第807話 「オールドガールズイベント①」
8月10日午前10時少し前、ヴァレンタイン魔法女子学園屋外闘技場。
この時期は芝の鮮やかな緑が最も映える季節である。
芝の上の用意された壇上に1人の少女が立っている。
背中の半ばまであるたっぷりとした金髪は、僅かに吹く風になびいてふわりと動く。
形の良い鼻筋の通った美しい顔立ち、意思の強そうな切れ長の碧眼。
身長は170cmを楽に超えていて、全体的にはしなやかで細身。
魔法女子学園を今年の3月に卒業したばかりのフランソワーズ・グリモール(グレモリー)であった。
並み居る先輩を差し置いて、フランソワーズは在校生に向けての講演を行うのだ。
講演テーマは『魔法女子学園と私』である。
会場の屋外闘技場はまだ朝も早いというのに多くの人で埋まっていた。
来年3月に卒業するジゼル、ナディア等3年生は勿論、2年生、1年生も夏季休暇だというのにほぼ9割の者が出席していたのである。
先輩のフランソワーズに心酔するジゼルは、良い席を取る為に開演の2時間前から並ぶ始末であった。
ナディアを強引に付き合わせているのはお約束である。
「ナディア! ああ、フランソワーズ先輩だ! 本当に神々しい! わ、私の憧れだ」
「うふふ、ジゼルったら相変わらずフランソワーズ先輩が永遠の憧れなんだね」
「そりゃそうさ。上品で洗練された仕草と、たおやかな女性らしさが同居しているのは私の知る限りフラン姉と彼女以外には居ない。その上強大な魔法を使いこなす複数属性魔法使用者だぞ」
「確かに凄いね」
「そうだろう? 私とひとつしか違わないのも驚きさ。あんな女性はなかなか居ない。私もかくありたいと思う」
意気込んで出席していたのは生徒ばかりではなかった。
理事長のアデライド以下学園の職員も留守番の者を除いて全員がフランソワーズの講演を聞く為に屋外闘技場へ出向いていたのである。
ルウとフランは2人並んで座っていた。
「ルウ先生、フランソワーズ……存在感があるわね」
「そう……だな」
時間は午前10時になった。
「皆さん、お早うございます」
挨拶と共にいよいよフランソワーズの講演が始まった。
当然、会場からはフランソワーズの声に応える大勢の挨拶が返される。
「「「「「「「「「「おはようございます」」」」」」」」」」
「本日は私の為に貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます。まだまだ未熟な私の経験がどこまで皆さんのお役に立つか分かりませんが、暫くの時間ご静聴下さい」
フランソワーズは一礼すると講演を始めた。
張りのある凜とした声が屋外闘技場に響いている。
「遥か数千年前、私達の開祖バートクリード様は一介の冒険者でありながら、この大陸に跋扈する魔族を追い、人の子の尊厳という自由から生まれた新国家ヴァレンタイン王国を建国しました。
バートクリード様は国民の前においてこう宣言しました。
すべての人間は無限の可能性を持ち、生まれた際には原石である魂と肉体を磨きあげる努力をすれば夢は必ず実現に向かうと。
やがてバートクリード様が身罷りましたが、残された者は彼の理念を守り、邁進した結果このように素晴らしい国へと発展させる事が出来ました。
我が母校であるヴァレンタイン魔法女子学園は冒険者ギルドと並び、バートクリード様のお言葉である魂の鍛錬をする場であります。
在校生の皆さんは今、どうでしょうか?
3年生は自分の魂が次にはどのステージで輝くか、将来をそろそろ決める頃でしょう。
2年生は自分の魂の適性が見えて来た頃でしょうね。
1年生は魔法の面白さに目覚め、自分の魂を磨く準備をしているところでしょうね。
ヴァレンタイン魔法女子学園は本当に素晴らしい学校です。
アデライド理事長以下、素晴らしい教師の方々からこの世界の最高レベルと申し上げても過言ではない魔法教育を受ける事が出来ます。
これからもヴァレンタイン魔法女子学園は優秀な人材を輩出し、発展して行くでしょう。
貴女方の将来を預けるのに申し分ない学校なのです。
魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いのための教育は、永遠に滅びる事はありません。
さて、皆さんは最高の環境に身を置いているのですから、後は努力次第です。
素晴らしい仲間にも恵まれているでしょうし、一生付き合う友も居るでしょう。
しかし馴れ合いは禁物です。
しっかりと自分を持たないと流されてしまいますし、失敗を周囲の責任にしかねません。
自分を甘やかさず、労を惜しまず、精進して素晴らしい魔法使いとなって下さい。
ご静聴ありがとうございました」
講演を終えたフランソワーズは、深々と一礼をする。
フランソワーズが礼をしたと同時に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
爽やかな笑みを浮かべたフランソワーズは軽く手を挙げて拍手に応えると、軽やかな足取りで壇上から降りたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フランソワーズがルウの居る方へ歩いて来る。
アデライドも含めて教師達はさすがに拍手をしているのみであるが、周囲の生徒達からは拍手と共に声援も飛んでいた。
驚くべき事にフランソワーズ(グレモリー)はルウの前に立ってお辞儀をしたのである。
対するルウはといえば、いつものように穏やかな表情は変わらない。
「お疲れ様、フランソワーズ」
ルウが労うと、フランソワーズはにっこりと微笑んだ。
「ルウ先生!」
「何だ?」
ルウの返事に対してフランソワーズは初めて会った時のように、念話と併用して会話を仕掛けて来たのである。
「先日もお伝えしましたけど、15日は必ず魔法大学にいらしゃって下さいね」
『私の事が気になるようね……こちらも気になる事があるの』
「ああ、その予定だ」
『別に……転生したお前が人の子として生きるなら俺は干渉しない』
「必ず……ですよ」
『干渉しない? まあ貴方と関わるかどうかは、貴方の意思など関係なく私が決めさせて貰います』
「ああ、突発的な事が起こらない限り大丈夫だ」
『ははっ、強引だな。まず話だけしてみようか』
「では……失礼します」
ルウから念話で話だけと言われたフランソワーズは少しはにかんだ。
返された言葉が意外だったらしい。
普段、NOといわれる事に慣れていないのであろう。
フランソワーズは周囲の視線など一切無視するようにルウを軽く睨むと、さっさと歩いて行ってしまったのであった。
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