(十)僕らの焦燥とカウントミスの謎
人混みに押されて考えてばかりじゃフィールドワークは進まない。
「とにかく僕らも偉大な魔法使いを探そう。それが一刻もはやく皆を解放できる、唯一の方法だ」
ほかのグループは白く寂しい通りに散らばっていった。今頃は最初の質問をしているかも知れない。
僕たちも通りを歩き回って〈偉大な魔法使い〉探しをすることにした。
だが、その前に。
僕らのグループで重要な役割を決めるのを、忘れていた。
「誰が一番手で〈問いかけ〉をするか?」
これは非常に重要な問題である。
見知らぬ人に声を掛ける勇気も要るし、間違えたら失礼を詫びなくてはならない。
〈問いかけ〉る回数を間違えると、ただちにその場で強制回収されてしまう。
でも、グループ行動しているから、全員が数え間違うことはないと思うのだが……。
僕はじゃんけんで決めようと提案したが、三人に即却下された。
「なんでだよ?」
「こっちが訊きたいよ。サー・トール、おまえはぜったい最後だかな!」
カイルが念を押せば、アイルズも真剣にうなずいた。いや、どうしてだよ?
「きみが最後の切り札になるかも知れないんだぞ。最後まで残るべきだろう」
僕が切り札?
「どういう意味だよ、それ?」
「リリィーナ教官に言われたんだろ。『この〈白く寂しい通り〉で、かの魔法使いを発見できる可能性がもっとも高いうちの生徒は、サー・トール、ほかならぬきみである』って」
カイルは僕が伝えたリリィーナ教官の言葉を一言一句そのままに繰り返した。
「リリィーナ教官が嘘を言っていないなら、きっとなにか、サー・トールだけにわかることがあるんだよ。おまえはそれがわかるまで、絶対に強制回収されるなよ。だから俺たちより先に〈問いかけ〉るなって言ってるんだ」
僕だけにわかること?
そんなものがあれば、とっくに〈偉大な魔法使い〉を見つけていると思うんだが……。
「サー・トール、このグループの一番手は僕だよ」
スミスくんがフンッ! と、鼻息荒く進みでた。
「え? いや、でも、スミスくんこそ、最後まで残って見届けないとだめじゃないか?」
言い出しっぺなんだし。とまでは口に出さなかったけど。
「逆だよ。これは僕が〈偉大な魔法使い〉に会いたいから始めたことだ。その僕がみんなの後ろで指をくわえて待ってるわけにはいかないだろ?」
それも一理あるとは思うが……――もし〈偉大な魔法使い〉が今日中には見つからなかったら?
明日も見つけられなかったら?
僕たちはどうすればいいんだろう。
そして……それからどうなるんだろう?
課題テストに失敗したら、ローズマリーは最後の一日しかフェスティバル見物ができず、そもそもスミスくんが望んだ〈偉大な魔法使い〉の歴史講座も開催してもらえないのだろうか……?
いまさらだが、このテストが不合格だった場合にどうなるのかを確認していなかったと気づく。
不安だ。
リリィーナ教官に聞きに行こうかな……。
でも、最後のヒントをもらったあとだし、行きづらいなあ…………。
僕らは連れだって白く寂しい通りの混雑の中へ入っていった。
ふだんはしずかな商店街が、今はまっすぐ歩くのも困難なほどに大勢の人が行き交っている。
商店街にある店の前は、どこもかしこも人でいっぱいだ。飲食店の長い行列はだいぶ短くなり、さっきと比べれば店に入って食べる人だけの行列になったようだ。
スミスくんは、白く寂しい通り商店街の真ん中あたりの露店が並んだ場所で、一人の紳士に目を留めた。
「あの人、それっぽくないか?」
ガラス小物の露店で小間物を見ている、山高帽をかぶった初老の男性である。
ヒゲは無い。穏やかな顔つきはとても知的な感じがする賢者っぽい。もしかしたら本物の偉大な魔法使いかも、と僕らの胸も期待に高鳴った。
「じゃあ訊いてくる!」
スミスくんは軽く咳払いしてから、初老の紳士へ声を掛けた。
