calmando (Ven・Rito③)
次回からヴェンルートと理十ルートに分岐します!!!!
「サクリ殿下から極秘の魔導書を貸してもらった!?」
「ヴェンさん! 声大きいです!」
「! 悪い。つい」
翌日、屋内訓練場に行くなり魔導書のことを報告すれば、ヴェンさんは大層驚いた。
「アンタ、昨日は俺と別れたあとリト様と食事とって寮戻ったんじゃなかったのか? いつのまにそんな」
「えっと……寮の部屋でサクリ殿下に透視魔法使おうとしたら秒でバレて……蝶で呼び出されて寮の外に出たらいました」
「俺なにから突っ込めばいい? 団長しか使えないと思ってた透視魔法をアンタが使えたこと? 透視魔法の気配に団長が気づいたこと?……いや」
ヴェンさんは小さく息を吐くと、ブラウンの瞳でじっとわたしを見た。
「夜に訪ねてくる男に簡単に会いに行くな」
『いやそれブーメランだよね?』
『この男、自分のこと棚に上げてますね』
わたしの左右でイスナとセツラが突っ込む。
「それで、今日の午後、またあの空き部屋に集合したくて」
「……アンタさぁ」
ブラウンの瞳にわたしを映しながら、ヴェンさんは真剣な口調で言った。
「聖女様とリト様を、元の世界に帰したいん?」
わたしは、静かに頷いた。
いつもの空き部屋に4人集合して、わたしは装丁の豪華な1冊の魔導書を机に置いた。歴代の宮廷魔導士団長に代々受け継がれてきた魔導書らしいけれど、表紙が剥がれているわけでも紙が黄ばんでいるわけでもなく。防腐の魔法でもかけられているのかもしれない。
「サクリさん、お城に帰って来てたんだね。わたしもう何ヶ月も会ってないなぁ」
「団長、基本的に宮廷にいませんからね。任務にでも同行しない限り、俺もなかなか会えませんよ」
「あんた本当にサクリに会ったんだな。しかも宮廷魔導士魔導士団長しか見られないはずの極秘の魔導書を……こんなところで広げていいのかよ」
「『やれるものならやってみろ』って言ったのはサクリ殿下のほうだし……せっかくの重要な手掛かりなんだから、目一杯活用させてもらおう」
口々に呟く3人の言葉を聞きながら、わたしはそっと分厚い表紙を開いた。
「わ…………」
そこには、びっしり文字が書かれていた…………けれど。
「なにこれ読めない!」
優理が大きな声を出す。
「いや読めはするだろ! 使われている文字は今と同じ……。でも……」
書かれている文字の羅列を見て、理十は眉間に皺を寄せた。
「……随分と古い文法で書かれていますね。何千年も前から受け継がれてきた魔導書なら、それも当然か……。さすがにこれは俺も解読できないな……」
そう。魔導書に書かれていた文は、元の世界でいうところの『古文』だった。
『まぁそうだよね。これだけ古い文法で書かれてたら、よほどの教養がないと読めないよね。僕は読めるけど』
『それは、あなたはそれでもこの国の第一王子ですからね。私も読めますけど』
『そりゃあ魔王倒した伝説の魔導士なんだから古い魔導書くらい読めて当然でしょ』
わたしの後ろでイスナとセツラがなにやらぶつぶつ言っている。
でも…………わたしだって、『古典』は苦手じゃない。
「わたし、読めるかも」
「「マジで?」」
わたしの両隣りで、ヴェンさんと理十がハモった。
『……幼い頃から、あなたはリタルダンドの書庫にこもって、伝記や魔導書を読みあさってましたからね。様々な時代に書かれたものを』
『え、すごいねエアリちゃん。これ、かなり古い文法だと思うけど……魔法だけじゃなく、文章を読む才能もあるんだね』
「独学だから、正確には読み取れないかもしれないけれど……」
転生前だって、『国語』は得意だったのだ。それこそ、現代文も、古典も。
