第729話 「愛を刻んだ指輪」
7月31日夜、大空亭……
ルウ達がアエトス砦から戻った日の晩。
大空亭の食堂では夕飯を兼ねた報告会が行われている。
とは言っても、村長へ砦の探索に関して簡単に概要だけ報告するという形なので、ルウ達クラン星の前に居るのは村長のゼタ以外に、大空亭の従業員であるジェマとジュリアのみだ。
「……と、いうわけだ」
「ホッとしました。これで当面は安心して暮らせますね」
たった今、ルウから砦の探索結果が報告された所である。
ゼタは村が魔物の脅威に曝されるのは、以前から砦が原因ではと疑っていた。
案の定、オークの残党ばかりか、不死者までもが巣食っていたという。
だが、ルウ達により全てが退治されてしまったと聞いて胸を撫で下ろしていたのである。
「金を払っても俺達に調査を依頼したという事はヴァレンタイン王国があの砦を再利用したいという意思を持っていると考えるのが自然だ」
「……戦争が起こるのでしょうか?」
ヴァレンタイン王国が建国されてから、南の国々とは戦争が起きてはいない。
「う~ん……断定は出来ないが俺は違うと思う。あくまで私見で願望も入っているのだがな」
「ルウ様の私見でも構いません。ぜひお話し下さい」
「ああ、最近ヴァレンタイン王国内の治安が悪化している。主に魔物による被害だが、最近、放置気味だった地方へのケアを再考しようという動きが出ているんだ。今回もオークの大量発生という事態が起こったからな。ジェトレより最寄に守備隊を置くのだろう」
ルウの話は適当な当てずっぽうではなかった。
先日、宰相のフィリップに会った時や、バートランドでエドモンと話した中での話題なのだ。
「ああ! もしそうであればどんなに安心出来るでしょう!」
「そうだな、俺もそのようになる事を祈るよ」
ここでいきなり闖入者が現れた。
ジュリアである。
「お兄さん! 明日はジェトレへ行ってくれるの?」
「こらっ、ジュリア! ルウ様は村長と話しているのだから、邪魔をしない!」
ジェマが叱るが、ジュリアは意に介さない。
ルウも優しく微笑んで、約束を守ると宣言する。
「ははっ! 明日はジュリアと早朝に出発したいと思う。寝坊するなよ」
「うん! 頑張って早起きするよ」
元気良く返事をするジュリアを見たジェマは仏頂面だ。
仕方なくゼタが御礼を言う。
「ありがとうございます! ジュリアを宜しくお願いします」
「ははっ、村長。それで提案なんだが……」
「提案?」
「ジェトレに行った際に、今回失った家畜を購入して村へ寄付しようと思う。数は任せて欲しいが希望はあるかな?」
「えええっ!?」
ゼタにとっては予想外の話であった。
計算高く、利に聡い冒険者は普通、このような事を言い出さない。
しかしルウの表情は何か下心があるようなものではない。
「一応聞いておきたいと思ってさ。いや、村の希望や事情もあるだろう」
「ど、どうして?」
ゼタはルウの真意を知りたくなった。
何か思惑があるに違いないと考えたからである。
「ははっ、今回俺達はオークによる街道封鎖の依頼でこの地へ来た。その付帯業務でこの村を包囲していたオーク共と戦ったわけだが、さっき計算したら報酬も結構出そうなんだ。元々無かったイレギュラーな仕事の金だし、こっちもラッキーだった。だから、いわゆる還元だよ」
「か、還元?」
ゼタは驚いた。
屈託のない笑顔を浮かべたルウの言葉に裏はなく、全てが好意から出たものだと分かったからだ。
「そう! 困った時はお互い様さ」
「そんな!」
「村長! 甘えておこうよ! その代わり、ルウ様がまた村へ来たら大歓迎すれば良いじゃない」
まだ迷うゼタへ引導を渡したのはジュリアであった。
ルウに邪心など無いと信じきっているのである。
「ジュリア!」
「ははっ! じゃあ決まりだな」
「は、はいっ! ありがとうございます! ご好意受けさせて頂きます」
ルウとゼタ達の話を聞いている、他のクランメンバーも納得の表情だ。
帰りの道中で話を決めてきたのに違いなかった。
ルウとゼタは、いろいろ相談をする。