「失礼します。とつぜんの無礼をお許しください。僕は魔法学院の生徒で、〈偉大な魔法使い〉を探しています。あなたは偉大な魔法使いのピリオさんですか?」
紳士はおや?と軽く目を見張ったが、すぐに微笑み返した。
「まさか! 違いますよ。私はふつうの魔法使いです」
「失礼しました。どうかお許しください」
「いや、かまわないよ」
紳士はそのまま露店で買い物をつづけた。
僕はものすごくドキドキした。
この人が本物だったら!? という期待と、やっぱり違うかも知れないというあきらめの気持ちが入り混じって、とんでもなく複雑な、落ち着かない気分だった。
そのときだった。
何気ない風に僕らに近づいてきた紳士が、目深に被っていた帽子を取ると……。
「やあ、カイル。皆もいっしょか!」
「あ、フィッツ叔父さん!」
カイルがおはようございますと、改まった挨拶をするのを、僕らはびっくりしながら見守っていた。
「カイルの叔父さん?」
「そうだよ。前に話してたろ? 紹介するよ。この人がフィッツジェラルド叔父さん。俺はフィッツ叔父さんって呼んでる」
よくカイルの話に出てくる親戚の、多次元管理局の編集局勤めの叔父さんだ。僕らが夏休みにキャンプをした際には、焼き肉用の大きな塊肉を寄付してくださった親切なスポンサーでもある。
「よろしく、多次元管理局編集局のアーネスト・フィッツジェラルドだ。いつもカイルから話は聞いているよ」
話は何度もカイルから聞いているが、会うのはこれが初めてだ。
カイルが『叔父さん』と言っていたから、てっきり三十後半か四十歳くらいだと思っていたけど、まだ二十代後半。背が高くて背広が似合う、なかなかダンディーな若い青年紳士である。
「で、きみたちが買い食いもせず、ここでたむろっている理由は、まだ〈偉大な魔法使い〉の捜索中ってことだな」
「そうなんだ、フィッツ叔父さん、ここで会えたのも天の助け! なにかヒントをください! お願いします!」
だが、フィッツ叔父さんは真顔で首を横に振った。
「残念だが、無理だ。いまはリリィーナの契約魔法の影響下にあるからね」
出た、リリィーナ教官の名前が!?
「えーッ? どういうことだよ、それ? 叔父さんは学院の講師はやってないだろ?」
僕らの学校である魔法大学付属学院の講師は、大半が多次元管理局から派遣されている。現役で局員の仕事をしているか予備役として協力しているかの違いはあるが、だいたいは兼業で講師をしている人が多いようだ。
「魔法大学付属学院のオーナーは多次元管理局だからね。〈偉大な魔法使い〉は局でも重鎮なんだ。きみたちのために、局のあらゆる関係者がこの特別課題テストに協力しているんだぞ。現にほら。この通りにいる見物客をよく見てみろ」
カイルにつられるように、僕らは大勢の人が行き交う白く寂しい通りへ目を向けた。
往来する人々は多い。開始直後に比べてちょっとは少なくなったと思ったのは、気のせいだったのかな?
「お祭りの見物客が多いんだろ?」
「局員だよ。現役も予備役の連中も、今日は見物に出てるぞ。なんで俺が、ふだんは仕事している時間にここにいると思う? きみたちの課題テストのために、学院の院長直々に通達がきたんだよ」
僕らは一瞬、息を呑んだ。
「なッ!? じゃあ、これみんな、課題テストのためのエキストラかよ!?」
カイルの驚きは僕らの驚きだった。
単純にお祭り見物に来た、近くの街の人々じゃなかったんだ。
「じゃ、じゃあ、せめて、ふつうの人を見分ける方法とか……?」
「おっと、あんまり喋ったらペナルティだ。そういうわけだから、俺はこれでもどるよ」
カイルの叔父さんは粋な手つきで帽子を掲げ、「健闘を祈る」と、人混みの中へまぎれていった。
僕らはしばし呆然とした。
「この全員が多次元管理局の……」
見方を変えれば、僕らのために来てくれているわけだが、どうしてそこそこ年配の賢者っぽいというか、知的な紳士風の人が多いのかと思ったら……。
もしかして、引っ掛け問題の罠か?