「前半は、グラツィオーソ王国の歴史とか、魔法が使える仕組み……魔力元素のこととかが書いてあるみたい。大昔に書かれたものだから、今では間違っていると証明された理論もあるけれど……」
文字を追いながら、見落としがないように慎重に頁をめくっていく。魔導士なら誰もが知っているような王道の魔法の呪文から、頁をめくるごとに扱いの難しい高度な呪文の記載になっていく。複雑な呪文になるほど、魔法陣の記載も増えていった。
「このへん……かな」
聖女について書かれていたのは、魔導書の最後。十数ページにかけてだった。
「……なんて書いてあるの?」
どこか緊張したような優理の声。わたしは文字の羅列に人差し指をあてると、横にスライドさせながら、書かれている内容を読み上げた。
「千年に一度の大厄災に備え、千年に一度、最も優れた才能を持つ魔導士が、異世界から聖女を召喚すること。強大な光属性の魔力をもつ聖なる少女が、大厄災を浄化し、この国を救うだろう」
「……いや、一人の異世界人の少女にこの世界の命運託すなよ。こっちの世界のことはこっちの世界の人間でなんとかしろって」
苛立ったように吐き捨てた理十の表情は険しかった。
頁をめくれば、次の頁には聖女を召喚する魔導士の条件が書かれていた。
「高い魔力をもつ者であること。六属性の魔法、すべてに秀でていること。魔力を測定するための魔法陣と呪文は以下の通り。六つの魔法陣すべてを発動させることが、聖女を召喚する魔導士として最低限の条件である」
「うわ、複雑な魔法陣だな。古典的っていうか……今の技術ならもっと効率いい展開が組めそうだけど」
魔導書に描かれている魔法陣を見て、ヴェンさんがわずかに目を見開く。
「見るからに古い魔法、って感じの組み方ですよね。魔法陣もそうだし、呪文もすごく長い……」
言いながら、わたしはまた頁をめくる。
「これ……」
魔力測定の魔法よりも、さらに長い呪文。大きく、複雑な魔法陣––––……
「聖女召喚の魔法」
呟けば、理十の隣にいる優理が息を呑むのがわかった。
「呪文も魔法陣も、大きく分けて二つ。こちらの世界と向こうの世界を繋ぐ魔法と、聖女をこちらの世界に引き寄せる魔法。媒介は……聖遺物?」
聖女召喚には『聖遺物』が必要らしい。まぁ、王道というかなんというか。わたしと同じことを思ったらしい理十が「ゲームかよ」と呟いた。
「聖遺物?……ってなに??」
そういうゲームを知らないらしい優理が首を傾げる。
「先代聖女の遺物。異世界から持ち込まれたもので、こちらの世界に来てからも聖女が常に身につけていたものが好ましい、って」
異世界から持ち込まれたもので、駆け落ちしてからも肌身離さず持っていたと考えられる先代聖女の遺物。それなら、わたしたちは既に手にしている。
「あー……スマホとか?」
理十も同じことを思ったらしい。
「スマホが見つかったのは最近ですから。……団長はおそらく、べつの聖遺物を使って聖女様とリト様を召喚されたんでしょうね」
たしかに、聖女召喚に『先代聖女の遺品』が必須なら、この魔導書を受け継ぐ歴代の宮廷魔導士団長が先代聖女の遺品を腐らないように大事に保管していたとしてもおかしくない。
先代の聖女は平民の従者と駆け落ちして宮廷から逃げ出しているので、残された遺品はそう多くなかったかもしれないけれど……あのサクリなら、『常に身につけていた』物でなくても召喚できてしまうのかもしれない。
「でも、『聖遺物』としての条件はあのスマホだって満たしてるだろ?」
魔導書の文を少しでも読もうとしているのか、先ほどから魔導書の文字の羅列を睨みつけている理十が呟いた。
「そうだね。『聖遺物』としての条件は、これ以上なく果たしていると思う。でも、わたしが思うに、この『聖遺物』の役割は……」
「異世界から、聖女を『引き寄せる』ための媒介」
