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12 少女はしあわせに咲う

「何故ですか!?」


 甲高い声が荒野に響き渡る。


「何故、この方を狙ったのですか!?一体、何の目的で!貴方は、何者なのですか!まさか、町を壊したのも貴方なのですか!?何故、何故!」

「質問ばっかりすんなよ、ルカ。そりゃ俺もお前に会いたかったしいっぱい話もしたいけど、そーんな怖い顔してたらびびっちまうじゃねえか。それにお前に責められる謂れはない。俺はお前のために、真龍も、あの町の奴らも殺してやったんだからな」


 白髪の男は、腕の中でもがき叫ぶ少女に微笑みかける。すると彼女は怯えたように涙で濡れた青い目を見開き、言葉の出ない口をぱくぱくと動かした。

 男は倒れ伏してピクリともしない真龍を見遣ると、軽い笑い声を上げた。


「まず、何であいつを狙ったのか。あいつはな、お前があいつのかつての恋人と同じ魂を持っているからって、お前をその恋人に見立てて代わりにしようとしてたんだぜ、気持ち悪いだろ。狂人ってのはああいうのを言うんだね、人じゃねえけど。とにかく、そんな奴の側にお前を置いとく訳にはいかないってんで、助けに来たんだよ」


「次に、俺が何者か。忘れられてんのは寂しいけど、まあ久しぶりだし、あいつに変なことされて昔の記憶なくしてそうだし、仕方ないよな。じゃ、改めて。俺は勇者、世界を守ってんだ。お前とは友達だったんだぜ」


「最後に、町を襲った理由。これは結構単純なんだけど、あいつらがお前…っつーか、お前らの悪口言ってたから。俺ってば友達を悪く言われんのは許せない訳よ。馬鹿だよなあ、何が、あの地には邪悪なるものが住み着いてる、だよ。真龍はどうでもいいけど、お前みたいな美少女が邪悪とか、あの町の奴ら見る目ないよなあ。見たことないんだろうけど」


 にこやかに説明する男の姿は、どこからどう見ても、気安い普通の人間だった。その手が血に塗れてさえいなければ、の話であったが。

 ちぐはぐな印象の男に対して、恐怖しか抱けないかと問われれば、そうでもなかった。

 確かに、怖い。恐ろしい。何を考えているのかさっぱり理解できない。

 しかし、彼女の中で、微かに芽吹いているものがあった。

 それは悲しみだった。


「…貴方は、どうして…そうなってしまったのですか」

「どうしてって言われても」


 勇者は眉を上げ、彼女をしっかりと抱きとめながら、彼女の瞳と全く同じ色をした天を仰ぐ。声色には一切の困惑や疑念といった不安定な感情は感じ取れない。

 勇者の手の中で暴れるのを止め、彼とは対照的に彼女は、俯いてひどくか細い声で、言った。


「…貴方は、誰かを傷付けたり、命を奪ったり…そんなことを、何も感じずに、出来る人ではないと、そう私は、信じていました…勇者様」


 今度は、勇者が瞠目する番だった。


「ルカ、お前、俺のこと」

「私は、幸せでした。貴方と出会えて、ご飯を食べたり、お話をしたり、笑い合ったり…一人では出来ないことも、一人では苦痛でしかなかったことも、二人なら出来る、二人なら幸福に変わるんだって、貴方がそう教えてくれた。私は、あの時幸せだったんです!どうして、幸せなまま死なせてくれなかったのですか!!」


 それは、勇者にぶつけるべき慟哭ではなかった。

 彼女を、死にいくルカを現世に繋ぎ止めたのは勇者ではなく、真龍だ。彼女は恨み言を送る相手を間違えていた。

 しかし、ルカのその怨嗟は、彼の心を大きく揺さぶった。


「俺は…俺だって…お前が生きてるとは思ってなかった!俺はただ、あいつに、お前の亡骸を渡したくなくて…取り返して、お前の妹と同じ場所に、せめて家族の元へ、家族と一緒に眠らせてやりたくて…それ、で、だから、それは、お前のために」


