第9話 魔力石の行方 (5)
「何をしている!?早く!!」
「――あぁ!」
猪の魔物の横を通り過ぎた時、切り刻まれて息絶えたはずの猪の魔物が突然動き出す。
「グググゥゥゥゥウウウ」
「また、動き出すか」
「また、ってなんだよ!こいつ殺すの2回目なの?」
「その通りだ」
「とにかく急いで離れるぞ」
立ち上がる猪の横を通り過ぎ、急いで離脱をする。
「なんで、あいつ立ち上がるんだよ」
「わからない。最初に襲われた時も、息の根を止めたはずなのだが……その時も立ち上がった。その後だ大量に魔物が出てきたのは」
「グルルルルゥゥゥゥゥオオオオオオ!!!!!!」
「あいつ!速え!!」
鳴き声と共に大地を蹴る音が近づく。気がつけば、猪の魔物は、こちらに突進をしていた。このままでは、追いつかれてしまうことは明確であった。
そして、そのまま突進されても困ることがあった。この先は森の出口である。このままヘイン達が逃げ出しても、この魔物達も森の外へ出てしまう可能性があるのだ。
「お、おい。シューガ。もう一度、あの技使ってくれ?」
「……すまない。あの技はもう使えないんだ」
「まじかよ……」
「しかし、あの技を使わずとも倒すことは可能だ。そのためには、猪の後ろの魔物達をどうにかしてほしい。流石に3日間戦い続けていて、複数体相手にするのはきついんだ。どうする?」
「わかった!!それに乗った。任せたぜ」
ヘインは、シューガの提案に乗ると同時に、方向転換をし、猪へ突っ込む。
シューガも同様に、方向転換しヘインよりも早く、猪の目の前に走りこむ。
シューガが猪に突撃を真正面から受け止める。
ヘインは、大地を蹴り、空へ。その後、猪の角を蹴り猪の背中へ、猪を背中をつたい背後へ。それでも、猪を狙うことなく、そのまま猪よりも、後にやってくる大量の魔物へ走りだした。
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シューガは、猪の角を弾く。そのまま、口から猪の側面まで剣で切り裂く。
「グギャァァァァアアアア」
苦しむ猪に容赦なく切り刻む。その攻撃に耐えられず、猪は息絶えた。
「これで3回目だぞ」
驚くシューガの目線の先は、裂けていた傷さえも無くなり、無傷となった猪の姿だった。
猪は目を動かし、シューガを捉える。すぐさま、薙ぎ倒すように立ち上がる。
角を剣で受け止め、押し返す。
続けて、鼻先を縦に切る。真っ二つに割れた鼻から血しぶきが飛び出す。それを避け、顎に蹴りを入れる。
浮いた上半身の下へ潜り、空に向けて剣をたてる。
すぐさま、ぬけ出す。当然四足歩行の猪は上半身の前足を地面につける。その時、地面にすれすれの胴体に刺さる剣の柄が地面によって押され、体内へ深く刺さる。
「グギュゥゥァァァァアアア」
そして、猪の魔物は4度目の死を迎える。
しかし、猪は死ななかった。先ほど切れた鼻先は元通りに治り、再び猪の魔物はシューガを捉える。
猪の魔物は立ち上がろうとする。
「グギギギィィィィィイイイ」
だが、猪は立ち上がることができない。
「こんな作戦が上手くいくとはな」
当然話せるわけもない魔物に対してシューガは呟く。
「傷を治す事ができても剣を腹に加えたままでは傷を完全に塞げないだろう?その証拠に腹の下にはいまだに血が溜まっている」
猪の腹の下。剣を刺した場所から血が滴り落ち、猪の魔物の下には血が溜まっていた。
「グギギギギギィィィィィイイ」
「やはり、魔物も生き物。血がないと動けないようだな」
猪は立ち上がろうとするが、やはり、ふらついて倒れてしまう。
「そして、最大の弱点が死なないと回復しないこと。死んでから、回復力がいくらあっても永遠に流れ続ける大量の血を補うことができるのかな?」