ヴェンさんの言葉に、わたしは頷く。少し考える素振りを見せたあも、理十はまた口を開く。
「……つまり、この魔法をそのまま応用するには、向こうの世界に『こちらの世界の物』がないといけない」
あいかわらず、理十は頭の回転が速い。
「そうだね。おそらく、向こうの世界の人間が『こちらの世界の物』を媒介にしてこの魔法を使うのが、いちばん手っ取り早いんだろうけど」
「でもそんなのどう考えたって無理だろ? おれたちの世界に魔導士はいないし、こちらの世界の物だって存在しない。それに、こちらの世界から向こうの世界に召喚される人間の条件だってわからないし……」
「理十」
白熱するわたしたち3人の会話に、優理が口を挟んだ。
「さっきから、なんの話をしているの?……えっと、わたし以外の、新しい聖女を召喚するの?」
優理は戸惑った表情を浮かべて、濃い桃色の瞳を理十に向けていた。
「…………んなわけねぇだろ」
理十は少しだけ困ったように視線を彷徨わせて……やがて、決意をかためたように、優理の瞳を見据えた。
「帰るんだよ、おれたちは。……元の世界に」
「…………え?」
「先代の聖女みたいに、こんなわけのわからない世界で幸せを見つける必要なんてない。おれたちの幸せは、元の世界にあるはずだろ?」
「…………」
優理は大きな目をさらに大きく見開いて、ただ理十の顔を見ていた。
しばらくして、思い出したように口を開く。
「でも……わたしは、大厄災のために召喚されたこの国の聖女で。この国を救わないと……」
「そんなの優理がやることじゃねぇだろ!」
「でも……」
優理の濃い桃色の瞳が、助けを求めるようにこちらを見た。
「優理は、帰りたいんじゃないの?」
震える桃色の瞳を見て、それでもわたしはそう尋ねた。…………わたしも、理十と同じ。優理には、元の世界に帰ってほしかった。
「でも…………でも……」
優理は正義感が強い子だから。『帰りたい』という気持ちと、『この国の聖女である』という責任感の間で揺れていることは、戸惑う様子を見れば一目瞭然だった。
「この国のために、わたしは召喚されたのに……わたし、帰っていいのかな。ねぇ、ヴェン」
「俺は……『宮廷魔導士』なんで、『聖女様』に対して個人的なことはなにも言えないですけど……」
ヴェンさんは困ったように笑って、言葉を続けた。
「それでも、『ユーリ様』には幸せになってほしいって、俺は思いますよ」
「ヴェン……」
優理は静かに瞳を伏せる。
「…………いつか帰りたいって思ってた。いつか帰れるって信じてた。でも、」
その声は、震えていた。
「本当に、帰っていいのかな。先代の聖女様は、帰れなかったのに」
「いいに決まってんだろ」
小さな声で、けれどはっきりと、理十は呟いた。
夜になり、優理がレイルとのディナーに出かけて行っても、わたしたち3人は魔導書との睨めっこを続けていた。
「この、『こちらの世界と向こうの世界を繋ぐ魔法』だけど……」
「さっきエアリが読んでくれた、こちらの世界に穴を開けて、向こうの世界の穴と繋ぐ、ってやつだな」
ヴェンさんが魔導書の該当箇所を指差す。
「あー、それ、おれも気になってた。『こちらの世界に穴を開け、向こうの世界の穴と繋ぐ』…………おれたちの元の世界には元々穴があいてるってこと? こっちの世界の穴は毎回あけなおさないといけないのに?」
理十が指摘したことは、わたしも気になっていた。向こうの世界に魔導士はいないはずだから、向こうの世界の穴は前回の聖女召喚から千年間、ずっと開きっぱなしになっているということだろうか。
「こちらの世界に穴を開けて、向こうの世界の穴と繋いで、それから、聖遺物によって聖女を引き寄せる……団長は、つい数ヶ月前にこの魔法を成功させたってことだよな……」
