(八)フェスティバル開催まであと二時間
『偉大な魔法使いの食事とは』前書きより一部抜粋
古代において、また中世においても、我々がもっとも苦労したのは、戦場での糧食の確保だった。
なんでもかんでも魔法で出せば良いわけではない。麦の粉を水で練って焼いたパン、火であぶり塩を振っただけの硬い肉など、百年は見たくないと思ったものだ。
そんな苦労をしたせいか、のちに旅でどこへいっても、その土地の食べ物に興味をもつようになった。
魔法が使える魔法使いはいなくなればそれっきりだ。生き残った者が土地を耕し、穀物を育てなければ、いずれ人は餓える。
何百年となく旅をつづけ、剣の腕を磨いても、それが何の役に立つだろう。畑を荒らす野生動物を退治するくらいだ。それとて捨てたものではないが、灰神がいなくなった境海世界で危険な魔物はほとんどが灰神の魔法と共に駆逐された。
かといって、伝説のような魔物退治がすっかり絶えたわけではない。それこそ人里離れた遠い土地で、その筋の専門家がこっそり片付けているのである。
『第七階梯層世界の第九の月の世紀・中世編食文化』
〈多次元旅行記〉境海世界の食文化シリーズ
料理研究家M・P著作、
監修:〈魔法使いピリオ〉
ついに、白く寂しい通り商店街フェスティバルが始まる日の朝になった。
僕は寝不足だった。
寝ている間に良いアイデアなんか浮かばないし、ストレスで睡眠も浅かったし。――いや、じつは二つ思いついたアイデアがあることはあるけれど……。
朝食前にカイルとアイルズに相談すると、二人ともに、僕と似たような思考にいき着いていた。
それは魔法を使うことだ。
僕らだって魔法使いの端くれ。この特別課題テストだって、生徒が魔法を使ってはいけないとはいわれていない。
僕らに使える魔法で〈偉大な魔法使い〉を特定できないだろうか?
たとえば魔法占いの得意な生徒に占ってもらうとか。
これは五分ほど検討したが、三人一致で却下となった。
魔法占いとかが得意な生徒はいる。けれど、僕らと直接の利害関係が無い誰かに責任を負わせるわけにはいかない。
そしてもうひとつは、あと二枚の魔法使いレンタル券の存在だ。
僕も同じことを思いついたことを告白したら、アイルズとカイルも同じ事を考えたといった。
「やっぱりだめだよな」
「ああ、禁じ手だな」
「このアイデアだけは捨てるしかないぜ」
僕らの意見は一致した。
スミスくんたち三人のチームが夏の野外研修『コンバットサバイバルトレーニング(略してCST)』のウィザードアスレチック競技一位でもらった賞品は、各自一枚ずつ。ディウィスくんとウィルソンくんがまだ使い道を決めていなければ、あと二枚ある。それをなんとか頼み込んで使わせてもらうのは?…………二人だって、自分の都合で使いたいだろうし。
それに、レンタル券で別の本物の魔法使いの協力を得たとしても、肝心の〈偉大な魔法使い〉を捜索する方――すなわち〈偉大な魔法使い〉の召喚そのものに影響が及ぶ懸念がある。
アイルズとカイルも、僕と同じ結論に達していたようだ。
ほかにも、〈白く寂しい通り〉商店街の知り合いの魔法使いに協力を頼むとかも考えた。でもあの人たちは、ときどき臨時講師や教官をする予備役の人たちである。ほかのことならともかく特別課題テストには協力不可の可能性が高い。
となると、あと僕にやれることは……。
僕は朝食もそこそこに寮を飛びだした。リリィーナ教官がいる学院の教官室へ、突撃だ!
フェスティバル期間中は休日。だが、僕らの内実は課題テストだ。
またもしも生徒が白く寂しい通り商店街で、自力では解決出来ない問題が起こった場合はすぐに相談できるよう、講師と教官はつねに学院に詰めている。
「またきみか。ルールはきっちり伝えたはずだぞ」
リリィーナ教官は、優雅に朝の紅茶を嗜んでいた。白地にバラの花模様のティーセットは家政学部の茶会練習用食器。三段皿のケーキスタンドには美味しそうな焼き菓子だのシュークリームやエクレアや一口サイズのサンドイッチまで!
