第705話 「師匠と先輩」
ミンミは相変わらずカサンドラを羨ましそうに見詰めている。
ルウはミンミを見て穏やかに微笑んだ。
「おっし! じゃあミンミ。お前も俺と共に来いっ! 俺とお前でカサンドラを支えてやろう」
「えええっ!? ル、ルウ様!?」
意外な指示に驚いて口を手で押えるミンミを他所に、ルウは更なる指示を出す。
「俺達3人は敵の右翼を突く! 左翼はフラン、お前の可愛い従士に任せたぞ」
「うふふ、旦那様。了解です!」
「モーラル、そしてルネ! 召喚中のフランを確りと守るように! 追加攻撃はタイミングを見て俺の指示に従ってくれ」
「「了解!」」
ルウはモーラルとルネの返事を聞くと、軽く息を吸い込んだ。
戦闘指示が終わったので直ぐに攻撃に移るらしい。
敵はルウ達がどう出るか、窺っているようだ。
ルウが首魁らしい者が放った攻撃魔法を完全に防御した事も影響しているに違いない。
クランメンバー全員へルウが目配せをした。
やはり間を置かず戦闘開始の合図が出たのである。
「ルネ! 遠慮なく奴等に岩弾をぶち込め! フラン、モーラルも詠唱開始だ!」
ルウの指示を受けたメンバー各自が言霊の詠唱を開始する。
土の魔法使いであるルネは岩弾の魔法だ。
「我は知る! 神の炎と共に地を司る御使いよ! 母なる大地の鉤爪を我が剣として敵を殲滅せよ! ビナー・ゲブラー・ウーリエル・ヴァウ・マルクト!」
同時にフランが詠唱を開始したのは彼女の従士を呼ぶ召喚魔法の言霊である。
「現世と常世を繋ぐ異界の門よ、我の願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く堂々と開き給え! 我が呼ぶ者が冥界の途を通り、我が下へ馳せ参じられるように! さあ開け、異界への門よ! ――召喚!」
フランの詠唱はもう神速レベルと言って良いだろう。
あっという間に詠唱し終わると、決めの言霊まで唱えてしまったのだから。
フランの詠唱が終わると、ルネの攻撃魔法が発動する。
びゅおっ! びゅおっ! びゅおっ! びゅおっ!
大気を切る不気味な音と共に岩弾が何発もオークと骸骨剣士に向って飛んで行く。
同時に、フランの魔法発動により冥界の魔犬オルトロスが現れる。
オルトロスは目前に居る多数の敵を見て、威嚇するかの如く凄まじい声で咆哮した。
ご、がはああああああああああ!
大気がびりびりと震え、ルウの眼にはオーク達が、恐怖の為に身震いするのが遠くからでも分かる。
「ふふっ、さすがフランシスカ様、いやフラン姉さん!」
「凄いっ!」
ミンミとカサンドラが思わず感嘆した。
好敵手の優れた魔法を直接目の当たりにすると、大きな刺激を受けてしまうのは魔法使いの性である。
一方、ルウはルネが放った岩弾をじっと見詰めていた。
しかしルネの渾身の岩弾はオーク共の前で虚しく粉々になってしまう。
ふっと笑う、ルウ。
まるで『計算済み』とでも言うように。
「ああっ! ルウ様、あれは魔法障壁ですね!」
拳を握り締めて悔しがるルネ。
ルウはそんなルネの頭に優しく右手を載せた。
「気合を入れて放ったのに、残念だったな、ルネ」
「あ、あううう……」
頭に温かい心地良さを感じたルネは思わず呻く。
ルネをリラックスさせたルウは、改めて彼女の先程の問いに答えてやった。
「ははっ、お前の言う通りさ、ルネ。あれは万能仕様の魔法障壁のようだ。だが!」
「だ、だが?」
「ははっ、俺には魔力波で強度が分かる。いくら強力な魔法障壁でも耐性以上の負荷がかかれば呆気ないものさ」
ルウはそう言うとルネを労るように、右手で優しく彼女の頭を撫でたまま、無造作に左手を挙げた。
するといきなりルウ達の頭上20m程に、直径10mを楽に超える巨大な火球が現れたのである。
「はっ!」
ルウが気合を入れると火球はぐんぐん真上にあがり、一瞬止まったかと思うと、オーク共へ向かって、凄まじい速度で飛んで行く。
どぉごおおおおおん!
火球はあっと言う間に敵陣に着弾し、大きな音を立てて炸裂した。
発動したのは火属性の攻撃魔法、火弾であるが、ルウの放ったものは桁が違ったのである。
ぎゃあああああっ!
ぐわあああああっ!
ルネの岩弾を受け付けなかった敵の魔法障壁も、ルウの強力な攻撃魔法の前にはあっさりと砕け散った。
犠牲者を多々出したオーク達は、当然の事ながら大混乱に陥り慌てている。
だが不死者である骸骨剣士達はその数を半分近くにまで減らしながら、全く降伏の気配はなかった。
そんな状況を把握した上でルウはさっと右手を振る。
「よっし、フラン、モーラル、ルネ、行って来るぞ! さあ、ミンミ、カサンドラ、出撃だ!」
「「了解!」」
ルウが先ず駆け出すと、次にカサンドラが続き、殿にミンミが着く。
カサンドラを2人で守るような隊形である。
3人が走り出すと、丁度モーラルの防御魔法が発動した。
かつて楓村でシンディ・ライアンの息子ジョナサンと許婚となったエミリーを守った強力な固い氷柱である。
土中から何本も突き出した氷柱は、連なってクランを守る巨大な城壁となったのだ。
ルウ達は背後にモーラルの魔法の発動を感じながら、敵の右翼へ向かって疾走する。
ルウ、ミンミ、そしてカサンドラの3人全員が当然、身体強化の魔法を発動させていたので、カサンドラの速力もいつもの倍近い。
カサンドラのペースに合わせている為に、先頭を走るルウや最後方を走るミンミにいつもの速さはなかったが、それでも並みのクランと比べれば雲泥の差はあったのである。
また、ルウ達が走る反対側の左翼には、フランが召喚したオルトロスが相手を攻撃するべく疾走していた。
当然今のルウ達より、ずっと速くてこのまま行けば先に敵へ接触するのは確実であった。
しかしそれもルウ達の想定内であり、計算済みである。
『カサンドラ、いよいよ敵に接触するぞ』
『ルウ様!』
『フランが呼んだオルトロスが先に敵陣へ突っ込む。奴等の注意は左翼のオルトロスに向く筈だ。俺達は混乱した奴らの中に突っ込み、背後からでも容赦無く敵を倒す! 良いか! このような戦いに卑怯も何も無い! 相手の数を見れば分かるだろう?』
『はいっ!』
ルウの指示に対してカサンドラは素直に返事をする。
今の彼女は完全にルウを信頼し、且つ心酔しているようだ。
以前のカサンドラであったら背後からの攻撃など絶対に認めなかった筈だから。
『俺とミンミの動きを見ながら、決して離れるな! 以降も念話でフォローするからな』
ルウとカサンドラの会話は当然ミンミにも聞こえている。
3人一緒に戦う為には確りとした意思疎通が必要だからだ。
最早カサンドラに怯えの色はない。
尊敬する師匠と、頼もしい先輩に守られた彼女にはもう怖いものなど無かったのだ。
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