第957話 「小さな女傑②」
『魔法女子学園の助っ人教師』愛読者の皆様、いつもご愛読して頂きありがとうございます。
只今、書籍版第3巻の改稿作業中です。
発売日等、詳細が決まりましたら、随時お知らせしますので何卒宜しくお願い致します。
1時間後……
ステファニーと、アニエスの話は終わった。
ふたりで交わした話の内容は……ルウに関する『情報交換』であった。
人一倍勘の鋭いアニエスは、最近、姉の様子に変化が生じたのを見逃さなかった。
そして自分では、あまり気付いてはいなかったが、ディベートの達人でもあった。
アニエスは、ステファニーから円滑に情報を引き出す為に……
ルウに連れて行って貰った『異界』の話を、先に告げたのである。
絶対に楽園だと錯覚するくらい、見事に創り上げた異界……
そして幻影を見せられて、いろいろ教えて貰った事を……
予想通り、ステファニーは喰い付いて来た……
アニエスはディベートだけではなく、王宮に居る歴史の語り手のように情景描写も上手かった。
話を聞くステファニーは、まるで自らが体験している気分になったらしい。
大好きなルウにエスコートされている想像でもしているのか、うっとりした表情で、アニエスの話を聞き入っていた。
しかしこのような取引の場合、実の姉妹とはいえギブアンドテイクがお約束である。
特にアニエスの場合、自分が提供した情報より数倍以上の効果を、相手に求めるのは必須なのだ。
「次はお姉さまの番よ」と、上手く誘導したアニエスは、気分を良くしたステファニーから重大情報を聞き出す事に成功する。
実際、アニエスの勘はズバリ当たっていた。
ステファニーは、アニエスの知りたいルウの私生活を知っていたからだ。
どこの誰がルウの妻で、普段どのような暮らしをしているかを……
ステファニーが教えてくれた情報の発信元は、ルウの妻達で2年C組トリオの、オレリー、ジョゼフィーヌ、リーリャである。
マノン、ポレット、ステファニーの3人が、やはりエデンを模した不思議な異界で、オレリー達と会って和解した際……
お互いにフェアな形で『戦おう』と誓い合った事を、ステファニーはアニエスへカミングアウトしたのである。
有益過ぎる情報といえるが、アニエスにとっては大が付くショックであった。
『状況』はアニエスが考えていたより、遥かに厳しかったのだから。
まあ、あの魅力的なルウの事だ。
「実は結婚しているのでは?」と、アニエスは想定していた。
何せ『自分ほどの素敵な女子』が惚れてしまうくらいである。
先にルウと知り合った世の女子達が、彼を放っておくなどありえない。
例え身分は平民でも、今迄見合いをした貴族の男共とは『天と地』の差なのだから。
アニエスは自分に対し、とても自信を持っていたが、同時に冷静に物事を見極められる現実主義者でもあったのだ。
しかしそんな気持ちを、姉になど絶対に悟られてはいけない。
表面上は平静を装い、アニエスは姉に礼を言って、解放したのである。
新たなルウの話を聞け、うきうきしながら、自室へ戻る姉を見て……
アニエスは、大きなため息をつく。
「やはり……これは急いで……何か手を打たないと……」
自分の、いやブレヴァル家の将来もかかっている。
アニエスは考えていた作戦を、すぐ行動に移す事に決めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アニエスは姉と話した後、部屋から出た。
次に、話すべき相手がいるからだ。
使用人に聞けば、書斎で仕事をしているという。
アニエスはそう聞いても躊躇わず、一目散に書斎へ向かう。
自然に走っていた。
目指す書斎の扉の前についたら、息が切れたくらい大急ぎで走った。
扉を叩くノックの音も、自然に強く、そして大きくなった。
「おお、そのノックはアニエスかな?」
「はい、お祖父様、ぜひお話したい件があるのですが……」
アニエスが訪れたのは……祖父である枢機卿アンドレの書斎だ。
敢えて父マティアスではなく、ブレヴァル家の実権を握る祖父の下を訪ねるのが、アニエスらしいといえば、らしかった。
