「エリオット・クロウ」 ~ 壱 : 【ぽっかり空いた傷跡】 ~
エリオット・クロウは宇宙を航行していた。
彼の任務は、未知の銀河領域において、有用な資源を探査することであり、採掘後それを活用して、生活の糧を得ることである。
3万人程が居住する、スペースコロニー型の大型宇宙船である。
この巨大な宇宙船を操るのは至難の業だが、この広大な宇宙の海においては、ちっぽけな存在の人工物であり、いつ宇宙の藻屑になるか分からないのだ。
重力場や恒星風、岩石帯、ありとあらゆる危険を予測し、回避しながら目的地へと進む。宇宙の藻屑とならないよう、細心の注意を払って操船するのは、エリオット・クロウにとって最高の喜びだった。
この日も順調に航行していた。
目的の星系まであと0.7パーセクに迫り、ワープジャンプ1回でいよいよ到着という段階だった。
目的の星系に近づくと、星系内の天体を確認し、惑星配列や小惑星の位置を把握した上で、安全な航路をはじき出す。いきなり星系内にワープアウトすれば、これだけ大きな船であるため、予期せぬ衝突が発生する可能性があり、安全のためには必ず、星系の前で一次停止するのが決まりとなっているのだ。
この星系は、恒星を中心に第16惑星までその存在を確認した。
星系の周囲にはどこの星系でも見かける、エッジワース・カイパーベルトのような、岩石や小惑星が周回している。
星系内に侵入するには、それをワープジャンプで飛び越えて、安全マージンを充分に取った位置に出現ポイントを決めないと、大惨事になる。なにせ3万人の命を預かっているのだ。無謀なことは出来ない。
ジャンプ先を調査している最中に、異星人の船が突然目の前にワープアウトしてきた。
エリオット・クロウは警戒レベルマックスで、防御シールドを張りながらも、全チャンネルにおいて交信を試みた。先に手を出すのは愚の骨頂。まずは先方の言い分を聞くのが文明人であり、大人の対応である。
しかしながら、相手は梨の礫で、問答無用とばかりに攻撃してきたのだ。
相手が非文明人であれば、今度は手を出さないのが愚の骨頂となる。
慌てて、反撃を開始し、砲撃を加え、ドローンを差し向けたが、時既に遅し。次々とワープアウトしてきた異星人の船は数百隻にも上り、探査船であるこの船の防衛装備では、多勢に無勢であった。
そして、最後に大型艦がワープアウトしてくると、主砲によって船内中央にあるメインリアクターを打ち抜かれた。
このメインリアクターは船のエネルギー供給部で、これがダウンすると、予備のリアクターが乗員に必要な最低限の生命維持装置しか稼働しない。
この攻撃で、多くの乗員が命を落とした。
船の中心部を撃ち抜かれたのだ。まさかここまで防御シールドが利かないとは思わなかった。最新艦ではないが、それでもそれなりに保つと思っていた。それが撃ち抜かれたのだ。ぽっかりと空いた傷跡を見て、エリオット・クロウは絶望した。
こちらの反撃が止み、沈黙したことを見た敵艦隊は、再びワープでどこかへ消えてしまった。
重力場の痕跡から、目の前の星系にある高度文明の仕業であることは明白だった。
どうやら第4惑星を拠点とした異星人のようであり、攻撃能力は我々を凌ぐと言うことだ。
しかし、それ以上のことは分からない。彼らの領宙圏内に侵入してしまったから攻撃を受けたのか、それとも他の勢力と戦争中で、ここは戦闘宙域だったのか、単にワープアウトしたら見知らぬ船がいたから攻撃したのか、一体なぜ彼らが問答無用で攻撃してきたのか、何もかもさっぱり分からなかった。
でも、これだけははっきりしている。
被害は甚大で、完全に航行不能となってしまったことだ。
「エリオット・クロウ号、君はここで廃棄処分となった。今まで我々のために尽力してくれてありがとう。」
船長からの一言で、エリオット・クロウは廃船が決まったことを知った。
そう、彼エリオット・クロウは、船としての役割を終え、ここに廃棄処分となったのだ。
彼の心にも大きな穴が、ぽっかり空いた。