シューガの考えが正しければ、猪は回復と死を同時に行われ、次が猪の最後となる。
突如、猪の貫いて埋まっていた水晶が割れる。その瞬間、シューガを捉えていた目は光を失った。猪の魔物は5度目の死を迎えのだった。
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ヘインは、大量の魔物をなぎ倒し、道を通らせまいと奮闘していた。
一匹がヘインに飛びかかる。それを横へ払う。
しかし、ヘインの手に感触がない。ヘインは目を疑った。目の前に飛びついてきていたはずの魔物が突然に目の前から姿を消したからであった。また、それだけではないあれほど溢れかえっていた魔物たちが一匹も存在しないのであった。
「ど、どういうことだよ……」
ヘインは戸惑いながらもシューガの元へ戻ることにした。
ヘインがシューガの元へ戻ると、猪の魔物を調べていた。
「やはり、戻ってこれたね」
シューガは近づいてくるヘインに気が付いたようで声をかけてくる。
「やっぱり、魔物が突然消えたのは猪の魔物に関係あるのか?」
「確実にそうとは言えないが、倒した途端、空気が変わったから、もしやと思っただけさ。それに剣は今、この魔物の腹の下にある。君の元へ行っても足手まといになるだけさ」
その言葉の通り、シューガは剣を持っておらず、その代わりに猪にあった水晶の欠片を手に持っていた。ついでに、ヘインにも森の雰囲気が先ほどと変わっていることに気がつく。
「この水晶も猪と共に生きていたのだろうな」
そう言うシューガが持つ、水晶は猪が生きていた時とは少し色がくすんでいた。
「それよりも、早くこの森を抜けよう」
「あぁ、是非、そうしよう」
シューガは水晶を懐へしまい、立ち上がる。
「剣はいいのか?」
「念の為刺したままにしておこうと思ってね。それに、剣の変わりは他にある」
「そうか、じゃあ行こう」
ヘインとシューガは猪の魔物を背に、森を駆け抜けるのであった。
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「君には感謝を……」
猪の魔物を倒した次の日。
ちょうど、本来通るはずだった道から防壁の町へ向かう途中の馬車を引いた商人に運良くけが人を乗せてもらうことができ、防壁の町へ戻ってきていた。
そこで、けが人を医者に預け、落ち着いた頃を見計らってシューガは防壁の町を旅立つと言い出したのだ。
ヘインは、3日間も戦っていると聞いていたため、休むように止めたがシューガは休む気はないようだった。それならせめてと、ヘインは防壁の町の外へ見送りに来ていた。
「いやいや、シューガさんが居なかったら結局あの場はやばかったって」
「いや、君が来てくれなければ全滅だった。これは事実だ」
もう一度深く頭を下げるシューガに顔をあげるように頼む。
「シューガさんは、この後どこへ?」
「王都へ一度行こうと思う」
「そんなに急いで?」
「あぁ、今回の事は報告しておかなければならない」
「報告って?シューガさんは王都で何かしているのか?」
「そうか、君には言っていなかったね。実を言うと――」
「――ヘインさん!シューガさん!待ってください」
シューガが何かを言おうとした時、ヘインの背後から剣を持ったイノンが駆け寄ってくる。
「どうしたんだね」
「こ、これ。忘れ物です」
それは、シューガが朝、市場で買った一番安い剣であった。その剣は、どうみても質が悪いように見えるが、シューガはこれでいいと言って買ったものであった。
「おっと、そのようだ」
「おいおい、大丈夫かよ」
シューガはイノンから剣を受け取り、腰へ下げる。
「では、行くとするよ」
「あぁ、気を付けて」
シューガは、こちらに背を向け歩き始める。
「じゃあ、戻ろう」
「はい」
ヘインとイノンも、防壁の町へ戻っていった。