禁忌の祝詞
その学者は、知り合いの研究者から依頼を受け、遠い異国の山奥にある小さな村を訪れることとなった。
その村はかつて都市と呼ばれるまでに繁栄したが、時代の流れとともに人口が減り、今ではその面影もない。
語り継がれている栄華を極めるための伝承も、消えかけているという。
文字を持たない村というわけではない。
しかし、その伝承は必ず口頭でのみ伝えられてきた。
知り合いの研究者が知りたいのは、「なぜ村が都市として繁栄できたのか」。
その謎が解明され、文字にすることができれば、現代の他の過疎地に適用させることも可能になるだろう。
学者は村に足を踏み入れた。
村は静まり返り、古びた家々が緑に飲み込まれつつある。
草が広がる道端では、数少ない村人が古い風習を守るかのように日々を過ごしている。
その風景は寂しげながらも美しく、村がひとつの歴史を紡いでいることを感じさせた。
伝承を文字に起こす了承を得るため、学者は村一番の古老の家を訪ねた。
村を訪れた理由を話すと、古老は表情を変えることなく言った。
「その言葉を文字にすると、呪いが解き放たれる」
……呪い……? どういうことだ……繁栄のための標だろう……?
疑問に思いながらも学者は古老の家を後にし、村人に話を聞いて回った。
ダメとは言われていない。
問題はないはずだ。
夜になり、学者は宿の部屋でメモを取った手帳を見返す。
慣れない手つきでランプに火を灯し、ノートを広げ、慎重に文字にして書き起こしていく。
意外にも多くの人が伝承について知っており、ボリュームも多くなく、情報を集めることは難しくなかった。
古老や村人たちとの対話を思い出しながら、ペンを走らせる。
「! ……しまった」
急ぎすぎたのか、ある瞬間、手が止まる。
どうしたものかと眺めていて、ふとつぶやいた。
「いや、これでいいのかもしれない……」
翌日、記録を完成させた学者は、村の外に持ち出す前に、念のため古老にノートを見せた。
古老はノートをじっと見つめ、深いため息をついて語る。
「いにしえの約束は守られた。だが……未来の扉は閉ざされたままか」
その表情は、どこか安堵と皮肉が入り混じったように見えた。
学者は複雑な思いを抱えながら村を後にした。
これで繁栄した理由は解明できる。
世界中の過疎地に共有すれば未来はきっと開ける。
でも、何かが引っかかる。
……文字を持たない村ではない。
しかし伝承は口頭でのみ語り継がれた。
かつての繁栄は見る影もない現在……。
繫栄してから衰退するまでの間に、いったい何があったのか。
そして、古老の言った「呪い」とは……?
「……もしかして……?」
ふと思い至り、昨夜手を止めたページを見返す。
何が正しいかはわからない。
しかし、やはりきっとこれが正解だ。
それでも、古老のため息交じりの言葉もまた正しいのだ。
てんびん座はけっこう葛藤を抱える