 勇者は急に腕の力が抜けたかのように、ルカを落とした。落下し、這い蹲り、泣き喚いて、ルカは激情に任せて吐き出し続ける。

 勇者はそれすら聞こえていないように、よろよろと彼女から距離を取る。向かうのは真龍のところだ。

 今し方、自分で殺めた破壊の権化が握る、一振りの長剣。それを勇者は、震える手で取り上げ、


「―――消えろ!」


 自身の腹に、突き刺した。


「…え?」

「が、あああっ…は、ははっ、ざまぁ、見やがれ…女神、ぃ」


 ゆっくりと後ろに倒れる勇者を、呆然とルカは見送る。彼の手から力なく剣が転がり落ちて、その音で彼女は正気に返り、動揺でもつれる足を必死に使役して彼の傍に駆け寄る。

 勇者は吐血しながらも、目に優しい光を宿して彼女の頬に手を伸ばした。


「ご、めんなあルカ…俺が、馬鹿で、考えなしに、あの女を頼って…お前に、怖い、思いを…ゲホッ」

「あ、ああ、駄目です、そんな、どうして!い、今、魔法を、そうです大丈夫です、私は、こんな時のために回復魔法を練習していましたから、だから!…どうして」


 いくらルカの手に光が溢れようとも、勇者の体に光を押し付けようとも、血は止まらず、傷口は塞がらなかった。

 赤が、勇者の命が零れ落ちて失われていく様に耐えられず、ルカはどうにか押し留めようと小さな掌で塞き止める。その上に、勇者は自身の手を緩慢に重ねた。


「そりゃあ、この剣、真龍の力そのものだもん…何でも、破壊できる優れ物。俺は、俺はな、人間じゃない。ゴホッ…俺は、女神に作られた。その俺の中の、「女神が操れる」ところを破壊すれば…体の機能は維持できねえよ」

「嫌、嫌です!どうしてですか!どうして、どうして勇者様が死ななくてはいけないんですか!」


 駄駄を捏ねる子供のように、悲鳴を上げるルカから、勇者は絶対に視線を逸らそうとしなかった。彼女を見つめ、彼女の悲しみを痛いほどに認識しながら、笑った。


「俺はいいんだ、長く生き過ぎた。いつかはこうなる運命だった…余計な自我を持って、女神を振り切って、逃げ続けて…でも、そのおかげで色んな奴らと友達になって…そして、お前に会えた。俺も、幸せだったよ。幸せだったんだ」


 次から次へと流れ出す彼女の涙を拭こうとして、もう腕を動かす力も出せないことに気付き、勇者は苦しげな息を漏らす。あまりにも彼女が不憫だった。故に、勇者は告げた。


「なあ、ルカ。一人になるな。誰かを頼れ。必ず、助けてくれる奴はいる。お前がそいつと…平和に、幸せに暮らしてくれたら、俺はそれで…十分、だ」


 それが最後だった。





 彼女はようやく立ち上がると、横たわる二つの骸をじっと見比べ、その隣に爛々と鎮座する長剣を目にした。

 それを拾った瞬間に、彼女の心に真っ黒いものが流れ込み…否、溢れ出した。

 真龍を追い詰め、勇者を操った存在が何なのか、彼女はその時理解した。その存在に滅ぼされ、恨みを残した全てのものの声を剣は保有し、丁寧に教えてくれた。その導は確かに心に刻み込まれた。

 彼女はもう一人ではなかった。

 平和な世界にするには、幸せになるためには、為さねばならないことがあった。


「女神様。貴女を殺します」


 彼女は小さく咲い、歩き出した。

霞草の花言葉

清らかな心 無邪気 親切 幸福 永遠の愛 純潔 感謝 夢心地

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