とつぜんエリカが、「あ、あの人見たことがあるわ!」道の向こうを指さした。
「ほら、覚えてないかしら。わたしたちのお茶会に来てた人よ。あ、あっちの人も見覚えがある!」
すると家政学部の女子たちがつぎつぎに、
「そういえばさっきの人は見たことがあるわ」
「ポール教授と喋っていた人よね。あれはカイルの叔父さんだったのね」
どうやら数ヶ月前、ローズマリーとエリカが主催した〈生徒による生徒のための生徒のお茶会〉で、大量のご馳走を片付けるのにリリィーナ教官が呼んできた知り合い局員の中に、カイルの叔父さんもいたようだ。カイルが気づかないうちに来て、帰ったらしい。
「あ、わたし、あそこにいる人を覚えてるわ」
「あのときのかっこいいおじさまがいる!」
などと、はしゃぐ女子。
僕らにはまったく見分けがつかないが、彼女らにはかっちりした背広ネクタイの団体の個性を見分けられるものらしい。
もちろん彼女らとて局員の名は知らず、直接喋ったことすらない。だが、格好いい紳士を覚える記憶力は確かなようだ。
僕ら男子も、あのときのお茶会にはほぼ全員が参加したが、残念ながら、予定外に訪れた不特定多数の客の顔まで覚えている男子はいなかった。
かろうじて僕が喫茶〈エクメーネ〉で会ったことのある局員の顔だけなら、見分けられるかもしれない程度である。
「もしかしたら、家政学科の女子が見覚えある人は、間違えて声を掛けずにすむかも」
エリカの提案で、家政学科の女子で固まっていたグループにはいったん解散してもらい、男子数人ずつのグループへ、もれなく家政学科の女子一人が参加しているように組み直してもらった。
組めたグループから〈問いかけ〉に出かけてもらう。
僕らのグループは、けっきょくエリカに戻ってもらった。
「さすがだね、エリカ。これで対象者が少しは絞れるね」
アイルズがエリカを褒めたとたん、僕らの背後で光の柱が立った。
「え?」
ふり向いても、人の壁で見えない。
と、つづけざまに、南の方角にも光の柱が輝いた。
アイルズは左を向いていて、カイルは右を見ていた。
「強制回収されたんだ!」
「おい、まただ。光ってるぞ!」
それだけではない。
白く寂しい通り商店街の中の方でも、街道の両サイドでも、次々と!
異常事態だ。まだ三〇分経っていないのに、すでに間違えて九回の問いかけをしてしまった者がこんなにいるなんて?
僕らが慌てて学院の正門前にもどると、やはり異常事態を感じたほかの、まだ問いかけをしていない皆が再集合した。
原因はわからなかった。
僕らは、再びお互い〈問いかけ〉のカウントに気を付けるように、お互い注意しあった。
しかし、それから時間をおかず、またもやそこかしこで光の柱が立て続けに輝いた。
ざっと数えて10本以上、すなわちいっきに10人以上が!?
「わーッ!!! だめだ、だめだ! ストップ! タイム! みんな、いったん休憩しよう!」
僕らは手分けして、急いで皆を学院の正門前へ呼び戻した。
集合できた人数は、スタート時に比べれば半分くらいに減っていた。
作戦会議のやり直しだ。
「回数に間違いなければ、何が原因なんだろう。すぐそばで見ていて、なにか変わったことがあったかい?」
僕らが聞き取り調査をしていると、白く寂しい通りの端まで遠出していた女生徒二人が、バタバタともどってきた。
「わたしたち、ちゃんと数えていたのよ!」
「絶対に五人しか問いかけしてなかったのに、どうして……?」
彼女らはよほどショックだったのか、涙を浮かべている。
アイルズが聞き出した話を復唱し、カイルがメモした。
「〈問いかけ〉する本人はもちろん回数を数えていたし、グループのほかのメンバーも数を数えていたんだね」
アイルズに訊かれた彼女たちは何度もうなずいた。
カイルが鉛筆の尻で頭を掻いた。
「このグループはまちがいなく一人がメモを取って数えていたから、回数のミスじゃないぞ。――でも、別の原因ってなんだ?」
謎が深まった。
「単なるカウントミスでないなら、強制回収された生徒は何をして強制回収されたんだろう?」という謎が。




