2 少女は出会う
その日も、いつもと同じ一日になる筈だった。
ルカは、両親や兄オリス、妹ラバテラと同じように王宮に住んでいない。正確には、住むことを許されない。
忌み子である少女は、この国の誰よりも価値が低いとされている。しかし無闇に殺すことも出来ない。彼女が死ぬ時、国を恨み呪いをかけたら、何が起きるか分からない、そういった可能性があるからだ。忌み子などという前例のない存在に、王族達は手を焼いていた。
とはいえ、呪われた存在を自分達と同じ場所にずっと置くことも出来ない。故に、王族達はルカが物心つくまでは王宮に置き、物事を理解出来るようになった四歳の頃、離宮へと追い払った。
七歳になると、ルカは一通り、自分のことは自分で出来るようになったので、離宮からも追いやり、国の外れに建てた小屋にルカを閉じ込めた。
ルカが王宮へ出向くことが許されるのは、ラバテラに呼び出される時くらいだった。
ルカの朝は早い。
陽が昇るのと同じ頃に起床し、王宮から定期的に与えられる金で買った食材で朝食をつくる。市場で食材を買う時は、頭巾を被り髪と顔を隠し、手袋をすることになる。
朝食の後は小屋の掃除をして、洗濯を行う。近くの川から調達する水は綺麗なので問題ない。
その後は自由に出来るが、人気の多い場所には行けないので、寂れた図書館で本を読んだり、河原で唯一扱える回復魔法の練習をしたり、基本的には他人と関わらない。そもそも忌み子と好き好んで関わろうという者はいない訳だが。
ルカに不満などという感情はない。何故なら生まれた時からずっとこうだったからだ。
両親に褒められる兄や、期待される妹の姿を鑑みても、羨ましいとは思わなかった。
自分は褒められない、何故?
自分は期待されない、何故?
自分は愛されない、何故?
理由は簡単、自分が呪われているからだ。
自分と関わって他人に危害が及んだことはないが、自分は歴史の中で最大の忌むべきものと同じ容姿だ。
そんなものが、愛される筈がない。
...本当に?
十五歳になっても、ルカは、自分の中の奥深くに巣くう願望に気付くことなく、一人の生活を続けていた。
「いやあ、お前ってほんっと有能だよな!俺感激!!」
「...はあ」
気のない返事をしつつ、ルカはどうしてこうなったのだろう、と思い返していた。
それは昨日。市場で買い物を終えた後、小屋に帰って来たら中に全身を黄金の鎧で包み、口元以外は兜で覆い隠す謎の男がルカのベッドに寝転がっていた。
男は身を起こすと、硬直するルカに、「やあ、ちょっと助けてくれんかーねえ」と親しげに声をかけた後、再び寝転んだ。
恐る恐る近付いてみると、腹の辺りを守る鎧が、どす黒く変色していた。
男は息を切らした状態で、「ちょっと...怪我してさ、何か薬草とかない?体力回復するやつ」と頼んできたので、ルカは遠慮なく魔法を使った。
それを受けて男は「うおお回復魔法とかすげえ有能!」と騒ぎ、怪我は治ったらしいのに、「ちょっと泊まらせてくんない?」と厚かましくもルカのベッドを占領したのである。
そしてその次の日の朝、つまり現在、朝食を振る舞ってやったところ、感激されたという訳だ。
「魔法も使えて料理もうめえしかも顔もいい...お前、モテるだろ?」
「...まさか」
「えーっぜってえモテるって!俺が保障するって!」
「私を知らない訳ではないでしょう?」
ルカは己の髪と瞳を強調するように、男に顔を近付けた。
「うおっ止めろよ、うっかり惚れるとこだぞ」
「...白い髪、暗い青の目、そして左手の甲にある鳥の羽の形をした痣...これだけ揃えば分かるでしょう」
「お、痣あんの?おそろいじゃーん」
「...え?」
ルカはぽかんと口を開ける。
そんなルカの様子に、男は嬉しそうに笑い声を上げた。
「お、かわいー。やっぱお前、モテるだろ」
「...何を言っているのか理解出来ません。この国で痣があるのは私と、昔存在した裏切り者の姫だけです」
「ほー、そのお姫様も加護持ちだったんだな」
「...加護持ち?」
「そ。鳥の羽の痣ってのは、女神の加護の証拠だよ」
「...女神様、の?」
「うん、女神」
ルカはしばらく沈黙していたが、やがて立ち上がり、男の腕を引っ張った。
「お帰りください」
「えっ?な、何で急に」
「出鱈目を仰るからです。忌み子である私が、女神様の加護を受けている?不敬です。私にそんなものがある筈がないでしょう。何故そんなことを仰るのか分かりませんが、私に関わらないでください。呪われるかもしれないのですよ」
「は?忌み子?何それ?」
「エルフであるならば、かの姫の特徴を知らないなんて」
「俺エルフじゃねえけど」
「...え?」
再び、ルカは衝撃を受けた。
「...貴方は、私をからかっているのですか?エルフでない者が、この国に入って来られる筈がないでしょう。結界は決して破られることなど...」
「いや知らんけど。まあ俺加護持ちだし、勇者だし、効かなかったんじゃねえの?」
「...勇者?」
「あ、名乗ってなかったか。俺は勇者、世界を守ってんだ」
ルカは何も言えずに、ただただ、呆然と男を見つめた。