これだけ豪華なティーフードはリリィーナ教官のファンである家政学部女子からの差し入れにちがいない。……朝から優雅だな。僕らはこんなに焦っているのに。
「では、わかるヒントをください」
「やだなあ、まるでわたしが意地悪したみたいじゃないか。ヒントはたくさんあげたよ」
「何の手掛かりもなくて、このままでは僕らはフェスティバルをまったく、ぜんぜん、楽しめません。僕は夜も眠れませんでした」
「え~、そりゃ悩みすぎだ、サー・トール。いかなるときも睡眠はきちんと取らないと、次の日、まともに脳がはたらかないぞ」
くそ、こっちが眠れない夜を過ごしたってのに、なんて爽やかな朝を迎えているんだ。悔しい……。
「考えようにもヒントが足りません。ペナルティが必要ならローズマリーではなく僕につけてください」
「やれやれ、追い詰められて錯乱しているのかな。これは課題テストのルールだから、何のペナルティもないんだ。安心していいよ」
「安心できません。このままだと、僕らは今日中に〈偉大な魔法使い〉を見つけるのが難しいんです。ローズマリーが可哀想すぎます」
「そうだな。きみたちがすぐ〈偉大な魔法使い〉を見つければ問題ないのだが……。何も気づいていない君の様子から察するに、〈偉大な魔法使い〉の発見は困難を極めそうだ」
リリィーナ教官は飲み終えたカップを受け皿に置いた。
「しょうがないなあ。まあ、もとは魔法使いのレンタル券からはじまった話だし、可愛い生徒のためには我々が譲るべきだが……。ではローズマリーに免じて、サー・トール、きみだけに、三つのヒントを出そう。まず、ひとつめだ」
リリィーナ教官は、右手の人差し指だけを立てた。
「我々は〈偉大な魔法使い〉を召喚した。彼はすでにこの町を訪れている。我々はこの町にいない人間を捜せなんて無茶はいわない。サー・トール、きみならそれはわかるね」
「はい……」
なんとも不本意な相づちを打つ。
それのどこがヒントなんだよ……。
これは課題テストだから、教官側が僕らに悪辣な嘘をついて騙すようなことはないとわかってはいる。しかし、これとてテストはテスト。頭をひねった引っ掛け問題があるかもしれない。
リリィーナ教官がつづいて中指も立てた。
「ふたつめ。この魔法大学付属学院に所属する我々は皆がひとしく魔法使いであり、〈偉大な魔法使い〉もまたそうである。これもいいかな?」
だからそれのどこがヒントなんですか!?……と叫び出したいのをこらえた僕は「はい」と応えた。
「そしてみっつめ」
リリィーナ教官の薬指が立てられた。
「この〈白く寂しい通り〉で、かの魔法使いを発見できる可能性がもっとも高いうちの生徒は、サー・トール、ほかならぬきみである。以上だ」
なんでやねん! 僕は教官机に両手を叩き置いていた。
「もっとマシなヒントをください!」
ひどい。ひどすぎる。いつにもまして、こんなの、ヒントじゃない!
リリィーナ教官は澄まして言った。
「だから、この街で彼を見つけられる可能性がもっとも高いのは、きみだけなんだよ、サー・トール。面談の時間は終わった。では、きみたちの健闘を祈る」
僕がうなだれて扉へ向かうと、
「それよりきみ、今日の朝練はどうしたんだ? サボったのか?」
とんでもないことを訊かれた。
「へ? まさか! だって今日からフェスティバルで、授業は休みでしょう?」
「個人で取ってる課外授業は別だよ。生徒が担当教官と相談して決めることになっている。課外授業だけは休みたくない生徒もいるからね」
あ、やってることが個人で違うから、休日だろうと続けたい生徒がいるわけか。
そういや、僕の剣道だってそうだよな。個人的にやる、自分だけの鍛錬だ。
つまり僕は今日、課外授業をお願いして受け持っていただいている教官に、黙って朝練をサボったことになるのか!?
「すぐ道場へ行ってきます!」
滝田J教官にお詫びしないと!
慌てて背中を向けた僕へ、リリィーナ教官は話しかけていた。
「きみの課外授業の教官だが、急がないと道場では会えないぞ。朝のフェスティバル開幕からエクメーネに行くってさ。今日は滝田Jも一日エクメーネに腰を据えて、フェスティバル見物するつもりだと」
「わかりました、急ぎます。ありがとうございました!」
廊下は走ってはいけない、ということを必死で考えながら、僕は道場へ急いだ。
「やれやれ、ほんとうにわかっているのかな?」
リリィーナ教官が最後に呟いた言葉が、僕の耳には届かなかった。
僕は教官室のある建物を出ると、道場まで全力疾走した。
ほんの百メートルほどの距離がこれほど長く思えたことはなかった。
と、道場の入り口に人影が!?
滝田J教官と昨日の稽古をつけてもらったザ・剣客みたいな指導員のおじさんだ。二人とも紳士用帽子をかぶり、ノータイに軽いジャケットを羽織ったややラフな私服らしい格好で道場から出てきたところだった。
「お、なんじゃ、来おったぞ」
「賭けは私の勝ちですな」
「むう、さすがはふだん見ているだけはあるな」
指導員のおじさんと滝田J教官は機嫌良さそうに、僕が到着するのを待っていた。
「ま、間に合った……。おはよう、ございます!」
「やあ、おはようサー・トール。今日の朝稽古は無しにしたよ。フェスティバルへいくからね」
開口一番、滝田J教官がいう。
「すみません。その件ですが、リリィーナ教官に聞いて、何の前相談もしていなかったのに気づいたんです。今日は勝手に休んですみませんでした」
「話は聞いているぞ。たいへんなようだな」
指導員のおじさんが同情にあふれた言葉をくれた。
「はい。これから仲間と捜索隊を組み、〈白く寂しい通り〉商店街へ、〈偉大な魔法使い〉を探しにいきます」
「がんばりたまえ。応援しているぞ」
指導員のおじさんは激励までしてくれた。なんて優しいんだろう!
「はい、ありがとうございます!」
「そうだ、きみの用が昼までに終わればエクメーネへ来たまえ。いっしょに昼飯を食おうじゃないか。フェスティバル期間中の特別メニューを、なんでも好きなだけおごってやるぞ」
しかも太っ腹だ。
「はい! あとでエクメーネへ行きます! では、失礼します!」
僕は校門へ向かって駆け出した。
滝田Jと指導員のおじさんは、道場の玄関さきで、僕をしばらく見送っていた。
「なんじゃ、あの子はほんとに気づいとらんのか」
「そのようですね。これからどうしますか。校舎の教官室には老師用の休憩室は用意してあります」
「いやいや、せっかく大捜索をしてくれるのだ。ここは是が非でもエクメーネに潜んでいようではないかね?」
「おや、これはお人が悪いことで」
「特別課題テストにしたのはきみたちではないかね。さて、彼はいつ頃エクメーネに来てくれるかな。最近エクメーネの名物になったと聞く牛丼でも食べながら、楽しみに待つとするか!」




