第九話
「山下くんが目を覚ましたそうっす!」
翌日、下校途中の出会い頭に木名瀬がいきなり。
「良かったな」
「でも妙なんす」
「何が」
「どうしてあそこに行ったのか、何故倒れてたか、警察の人とか家族の人が聞いても何も答えないそうっす。目を覚ましたあとも不安定で、誰とも話したがらないそうっす」
「ううむ」
「幽霊すよ」
「どうかなあ」
「事件の香りがぷんぷんするっすよ」
私は、まさか、と言った。
「会いに行くのか」
「もうご家族の許可は頂いてるっすよ」
「仕事早いな」
「これでもブン屋っすから」
で、彼の入院している病院へ、見舞い兼取材の為、また私についてきてほしいという。
正直私が一緒に行く意味があるのか疑問ではあったが、山下の事に関していえば私も気になってはいたので素直に申し出に応じた。放課後、私に木名瀬、それにやはり誘われたらしい久慈を加えた三人で商店街へ。見舞いの花を買って病院へ行った。
陽当たりの良い個室。部屋には山下と、もう一人先客らしい女性が居た。感じのよさそうな人だった。
「清二、お友達よ」
ベッドの上の山下はこちらを一瞥したが、興味なさそうにまた窓の方をみた。女性が我々に一礼し、部屋を出ていく。木名瀬が山下に近付いて話しかけた。
「彼女さんすか……?」
「姉貴だよ」
あまり似ていなかったので少し意外だった。
「何しにきたんだ」
「お見舞いっすよ。体調どうっすか?」
久慈が花瓶へ花を入れた。
「帰れ」
山下が抑揚の無い声で言いはなった。窓の方を見たままでこちらとは目を合わせようとしない。
「……でも」
「帰れっていってんだよ」
私は先程まで姉さんが座っていた椅子に腰を下ろした。
「幽霊が見えるのか」
木名瀬と久慈が驚いたような顔で私を見たが、山下はぴくりと反応しない。
「見えねえよ。お前も見えないんだろう」
「山下くん、私達もあの廃屋行ったっすよ。桐島さんが幽霊見たんす!」
「……木名瀬」
私は苦い顔をして彼女をみた。しかし山下がはじめて反応らしい反応を示して、
「……見たのか?」
私は返答に困った。積極的に嘘をついてきたわけではない。しかし結局否定しなければ肯定と同じだ。
高校に入ってから、人と積極的に関わる事を避けてきた。誰にも話す勇気がなかったからだ。一人でずっと抱えて生きていく気だった。しかし、木名瀬に久慈とは、まだ知り合って間もないが、出来ればこれからも、このまま関係を続けていきたい。多分。
その上でずっと嘘を突き通していくと考えると心が重くなった。
「……」
私は意を決した。
「……山下。それに木名瀬と久慈も聞いてくれ」
告げなければならない事。それで駄目になってしまっても仕方ない。
「前にも言ったけど、俺は、幽霊なんて見えない。俺が見てるのは、もっと別のものなんだ」
鞄から、薬の入った袋を取り出して木名瀬に渡す。
「……なんすかこれ」
「安定剤。精神病院でだしてもらった薬だ」
「――」
「幽霊なんて、毎日のように見てる。でも全部幻覚だ。あの時、俺が見たのも幽霊じゃなくて、きっとただの幻覚なんだ」
「……」
木名瀬も久慈もうつ向いて、何も言わない。山下だけが真っ直ぐ私を見ていた。
「山下。俺は廃屋に行って、女に首を絞められて失神した。救急車まで出動して、木名瀬や久慈や皆にすごく迷惑をかけてしまった。でもそれは全部幻覚のせいだと思ってる。お前はどう思う。お前も廃屋に行ったんだろう」
「……」
「聞かせてくれないか。俺だけはお前を頭のおかしい奴だとは思わないよ」
山下は黙って私の目を見ていた。やがて、ぽつりと始めた。
「……幽霊なんてみてない」
「そうか」
「夢を見るんだ」
「夢」
「女の夢だ。長い黒髪で、白いワンピースを着てる。奴はいつも怒ってる。夢の中で俺は何回も奴に殺されてるんだ。首を締められたり、刃物で斬られたり、水の中で頭を押さえつけられたり、ビルの上から突き落とされたり、マッチで火をつけられたり、何度も、何度も殺されてる」
幽霊の風貌は、テレビ番組、そして私の幻覚と一致している。
「夜、ろくに眠れなくなっちまって気が狂いそうだった。俺は奴に謝りに行こうとしたんだ。謝って、許して貰えるかどうかなんて分からないが、それしかないって思った。そうしてあの家に向かって……どうなったかは覚えてない。あそこで倒れてたらしい」
「……」
「今は睡眠導入剤があるから、よく眠れてる。相変わらず女の夢は見るけどな。桐島、お前も首を絞められたんなら、分かるだろう」
「山下……」
「奴は俺が人形を壊した事に怒ってるんだ。奴は俺を殺そうとしてる。でも、お前まで殺そうとしたって言うなら話は別だろう。奴はこれから、あの廃屋を訪れた奴を片っ端から殺そうとするかもしれないぜ。桐島、お前も気をつけろよ」
「……」
「俺が狂って死んだら、次はお前の夢に出るかもな」