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最強の魔道士は、今日も妹の薬を探している  作者: 月詠時雨
1章 : 君の隣で、旅を始める
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第1話 : 四年ぶりの再会

魔族の軍勢を、勇者たちが追い返した。


その知らせが屋敷に届いた日、レティシアは父の手元の書状を、横から何度ものぞき込んだ。


何年も続いた戦争の間、届くのは人間側が押されているという話ばかりだった。その劣勢を覆したのが、勇者とその仲間たちだという。魔王を倒したわけではないが、侵攻は食い止められた。父が書状を読み終えたとき、母は胸元で組んでいた手をようやくほどいた。


どんな剣を振るい、どんな魔法を使ったのか。レティも聞いてみたかった。


けれど、真っ先に尋ねたのは別のことだった。


「それなら、サギリも帰ってくるの?」


書状に、彼の名前はなかった。


小さな子爵家にも兵と物資を送ることが求められたとき、サギリは自分から従軍を申し出た。


『外へ出れば、フィオナの薬のことも、もっと調べられると思うんだ』


幼いころに拾われ、この家で育った彼は、レティや妹のフィオナとは血がつながっていない。それでも家族だった。同い年の彼は、気づけばいつもそばにいた。


妹の病が治ってほしいのは、レティも同じだ。けれど、行き先は戦場だった。


出発したとき、二人は十四歳だった。


何か言ってやろうと思っていたのに、いざ顔を見ると言葉が出なかった。サギリはいつものように笑っていて、少し遠くへ用事を済ませに行くだけのような気がした。


四年も会えないとは、思っていなかった。


◇


庭の片隅で、レティは剣を下ろし、額の汗を袖で拭った。


あの知らせから、しばらくが経っていた。従軍した者が戻ったという話も聞く。それでも、屋敷へ続く道にサギリの姿はなかった。


もう一度剣を構え、振り下ろす。刃は狙った位置で止まった。四年前には何度も握り直していた柄も、今は手の中に収まっていた。


サギリが見たら、少しは驚くだろうか。驚いてもらわなければ困る。


「……遅いのよ」


小さく口にすると、思っていたより拗ねた声になった。


帰ってきたら、まず文句を言う。笑いかけてきても、簡単には許してやらない。


剣を鞘へ収め、門のほうへ歩く。町へ続く道が見えるその場所は、いつの間にか稽古のあとに立ち寄る場所になっていた。


今日もただ、少し風に当たるだけだ。


そう思いながら、道の向こうへ目を向けた。




道の先に、一人の人影があった。


レティが目を留めると、その人影は右手を高く上げ、大きく左右に振った。一度では足りないとでもいうように、何度も。


黒い髪が見えた。


「サギリ……?」


答えるように、彼がもう一度手を振った。


レティは門を出た。最初の数歩は歩いていた。気づけば走っていた。


近づくにつれて、姿がはっきりしてくる。背が高い。肩つきも違う。頬のあたりの幼さが薄れていて、レティの足が一瞬だけ緩んだ。


サギリが笑った。目元を和らげ、少しだけ首を傾ける。


その笑い方を、知っていた。


「レティ。ただい――」


最後まで聞かなかった。


その胸へ飛び込み、上着をつかむ。ぶつかった勢いで、サギリが一歩下がった。


右腕が、レティの背中へ回った。


「おっと」


頬に触れた布は、外の空気で少し冷えていた。その下に、身体の温かさがある。


本当に、帰ってきた。


そう思った途端、喉の奥が詰まった。考えていた文句は、一つも出てこなかった。


「ただいま、レティ」


耳の近くで響く声は、記憶より低かった。それなのに、名前を呼ぶ調子は変わっていない。


「……遅い」


それだけ言うのが、やっとだった。


「うん。待たせたね」


「戦争が終わったって聞いたのに。帰ってきた人もいるって、聞いたのに」


「帰るまでに、いろいろあってさ」


レティは上着へ額を寄せ直した。


「四年よ。四年も、会ってないんだから」


サギリは急かさず、背中に手を添えたまま立っていた。


呼吸が落ち着いてくると、顔を見るために以前より顎を上げなければならないことに気づいた。


右の赤い瞳と、左の黒い瞳。小さいころから見てきた目が、すぐ近くにあった。


「……何よ」


「顔、見たかっただけ」


サギリはレティの顔を見て、それから赤い髪へ目を向けた。


「レティは、綺麗になったね」


レティは瞬きをした。


聞き返そうとして、まだ抱きついていることに気づいた。顔が近い。頬が熱くなった。


「……四年も経ってるんだから、当たり前でしょう」


「うん。だから、ちゃんと見ておこうと思って」


