第一話 旦那様から「君を愛するつもりはない」宣告、いただきました。
巷で有名な「君を愛するつもりはない」宣言から始まるお話を自分なりに考えてみたくて、書き始めました。
よろしくお願いします。
「……今日、俺たちは結婚したわけだが、俺は君を愛するつもりはない」
結婚式を挙げた夜。フレアは夫となった男・アレクシスからそう宣告された。
「伯爵家への支援は約束する。君はこの家で自由にしていい。その代わり……俺に何も期待するな」
冷たい拒絶。普通のご令嬢ならショックで泣いていたかもしれない。
しかしフレアは思った。
……なんて痛々しい御方なのだろう、と。
――あなたが私を愛していないのなんて分かっています。それでもお互いそれなりに利があって、何よりあなたから求婚してきて結婚することになったんですよね? その言葉、わざわざ言う必要あります? 私だってあなたのことなんとも思ってませんが、そんな角の立つ言葉を投げつけようなどと考えてませんでしたよ? せめてこれから良好な関係を築けるといいな、よろしくお願いしますくらい言えないのかこの大男は。
一瞬のうちに脳内を駆け巡った言葉を、フレアは何とか吞み込んだ。
危ない危ない。結婚初夜から修羅場になるところだった。
「……生家への温かいお気遣い、感謝いたします。承知いたしました。旦那様のご意向に沿い、そのようにいたしますね」
社交界で培ってきた人当たりのいい笑顔を見せると、アレクシスは怪訝そうな顔をした。拒絶されたにもかかわらず微笑んでいるフレアを、「理解できない」と言いたげに見てくる。
何か意外なことでもしただろうか。
「そんなこと言わないでください。酷いです~」と泣きつくのを期待されていたのだろうか。誉れ高い第一騎士団長にそんな趣味があったとしたらドン引きなのだが。
アレクシスは大陸でもっとも大きなスレイザヤ王国の、ブレンダム公爵家の当主。そして第一騎士団長を務め、王国の人々から「英雄」と呼ばれる男だ。歳は25。黒髪に赤い瞳、大柄で逞しい体躯。雄々しい見た目で貴族の令嬢から憧れの視線を向けられることはあったが、本人は仕事にしか興味がなく恋愛にまったく興味なし。話せば冷たい、鉄のような男だ。
対してフレアは20歳の貧乏令嬢。セザリー伯爵家に生まれたが、父が事業に失敗し、使用人に払うお金も危うく、去年のうちに雇っていた人々のほぼ半数を解雇することになった。このままでは没落も免れない……とフレアも覚悟し、玉の輿に乗るか、自分自身で事業を起こすかしか道はない……と考えていた。
そんな折、フレアはアレクシスから求婚状を受け取った。伯爵家を支援するという、願ってもない条件付きで。
フレアはアレクシスと面識がなかった。向こうは有名人だから顔も評判も知っているけど、彼が没落寸前令嬢の自分の存在を認識していたとは思えない。
だが求婚された理由は想像できた。
――きっと都合の良い結婚相手が欲しいのでしょうね。
公爵家の次期当主であり、第一騎士団長を務める男性が、恋愛に興味がないとはいえいつまでも独身ではいられない。アレクシスにはあまたの家から「娘を嫁に」と話を持ち掛けられていたという噂もある。
没落寸前の伯爵家の娘を選び、家を支援することを条件に結婚すれば、ちょっと妻として蔑ろにしても問題ないと踏んだのだろう。
どこかで見初められていた……ならロマンチックな話だが、フレアは自分の容姿が世間から見て秀でていないことくらい分かっていた。少し曇ったような金髪、冴えない青の瞳。女性の中では少し背が高い方で、胸はさほど大きくない。社交界でキラキラ輝き男性たちの目を引く令嬢たちのようにはいかないことを、社交界にデビューしたときにはもう自覚していた。
だから、万が一でもアレクシスが自分に一目惚れしたという夢は見なかった。