さすがサクリ団長、底知れないな、と、ヴェンさんはサクリの魔導士としての能力の高さに恐れ慄いているようだ。でも今回は、聖女召喚よりももっと難しいだろう『聖女を帰す魔法』を、わたしたちだけで成功させないといけない。
「とにかく、この『魔力を測定する魔法』っていうの、どこかで試してみたいな……。わたしに、それだけの魔力があればいいのだけれど……『六属性の魔法、すべてに秀でていること』か……」
本来闇属性を得意魔法とするわたしは、元々光属性の魔法が苦手だし、わたしは今、闇属性の魔力を隠蔽しているから、闇属性の魔法も上手く使えない。
『光属性の魔力に関しては……私の力があります。私の光属性の魔力は、あなたの闇属性の魔力を私の生前の体質、もしくは魂の性質にあわせて光属性に変換したものですが、今は光属性の魔力であり、私の魔力はあなたの魔力ですから』
ずっと黙っていたセツラが口を開いた。……わかってる。セツラは、わたしが元の世界に関わることをよく思っていない。けれど、わたしの意志を否定するようなこともしない。だから、わたしが優理を帰す方法を探るため理十やヴェンさんと会話をしているときは、口数が少ないのだと思う。
『となると、問題は闇属性、ってこと?…………エアリちゃんの隠蔽してる魔力を、一時的に解放することは、やっぱり難しいのかな』
セツラに遠慮してか、同じように黙っていたイスナがそう言えば、セツラは小さくため息を吐いた。
『リスクは大きいですが…………そもそも、数ヶ月前は闇属性の魔力を隠蔽することもなく、普通に子爵令嬢として過ごしていましたし……この場所、「宮廷」でなければ。魔導士のいない地方であれば…………それでも、サクリ殿下に目をつけられている以上、透視の可能性はありますが』
セツラの言葉を聞いて、わたしは、ヴェンさんと理十のほうを見た。
「試すとしても、宮廷で大きな魔法を使えば、他の宮廷魔導士に気づかれるかもしれないから…….どこか遠い場所で」
「俺の故郷は?って言いたいところだけど……聖女を元の世界に帰したがってるなんてバレたら、さすがに村長や家族にとめられるかもしれないからな……」
ただでさえヴェンさんの家族は『婚約者の王子から逃げ従者と駆け落ちした先代聖女の末裔』という罪を隠して生きている。ヴェンさんの村で、宮廷に目をつけられるようなことはしたくなかった。
「それなら、わたしの実家…………アラルガンドじゃなくて、リタルダンドの実家はどうですか? 王都からそこそこ距離あるし、わたし、屋敷の裏の森でよく魔法の練習してました」
「あぁ……魔獣倒しまくってたっていうあの森か」
「はぁ? あんた普段からなにしてるんだよ」
理十に突っ込まれてしまった。たしかに、男性の魔導士しか存在しないこの国で、普段から森で魔獣倒しまくってる子爵令嬢は謎すぎる。理十はわたしが『子爵令嬢』であることまでは知らないだろうけれど。
『リタルダンドの屋敷で大掛かりな魔法……「魔王」のことが気掛かりですね。まぁ、ツヅミ・アラルガンドを遠ざけておけば…………』
『前回は、一人でリタルダンドの屋敷に行くのは不自然だから、って理由でツヅミも連れて行ったんだよね? 今回はもっと不自然なメンバーにならない?』
『行くとしたら、リリー、あなた一人ですね。サクリ殿下の透視魔法は、やはり心配ですが』
『サクリねー。まぁいつ透視されてるかわからない以上、そこはもう気にしないでいくしかないよね。……昨晩のあの態度からして、面白がってずっと見てるかもしれないけれど。今このときも』
ヴェンさんや理十に不審がられないように後ろを振り向くことはせず、わたしは後ろで話すセツラとイスナの会話を聞いていた。サクリのことは、今は置いておくしかない。彼は『やれるものならやってみたらいい』と言ったのだ。わたしの秘密についてなにかを知ってしまったとしても、邪魔してくることはないと信じたい。
