い方がいいので、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。」
「アメリカ!?」「どのくらいで転校しちゃうの?」「背高くない?」などと、拍手にまぎれて色々な感想が飛び交う。
マコトは興味深そうに教室を見回した。
そのとたん、彼の瑠璃色の瞳とバチっと目があってしまった。
彼の目が大きく見開かれた。
ぞわわわっと、鳥肌がたった。
やはり、分かってしまったのか。
そこでやっと、わたしは彼から視線を外せた。
心臓は、まだうるさく響いている。
彼には、わたしがどう見えただろう。
「マコトの席は、あー、廊下側の一番後ろな。それじゃ、みんな、授業とか色々助けてやれよー。」
教師が出て行くと、あっという間に彼はクラスメイトに囲まれた。
その隙に、わたしはそっとトイレに逃げ出した。
鏡を見れば、もともと色白な顔が、透けるくらい青ざめていた。
前世の記憶が呼び起されそうで、わたしは慌ててふたをする。
わたしは”白雪姫””白雪姫””白雪姫””白雪姫””白雪姫”・・・
家と同じように、瞳をのぞきこみながら言い聞かせれば、幾分落ち着いてきた。
一限の開始ぎりぎりまで、わたしはトイレにいた。
教室に戻ると、涼也や柊悟が心配そうに見てきたが、少しほほ笑んで「大丈夫」とうなずけるくらいには回復した。二人とも彼が”王子”だと勘づいたらしい。
授業をぼんやりと聞きながら、わたしは考えをめぐらした。
初見では動揺しすぎて、思わず逃げ出してしまったが、本来の目的を考えるとこれではいけない。
まずは、彼がどの程度前世のことを覚えているのか、確認しなければならない。
それから、涼也と柊悟の反応も気になる。
涼也とは出会ったころに、前世の話をよくすることがあったから、多分”王子”に対して今でもよく思っていないだろうと考えられる。
柊悟はお互いを”白雪姫”と”先生”として認識しているというだけで、あとはあくまでも優姫と柊悟として生活しているので、”王子”に対してどう思っているかは本当のところわからない。
ただ、”白雪姫”は本当に小人たちに慕われていたので、当時の”王子”のしたことを考えると、やはりよくは思っていないだろうと推測する。
わたしは静かに息を吐きだした。
難しいのは、できるだけこちらからは積極的に関わりたくないということだ。
今の”白雪姫”のスタンスとしては「王子様なんて大嫌い」だ。そうなると、嫌いな人間にわざわざこちらから近づく理由はない。そして、単なるクラスメイトという関係でいられれば、それが一番平和的である。
しかし、もしも向こうから近づいてきてしまったら、初対面でいきなり「貴方のことは嫌いです。」というのは、失礼すぎる。もしも万が一彼に記憶がなかったら訳が分からないだろう。一方で、記憶がある上で、わたしのことを”白雪姫”として認識して話しかけてきたら、きっぱりと拒絶しなければならない。
わたしは大きく深呼吸した。
とりあえず、彼の出方を見るしかない。
どう転んだって、わたしの気持ちは決まっているのだから。
そうして、午前中は彼のことを極力避け、なおかつ意識しないように過ごした。
希湖も察しがよく、転校生の方にはいかなかったのもありがたかった。