その結果、牛を20頭、豚を50頭、羊30頭、鶏100羽を購入する事を決めたのであった。
ルウによれば金額にして金貨約1,000枚相当だという。
「わあ! ででで、でも金貨1,000枚なんて! ほ、本当に良いのですか!? 冒険者って凄く儲かるのですね?」
「ああ、それだけ襲って来たオークの数が凄かったじゃあないか。そして護衛だが、こちらも俺の方で手配するよ」
「あは! それだけの家畜をジェトレで購入すれば頼まなくても街の守備隊が同行してくれますよ」
ルウと村長がやりとりをしている間に良い香りが漂って来た。
これは……ハーブである。
ジェマがお茶のポットを持って登場した。
「ミンミ様から頂いた茶葉で淹れました。ハーヴティー、それもアールヴ特製だそうです」
「わぁ!」
ゼタが嬉しさの余り、少女のような声を上げる。
彼女はお茶が大好物で、特にハーブティーには目がないのだ。
この辺境の村では滅多に手に入らないので尚更である。
「うふふ、ジュリアちゃん、これあげるよ」
「え、何? お姉さん?」
ミンミが差し出したのは何かの種である。
もしかして……
「お姉さん! これってもしや!」
「うふふ、そう! アールヴが栽培するハーブ草の種よ。いろいろな種類の種があるから、頑張って育ててね」
ミンミは種と共に栽培法や茶葉にする方法を書いた紙片も渡している。
ジュリアは嬉しそうに受け取ると、きっぱりと言い放つ。
「私、決めた! このタトラを南方のハーブの名所にするの! タトラのハーブが欲しいって言われるくらいに育ててみせるわ!」
「ええっ! ジュリア、それ私がやるわ。ハーブ大好きなんだもの!」
ゼタが一見悔しそうに手を挙げるが、よく見ればその顔は幸せに満ち溢れている。
報告会は一気に盛り上がり、終了したのであった。
――2時間後
タトラ村の夜は早く、朝も早い。
ゼタは既に寝る準備に入っていた。
ミンミから提供されたハーブの種の事が時たま思い出されて、子供のようにワクワクするのが止まらない。
それに少し経てば被害を受ける前より、たくさんの数の家畜も到着する。
今後の農作物の収穫も期待出来そうだし、タトラ村の将来は薔薇色と言っても過言ではない。
とんとんとん!
扉が軽くノックされた。
聞き覚えのないノックの仕方である。
村民は非常時でなければこのような時間に村長の自分を訪ねては来ない。
「誰?」
「夜遅くに申し訳ない、俺ですよ」
「ああ、ルウ様!」
こんな夜遅くに何の用事だろう?
とりあえずゼタは出迎える事にした。
肌着姿だったゼタはローブを羽織り、扉を開ける。
外に立っていたのはやはりルウであった。
「いらっしゃいませ! 中でお茶でも飲みますか?」
「いや、ここで。もう遅いですからね。これをお渡ししに来ました」
何だろう?
ルウの手の上にのっているものは……小さな指輪であった。
しかもゼタには見覚えがあるものである。
「そ、それって!」
不思議な事にいつも自分が肌身離さず身に付けているミスリル製の指輪である。
このタトラ村初代の村長ゼタが身につけていたといわれる古い指輪であり、歴代の村長が全員必ず身につけて来たのであった。
慌てて自分の右手の中指を見ると、しっかり装着されている。
と、なるとルウの持っている指輪は一体?
「ああ、砦で見つけた。これはそっと貴女に渡した方が良いと思ってな」
ゼタはルウから指輪を受け取ると、自分の指輪と比べてみる。
2つの指輪はやはり――全く同じであった。
「これって! やはりそっくりです。彫ってある文字まで一緒です。ほ、ほら! シモンとゼタって!」
「そう、らしいな……元々一対の指輪だったのだろう。崇高で優しい男の純な思いが篭もった指輪だ……大事にしてやってくれ」
「…………」
ルウは穏やかに微笑むと踵を返して去って行く。
闇に溶け込んでいく、その後姿をゼタは呆然と見送っていたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