そして……フレアの想像は当たっていたというわけだ。
現に「君を愛するつもりはない」なんて痛々しいことを言われてしまったのだから。
アレクシスが自分を愛していないことは、結婚式の準備期間中からありありと伝わってきていた。結婚式の準備は公爵家主導で進められ、フレアはドレスの試着をし、式の進め方の説明を受けただけ。肝心のアレクシス本人とは話す時間もないまま、話はどんどん進んでいった。
フレアの両親はアレクシスと何度か会って話をしたそうだけど、「忙しくて時間をあまり取れない」なんて言って、フレアとはまったく会おうとしなかった。
形だけの妻が欲しいにしても、あまり扱いがぞんざいではないか。フレアは結婚式の準備中から若干イライラし、「まぁ仕方ないわね」とずっと呑み込んできたのである。
その耐えの精神が身についていなかったら、「君を愛することはない」なんて言われてとっさに言い返してしまったかもしれない。
偉いわよ、私……とフレアは心の中で自分を褒めた。
でも……それにしても……。
まともに会話をするのは、結婚式を終え、夫婦の寝室に二人で揃ったこの時間が初めてだったというのに。真っ先に言うのがこれなのか。
最初に宣言することが潔いとでも思ってるのだろうか。
格好つけてるのか。
頭に次々と浮かんでくる不満の言葉。しかしどれを本人にぶつけたとしても意味がないように感じた。
きっと醜く騒ぐフレアをアレクシスは冷めた目で見ているだけで、何をしても自分が惨めな思いをするだけだと想像できる。
ならば……。
「では、初夜も無用でしょうか。寝室は同じのほうがご都合よろしいですか? それとも別々がご希望で?」
フレアは笑顔を顔に張り付けたまま、アレクシスに穏やかに話しかけた。
「……俺といても気が休まらないだろう。君の寝室は隣に用意してある」
「事前のご準備ありがとうございます、旦那様。他に私に言っておきたいことはございますか? もしお話が以上でしたら、私はお隣の部屋に移動させていただきます。今日は何かと忙しくて疲れましたので、早く寝たいんです」
「……あぁ、もう話すことはない」
「承知いたしました。それでは失礼いたします」
物わかりのいい妻の顔で部屋を後にする。
最後に見たアレクシスが少しだけ困惑しているように見えたが、それもどうでもいいことだ。
――私が都合のいい妻すぎて驚いたかしら? もしかしたらひと悶着あると思っていたのかも……。まったく相手にしていられないわ。
隣の部屋に入るとフレアはまっすぐベッドへ向かい、その上に飛び込んだ。
横になってから周囲を見渡すと、用意されていた部屋がよく整えられているのが分かる。
――最初から夫婦別室にするつもりで用意していたのね。だったら最初からそう言ってくれれば良かったのに。こっちは初夜はやるのかやらないのか、どっちなのか分からなくて気が気じゃなかったのよ。
だが夫になった男は、とても気が利くタイプじゃない。
そんな気遣い、期待するだけ無駄だろう。
「……まさか自分の夫になった人が、結婚初夜にあんな寒いセリフを言う人だったとは……」
社交界に出ていると、噂で聞くことはあった。妻に向かって「おまえを愛するつもりはない」と言い放つ夫たちの話を。男女のロマンスが描かれた本を読んでいても、そんなセリフを言われてしまう悲劇のヒロインがいた。
そんな話を聞くたびに「いやいやよくそんなこと面と向かって言えるわね……」と呆れていたけど、自分が実際に言われることになるとは思っていなかった。
愛し愛されて結婚相手を選べるとは限らないこの国では、よくある話なのだろうか。
――別にいいわ。どうせ私も、結婚に何も期待してないもの。
フレアは今日、自分の夫になった男の顔を思い出し、鼻で笑ってから寝たのだった。
全20話です。続きます。