「さすがにこのメンバーでリタルダンドの屋敷…………『女』であるわたしの本当の実家に行くのは不自然ですから、わたし一人で実家に帰って、この魔法、試してみます」
「アンタ一人で?…………大丈夫なのか?」
ヴェンさんのブラウンの瞳と目が合う。心配そうにわたしを見つめるその瞳に、なんだか少し申し訳なくなった。
「…………俺も、ここまで関わっちまった以上、協力するよ。魔力測定の魔法、俺もどっか安全な場所で試してみる」
「あんたとヴェンだと、どっちが魔力高いの?」
理十の純粋な疑問に、わたしの心臓が跳ねた。
「俺のほうが少し上……だと思ってたんですけどね。実際はどうなんかな」
ヴェンさんは苦笑いを浮かべた。魔力を隠蔽している今の状態では、わたしはサクリや優理、ヴェンよりも若干魔力量は劣ると、セツラは言っていたけれど……。
わたしが魔力を誤魔化していること、勘の鋭いヴェンさんは、薄々察しているのかもしれない。
「おれ魔力そんなに高くないし、頼るしかないな」
「でも理十は、さっきから一生懸命優理のためにいろいろ考えてるじゃん。14歳とは思えないくらい頭の回転速いし。わたし、ずっとすごいなって思ってて」
「はぁ? このくらい当然だろ。おれは優理と違って鈍くないだけ」
そう言う理十の顔はどこか赤かった。
「んじゃついでに、もう一個考えてたこと言うけど…………聖女召喚には『聖遺物』が必要だっていう話だっただろ?」
顔を赤くしながらも真剣な表情で話し始めた理十に、わたしは耳を傾ける。
「それをただ応用して……たとえば、おれたちの世界には『魔導士』なんていないっていう前提を置いておいて、向こうの世界からこちらの世界の物を『聖遺物』として『聖女召喚』の魔法を使ったとしても、召喚されるのは異世界人……こちらの世界の人間だと思うんだよ」
「たしかに。それはその通りですね」
感心したようにヴェンさんは頷いている。
「だから……向こうの世界に、こちらの世界から『元々向こうの世界だった人間』を引き寄せるには、『元々向こうの世界の物だったけれどこちらの世界に持ってきてしまった物』が必要なんじゃないかって」
「なるほど! 理十ってほんと頭いいね」
わたしが褒めれば、理十はさらに顔を赤くして、話を続けた。
「それにはたしかに『先代聖女のスマホ』が当てはまるんだろうけど、向こうの世界に魔導士はいないし、向こうの世界にスマホだけをあらかじめ送り返すことはできない。でも、こちらの世界に穴を開けて、向こうの世界と繋がるのなら……」
「!!電波、ってこと!?」
わたしは思わず大きな声で尋ねた。
「そ。こちらの世界と向こうの世界が繋がったときに、電波も繋がれば…………こちらの世界のスマホの電波を、向こうの世界のスマホに送ることができれば……」
「『元々向こうの世界の物だったけれどこちらの世界に持ってきてしまった物』……スマホ本体じゃなくて、スマホの『電波』を利用するってことね!…………たしかに。あちらの世界に『魔法』がないのなら、こちらの世界になくてあちらの世界にはあるもの……『科学』で代用するしかないのかも」
「向こうの世界から『電波を受信する力』が、こちらの世界にいる『元々向こうの世界だった人間』を引き寄せる力にならないかなって」
顔を赤ながらどこか自信無さげに言った理十に、わたしは強く頷いて肯定した。
「充分可能性はあると思う。少なくとも、試してみる価値はある!」
「…………エアリ」
すっかり興奮してしまったわたしに、ヴェンさんが声をかけた。その声は少しかたくて、わたしはハッとしてヴェンさんを見る。