普段は、厳格だと言われる祖父である。
仕事中であれば、尚更邪魔する者など居ない。
可愛い孫娘のステファニーやアニエスだって、厳しく叱られた事がある。
しかし敢えて、アニエスは祖父を訪ねたのだ。
「……ふむ、良いだろう、入りなさい」
一瞬の間があったが、アンドレは入室を許可した。
孫娘の口調に、真剣な気配を感じ取ったに違いない。
「失礼します……」
アニエスは、ひと声挨拶してから、祖父の書斎へ入る。
やはりアンドレは、仕事中らしかった。
お気に入りの重厚な机に向かって、熱心に書き物をしていた。
入室の気配を感じ、手を止めたアンドレは「ちら」と、アニエスを一瞥する。
孫娘の表情が、眼差しが、いつもと違う。
そう、アンドレには感じる。
「おお、アニエス……どうした?」
「はい! お仕事中、申し訳ありませんが、少しお時間を頂きたいのです」
「ふむ、その様子は何か急ぎの、それも大事な話だろう?」
「お祖父様が、お察しされた通りですわ。私から、とても重要な話があるのです」
「ほう! 重要とは……ただ事ではないな。……まあ掛けなさい」
やはりアニエスの様子は、普段とは全く違う。
アンドレは微笑んで、孫に対して座るよう命じたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分後……
アニエスは、先ほどステファニーから聞いた話を全て祖父アンドレへ話していた。
姉からは固く口止めされていたが、この際関係ない。
まだ若いアニエスの判断であったが、このブレヴァル家の将来がかかっているのだ。
意外にも……
アンドレは、ルウの妻の多さ、そして暮らしぶりを聞いてもさほど驚かなかった。
アニエスはすぐピンと来た。
魔法女子学園のオープンキャンパス当日の夜、自分は姉と共に学生寮へ泊った。
一方、祖父アンドレは、ルウとひと晩一緒に居て話したと言う。
その時に……何か特別な事を聞いたのだ、と。
「お祖父様……教えて下さい。一体、ルウ先生と何をお話しされたのですか?」
「…………」
アンドレは何故か黙ってしまった。
いつもの祖父にしてみれば、考えられない反応である。
アニエスの声が強くなる。
「お祖父様!」
「良かろう……」
遂に、アンドレは話し始めた。
ルウの妻達が、ヴァレンタイン王国の有力貴族の令嬢達であるのを知った事。
ブレヴァル家の繁栄を考えた上、魔法女子学園の『臨時』教師という立場を突き、創世神教会の『正』職員として引き抜こうとした事。
実際……ルウに会ってみて優秀な人材なら、ブレヴァル家の子飼いにしようと考えていた事などを……
さすがに、ルウと『大魔王』の話をした事は伏せていた。
アンドレが若い頃から、『ある研究』をしている事は孫にだって厳秘なのである。
一方、話を聞き終わったアニエスは、素朴な疑問を突きつける。
「成る程……それなのに、何故お祖父様は、ルウ先生のスカウトを諦めたのですか?」
「ああ、これも調べて分かったが、ルウ君は身内であるバートランド大公、そして何とフィリップ殿下まで懇意にしている。無理に教会へ引き抜けば、両名と我がブレヴァル家の関係が悪くなる。それは得策ではない」
「…………」
「一回の会見でルウ君とは分かり合えた。であれば、焦る必要はない。ルウ君を魔法女子学園臨時教師にしたままで、懇親を深めれば良いのだ」
「分かりました、とても納得致しました」
そう言いながら、アニエスは違和感を覚えていた。
最初に、祖父が間を置いた事が気にかかるのだ。
今、話した事以外に、もっと大切な話をしているのではないかと。
とても気にはなる……
だが、これから話す案件の優先順位を考えれば、この際後回しだ。
「ではお祖父様、今度はアニエスの話を聞いて頂けますか?」
「ふむ、では話してみなさい」
真っすぐに見つめる祖父の鋭い視線に負けないくらい、アニエスは強い目力で自分の意思を返していたのであった。
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