第698話 「タトラ村を救え④」
『ルウ様! 今夜、私達父娘をお呼び頂いた理由はす・べ・て、理解しております!』
ヴィヴィはいつものように、くるりと蜻蛉を切って着地すると、居住まいを正して、にっこり笑う。
『この村の周囲を地の精霊である私達の加護を宿した堅固な岩壁で囲み、ルウ様により浄化された清き大地と、か弱き人の子を守る。深き井戸を掘って大地を潤す清水の手立てをし、潤された大地へ、これまたルウ様がお持ちの魔法の種を蒔く』
『種?』
ヴィヴィの言葉を聞いたフランが首を傾げた。
その様子を見たヴィヴィは不満そうに頬を膨らませ、口を尖らせる。
『もう! フランシスカ様ったら、今更何を仰っているのです! 妻たる者は夫が何を考え、何を望み、何をして欲しいかを常に把握するべきなのです。ルウ様のお考えは貴女方が先程、村の宴で食べた料理の中にあった筈ですよ!』
フランはヴィヴィの剣幕に少し吃驚しながらも、記憶の糸を手繰ってみた。
暫しの間考えたフランは、はたと手を叩く。
『食べたのって……馬鈴薯に蕪よね……あ、ああ、そうか! そうなんだ!』
『うふふ、やっと気付いたようですね。馬鈴薯は他の作物よりたくさんの恵みを与えてくれます! 蕪は限られた時間の中で複数の恵みをもたらしてくれます。両方とも弱き人の子と、人の子に仕えし獣が等しく分け合って食べる事が出来るのです』
ヴィヴィはそう言うとルウにひしっと抱きついた。
父のアマイモンはそんな愛娘の姿を見て苦笑している。
ヴィヴィはルウに抱きついたまま、ぺろっと舌を出す。
『うふふ! 私はルウ様のおやりになりたい事は全て分かってしまいますからぁ』
今迄にないヴィヴィの弾け方を見て、フランとモーラルは苦笑せざるをえない。
通常なら注意する所だが、何せ相手は人間と全く価値観の違う精霊なのだ。
機嫌を損ねたら、何をするか分からないというイメージがある。
そんな雰囲気を読み取ってか、ヴィヴィは益々得意げになった。
『奥様方には申し訳ありませんが、私達精霊はルウ様がお生まれになった瞬間から縁を結んでおります。生半可な気持ちでお仕えなどしていません!』
エスカレートするヴィヴィの言動に対して、とうとうルウがストップをかけた。
『こらこら、ヴィヴィ』
『はいっ! 今、ルウ様の仰りたい事は良く分かりました! では時間も無い様ですから、早速取り掛かりましょう! お父様にはルウ様の奥様方の面倒をみて頂きますよぉ!』
『…………』
黙って腕組みをして苦笑するアマイモン。
彼はルウの指示を待っているようである。
しかし、ヴィヴィはきっぱりと言い放つ。
『私は当然、ルウ様と一緒に作業致します。それが神の御心なのですから!』
『ヴィヴィ!』
『はいっ! ルウ様……何か? その娘は?』
張り切るヴィヴィであったが、怪訝な表情を見せる。
ルウが指し示した先にはルネが居たからだ。
『この娘はお前達、土の精霊の加護を受け、大きく成長する可能性を持った魔法使いだ。手解きしてやってくれないか』
「えええっ!?」
いきなりルウに指名されたルネは吃驚して目を大きく見開いた。
しかしヴィヴィは不満な様子を見せず、にっこりと笑う。
『……はいっ! ルウ様がそうお望みならばっ!』
ヴィヴィが了解したのでルウは指をパチンと鳴らす。
「よっし! じゃあ、ルネ! 早速岩壁を作ってみよう。最初は魔法式の岩壁で構わない。……そうだな、サイズは幅10m、高さ3m、厚さ1mでどうだ?」
ルネにはピンと来た。
この魔法発動が、あの王都の店で受けた以来である課外授業の次なる課題なのだと。
「は、はいっ、ルウ先生! 発動は可能ですが、その大きさの岩壁だと私の魔力の約1/4を使ってしまいます……それでは到底、この村全体を囲むなんて出来ません」
以前もモーラルが魔力のキャパを理由として、楓村を氷柱で囲むのが不可だと嘆いた時があったが、ルネの弱音も同じ理由である。
しかしルウは首をゆっくりと横に振った。
「ルネ、思い出して欲しい。昼間説明した筈だぞ。精霊を召喚しておけば付近の魔力の濃度は高くなると、な」
ルウの言葉を聞いて、ルネは周囲の魔力が異常に濃くなっていると認識したようだ。
「あ、ああ! 確かに魔力が凄く濃くなっています……じゃあ思い切って挑戦します」
ルネは深呼吸すると、魔力を徐々に高めて行く。
そして充分、魔法発動に必要な状態になった瞬間、魔法式の詠唱を開始したのである。
「我は知る! 大地を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる大地の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ウーリエル!」
魔法式を唱え終わったルネは、一瞬の溜めを持って決めの言霊を解き放つ。
「岩の壁!」
軋むような音が鳴り、地響きが起こるとルネの目の前の地面が盛り、異界から呼び出された堅固な岩の壁が出現する。
地属性の防御魔法、岩壁が発動したのだ。
ルネの目の前の岩壁があっという間に高く盛り上がり、やがて彼女の身長の倍近い高さになると、ぴたりと止まった。
『へぇ! ルネさんって言いましたっけ! 貴女、まあまあやるじゃないですか! 精霊魔法じゃないのが残念ですけど、ね』
ヴィヴィに褒められたルネは、じっと相手を見詰める。
数回、大きく深呼吸したルネは何かを決意したようだ。
『ヴィヴィさんっ!』
いきなり大きな声でヴィヴィを呼んだルネ。
だがヴィヴィは平然とルネの大声を受け止めた。
『何ですか?』
ヴィヴィの瞳の中には思い詰めたようなルネが映っている。
『私……一生懸命、やりますから今後も貴女の加護を与えてくださいっ!』
深く頭を下げて頼み込むルネであったが、ヴィヴィの返事はつれないものであった。
『はぁ!? 駄目に決まっているでしょう』
『駄目ですか!?』
唇を噛み締めるルネを見てヴィヴィは苦笑し、手を横に振る。
『何を勘違いしているの? 私はルウ様専属の土の精霊! 加護を受けるには貴女が自分と誼を通じる土の精霊と出会うしかないわ』
『そんな!』
ルネとヴィヴィの会話を聞いていたルウが言葉を挟む。
「ルネ! ヴィヴィの言う通りさ。今夜お前は俺が召喚した彼女の加護を受けているが、本来の精霊魔法は自分専属の精霊の加護を受けて発動するものなんだ。フランの火蜥蜴を見ても分かるだろう」
「ううう……ルウ先生、私……もっともっと学びたい! 姉同様、私もででで、弟子にして下さいっ!」
今、ルネは突き上げるような激しい気持ちの高ぶりを感じている。
それは魔法使いとしてもっともっと高みに登りたいという新たな決意だったのだ。
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