「アンタ、やっぱり……」
ヴェンさんの前で、異世界についての知識を語りすぎていたことにようやく気づいた。––––––もう、潮時なのかもしれない。『優理と理十が元の世界に帰れる方法が無事に見つかったら、そのときに話す』と、理十とも約束していたはずだ。
「ヴェンさん…………わたしのもう一つの秘密、聞いてください。理十も…………ずっと言えなかったわたしの秘密、聞いてくれる?」
後ろで、はっとセツラが息を呑むのがわかった。
「わたし、異世界転生者なんです」
「異世界……転生者?」
ヴェンさんが復唱した。理十は桃色の瞳を大きく見開いている。
「はい。理十たちの世界……わたしの元いた世界の言葉で、『元の世界で死んで、別の世界で別の人間として生まれ変わった』人のことです。わたしの元いた世界では、そういう物語が流行していて……」
「死んだ……って、」
信じられない、と言った表情で理十がわたしを見つめている。わたしは微笑んだ。
「そう。だからね、同じように『元々は別の世界の人間』だったとしても、わたしは、理十や優理とは違うの。理十や優理は、生きたまま……元いた世界の容姿のまま、こちらの世界に来たけれど。わたしは一度死んで生まれ変わっているから。『エアリ・リーン・リタルダンド』っていう、新たな人間…………この世界の住人なの」
そこでわたしは、ふと、理十と以前交わした会話の内容を思い出した。
「理十、言ってたでしょ?『部活の時間めっちゃ削られた時期があった』って」
「……県内の公立中学校で、休日の部活動中に不審者が侵入して、吹奏楽部の顧問が刺されて、犯人もしばらく逃亡してて……安全のために、県内の部活動全部中止になって、教員の見回り付きの一斉下校が続いて…………まさか」
驚愕に、理十の瞳が限界まで見開かれる。
「あのとき刺されて死んだの、わたしなんだ」
ヴェンさんも理十も、なにも言えず、ただただわたしの顔を見ていた。
すっかり重くなってしまった空気に申し訳なさを感じつつ、わたしたちは解散したのだった。
寮の自分の部屋に帰ってくると、わたしはベッドにダイブし、枕に顔を埋めた。
今日はなんだかもう、夕食を食べる気にもならない。いつもは理十と食堂で夕食を食べていたけれど、気まずすぎてさっさと解散してしまった。
「ちょっと重かったかなわたしの前世……話すべきじゃ、なかったのかも」
『リリー』
ベッドの端に座るセツラのペリドットの瞳が、わたしを見下ろしている。
『だからわたしは、聖女と関わってほしくなかったんです。前世のことを考えれば、あなたはつらい思いをする……』
「わたしは大丈夫だよ、セツラ。今のわたしはもう、セツラの子孫の、エアリ・リーン・リタルダンドだから」
セツラを安心させたくてそう言ったのに、セツラは切なそうに顔を顰めてしまった。
『エアリちゃん』
少し遠くから声が聞こえた。おそらくいつもの椅子に座っているのだろう、イスナの声。
『ごめん……君の気持ちも考えず「今世の聖女も元の世界に帰してあげたい」なんて、簡単に言って』
「そんな! 優理を元の世界に帰したいのはわたしも同じ気持ちだし!」
少し苦しそうにも聞こえるイスナの声に、逆に申し訳なくなってしまう。
『でも、エアリちゃんは』
『リリー』
イスナの言葉を遮るように、セツラがわたしの名前を呼ぶ。
『今でも帰りたいですか?…………元の世界に』
「でもわたし、もう死んでるから……」
『こたえてリリー。あなたの正直な気持ちが聞きたい』
わたしを見下ろすペリドットの瞳。どこまでも澄んだその瞳は、真っ直ぐわたしを射抜いていて、吸い込まれそうだった。
「わたしは…………」
わたしの、本当の気持ち。
わたしは、静かに言葉を紡いだ。
→「帰りたい」
→「帰りたくない」