「そんなに見なくていいわよ」


顔を背けても、指はすぐにはほどけなかった。サギリは何も言わず、レティが動くのを待っていた。


ようやく指をほどき、身体を引く。彼の左腕に手を添えようとして、その指先が袖に触れたとき、ふと視線が下がった。




袖口からのぞく左手に、見慣れない継ぎ目があった。


指の形はしている。けれど、背中に触れていた右手とは違う。


義腕だった。


「サギリ……これ……」


続きが出なかった。


ほんの少し前まで、綺麗だと言われて戸惑っていた。今は、袖から手を離せない。どこへ触れればよいのかも分からなかった。


抱きついたとき、ぶつけなかっただろうか。


顔を上げても、サギリは眉を寄せることも、身体を引くこともしなかった。


戦争に行くのだと知っていた。それでも彼が現れたときには、帰ってきたことがうれしくて、それだけで安心していた。


「……何があったのよ」


責めるつもりで言ったのに、声は頼りなく揺れた。


サギリは手元へ目を落とすと、義腕がよく見えるように、右手で袖を少しずらした。


「カッコいいだろう」


少し得意げな声だった。


笑顔で返事を待つ彼に、レティの眉が寄った。


「そういうこと、聞いてるんじゃない」


「そっか。結構、気に入ってるんだけどな」


「サギリ」


ようやく、いつもの声が出た。


「何があったのかって聞いてるの」


「戦争のときに、ちょっとね」


「ちょっとで済むことじゃないでしょう」


サギリは袖を戻し、レティを見た。


「でも、帰ってこられたよ」


穏やかな声に、レティは口を開きかけ、閉じた。


「……あんた、向こうで何をしてたの」


「荷物運び」


あっさりと返ってきた。


「食べるものとか、道具とか。みんなの分をまとめて運んでたんだ」


こちらが怒っているのに、サギリはにこにこしている。昔から小言を聞き流されていたことまで思い出して、少しずつ肩から力が抜けていった。


「……荷物持ちで腕を失うなんて、なんてドジなの」


「ほんと、そのとおりだね」


柔らかな声に顔を上げると、サギリは目元を和らげて笑っていた。


「帰ってくるまでに、何回心配させれば気が済むのよ」


「ごめん。そこは、ちゃんと謝る」


声が、少しだけ静かになった。彼は視線を逸らさず、こちらを見ていた。


「待っててくれて、ありがとう」


胸のあたりが詰まった。待っていたとも、待っていなかったとも言えなかった。


レティは袖から手を離した。


「……帰るわよ」


顔を見られないうちに屋敷へ向き直る。歩き出すと、すぐ隣にもう一人分の足音が並んだ。


「腕以外にも、怪我してないでしょうね。帰ってきてすぐ寝込まれたら、困るんだから」


「心配してくれてるの? ありがとう。俺は元気だよ」


レティは横目で彼を確かめてから、歩調を少し緩めた。


隣の足音も、それに揃った。


門の内側で、母がこちらに気づいて立ち止まった。


「サギリ?」




「ただいま」


母は二人のところまで歩いてくると、彼の顔を見上げ、右の肩に手を置いた。


「おかえりなさい。よく帰ってきたわね」


自分も、おかえりと言えばよかった。


抱きついて、文句を言って。最初に言うはずの言葉が抜けていた。今から言うのも、何だか間が悪い。


母の呼ぶ声に応じて、父も玄関に顔を出した。


「帰ったか。話は落ち着いてからでいい。今日は休みなさい」


「そうさせてもらうよ。久しぶりに、足を伸ばして寝たい」


家の中に、彼の声がある。


サギリがこちらを向き、レティの腰の剣に目を留めた。


「レティ、今度、剣も見せてよ」


「……ちゃんと見てなさいよね。それと、あとで話を聞かせなさいよ。私の話もあるんだから」


「うん。あとでゆっくり話そう」


「……約束よ」


午後の稽古は、早めに切り上げよう。話が終わらなければ、続きは明日でもいい。そう考えられることが、うれしかった。


「その前に、フィオナの顔を見てこようかな。起きてる?」


「ええ。待ってると思うわよ。……それ、置いていきなさい」


受け取った上着の重さに、レティは道で抱きついたときのことを思い出した。畳むふりをして、目を伏せる。


「レティ。あとでね」


サギリが笑った。昔から何度も向けられてきた顔なのに、すぐには返事ができなかった。


「……分かってるわよ」


彼の背中を見送ると、玄関が急に静かになった。


けれど、もう門の外を見に行く必要はない。声をかけたければ、同じ家の中にいる。


あとで顔を合わせたら、今度こそ言おう。


おかえり、と。


レティは少し考えてから、誰もいない玄関で小さく練習した。


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