第959話 「小さな女傑④」
『魔法女子学園の助っ人教師』愛読者の皆様、いつもご愛読して頂きありがとうございます。
只今、書籍版第3巻の改稿作業中です。
発売日等、詳細が決まりましたら、随時お知らせしますので何卒宜しくお願い致します。
アニエスの指摘は、ズバリ図星であった。
それにしても……
若干14歳の少女なのに、何という鋭く深い観察力と洞察力であろうか。
アンドレは、我が孫なれど舌を捲く。
そんな祖父の喜びを受け止めるように、アニエスは再び言い切る。
今度はもっと具体的に厳しく。
「残念ですが、お父様が跡を継げば、創世神教会と王家に対する、我が家の影響力は完全に弱まります。残念ですが、ヴァレンタイン王国におけるブレヴァル家の地位は著しく低下するでしょう」
「ほう! お前の父はそこまで無能だと言うのか? アニエス」
「いいえ! けして無能とは申しません。お祖父様が有能過ぎるのです」
とても、真面目な話をしているというのに……
アンドレはアニエスの物言いを聞き、つい笑ってしまった。
この子は……アニエスは以前とは違う。
「愚物!」と容赦なく姉を罵ったアニエスとは全く違う。
……今のアニエスは言葉を選び、物の言い方も心得ている。
思った事をズバズバ言うのは相変わらずだが、上手く言葉を言い換えているのだ。
間違いない。
アンドレは、確信する。
やはりアニエスは、あの魔法女子学園のオープンキャンパスが行われた日から、ルウとの運命的な出会いから『急成長』したのだと。
更にアンドレは、アニエスの『真意』にも気が付いた。
「ははははは、分かったぞ。私への誉め言葉に対して、何かご褒美が欲しいのだな」
「はい! でもアニエスは、普通のご褒美など要りません。一番特別なご褒美が欲しいのです」
「ふむ、一番特別か? 分かるぞ! それは……第一後継者である姉ステファニーを差しおいて……お前とお前の伴侶を我がブレヴァル家の後継者にしろという言質か?」
「はい! その通りです、さすがはお祖父様」
「面白い! やはり姉も、父同様に駄目か?」
「お姉様も、お父様と同じですわ。けして駄目とは言いません。確かに私は、お姉様へ散々失言を致しました。今はとても反省し、後悔もしています」
自分を省みるアニエスを見て、ブレヴァルは笑顔を見せる。
「ほう、素直にそう言えるとは以前のお前らしくなく、殊勝な事だ。しかしそれはそれ、これはこれという事か」
「はい! それはそれ、これはこれです」
「はっきり申してみせい、アニエス」
「はい、では申し上げます! お姉様はけして無能ではありません。頭脳明晰で、才能のある魔法使いだと思います。しかし……」
「しかし?」
「無能ではありませんが、人が良過ぎます。これはお姉様の長所とも言えますが……奥ゆかしく、優し過ぎる。そして致命的な欠点は脇が甘い事、……さらに言わせて頂くのであれば、自らブレヴァルの家を盛り立てて行こうとする気概に欠けています」
身近な姉ステファニーが、対象だからかもしれないが……
アニエスは、人物を見極める能力も傑出している。
前々から孫だからという贔屓目で見ていたが、間違いない。
やはりアニエスは……逸材なのである。
今迄持っていた漠然とした予感が、はっきりした確信に変わって行く実感が、アンドレにはある。
「優しい姉も散々な言われ方だな。ふむ、マティアス同様、ステファニーも駄目か。では聞こう、アニエス。お前ならばブレヴァルの家を盛り立てられるとでも言うのか?」
「はい! 私なら出来ます。出来るどころか、今のお祖父様より我が家を盛り立てて御覧に入れますわ」
傑出した当主であると言いながら、偉大なその祖父を超えると、きっぱりと言い切ったアニエス。
アンドレの気持ちは、今、急速に傾きつつある。
可愛い、そして頼もしい孫アニエスの希望を叶えてやろうとする意思へ。
「ははははは! 凄い、いや物凄い自信だな、アニエス」
「はい! 私はブレヴァル家の当主となり、同時にヴァレンタイン王国初の女性枢機卿になりますから」
「ほう! 当主のみならず、王国初の女性枢機卿と来たか! それならば我が家はこの国で最も、いや世界でも目立つ事は間違いないな……」
アニエスの夢は、このヴァレンタイン王国において、実現はとんでもなく困難である。
聡明なアニエスならば、既に分かっているとは思いながら、アンドレは念を押す。
「しかし、アニエス。この国は男性至上主義だ。主たる役職は全て男。お前のような女がのし上がるのは難しいぞ」
「大丈夫です! なります! 私は絶対に女性枢機卿となってブレヴァルの家を今以上にしてみせますわ!」
「ははははは! お前は凄い子だ、アニエス。今言った決意は、将来、結ばれるであろう伴侶などあてにはしない。己の力のみで夢を達成してみせるという自信に裏打ちされているな?」
アンドレが、そう聞くのも尤もだ。
自信に満ち溢れた孫の様子を見れば、愚問といえるかもしれない。
しかし意外にも、アニエスの答えは違っていた。
「いいえ! 自信はそこそこありますが、私個人の力ではブレヴァル家の当主になるだけが関の山でしょう」
「おお、当主になるだけが関の山? それはどういう意味だ」
「はい! 私の夢、否! これは夢なのではありません、既に確定事項です。私はブレヴァル家を継ぎ、間違いなく女性枢機卿になります。私の未来の旦那様と力を合わせればそんな事は容易く実現出来るでしょうから」
「お前の未来の旦那様?」
「はい! 私が運命的な出会いをして大好きになり、実力を認めたのは、お祖父様も惚れ込んだルウ・ブランデル様ですわ」
アニエスが『想い人』の名を言った瞬間、アンドレには全ての謎が解けた。
ルウの才能がアニエスを花開かせると共に、彼の名だたる家族と一体となる事で、ブレヴァル家は更に上へ行けるのだと。
それはルウと会う前に、アンドレ自身が画策した事でもある。
さすがにルウの『結婚相手』だけは違っていたが。
「おお、成る程! そういう事か!」
「はい! お祖父さまから、ルウ様の現状をお聞きしたので、決心がつきました。ですが、私が無理に先方へお嫁に行くなど意味なき事……」
「嫁に行くのが意味がない? ほう! ではどうする?」
「はい! ルウ様はあちらのお屋敷にそのままいらして頂く。片や私アニエス・ブレヴァルは、ブレヴァル家の当主としてこの家にありながら、ルウ・ブランデル様と結婚致します!」
高らかに、きっぱりと宣言したアニエス。
アンドレは、小さな女傑といえる華奢な少女を、頼もしく且つ慈愛を籠めて見守っていたのである。
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