第697話 「タトラ村を救え③」
ルウ達は手早く支度をすると、そっと大空亭を出た。
先程まで行われていた祝いの宴も終わり、村内はしんと静まり返っている。
昼間の快晴は夜も続いており、月明かりが辺りを照らし、夜空には満天の星が輝いていた。
思わず空を見上げたフランが感嘆する。
「綺麗! さっきもそうだったけど星降る夜って、このような夜ね」
フランの言葉を受けたモーラルがにっこりと笑う。
「フラン姉は占術の教師だし、特に占星術が得意だから堪らないでしょう?」
「ええ、モーラルちゃんの言う通りよ――まるで最高の天球儀ね」
フランはそう言うと、そっとルウを見る。
彼女はルウと出会った頃の彼が発した言葉を思い出す。
確かルウは占術が不得意だと言っていた。
だが今のフランには確信がある。
それは絶対に偽りであると!
深謀遠慮の権化で怖ろしい先読みの能力を持つルウが占術を苦手とする理由が無い。
逆なのだ!
多分、99%に近い確率で未来を当ててしまうに違いない。
でもそれは楽しい事ではないだろう。
先の決まりきった未来など誰も知りたくはないのだから。
それから一行は暫く歩き、直ぐ村の正門が見えて来た。
修理を終えた正門は完全に閉ざされている。
「ええと……門番さんが居ますけど……」
ルネがそっと囁いた。
見ると、昼間正門を一生懸命修理していた壮年の男が背中を見せて座り込んでいる。
確か名前をラリーと言った筈だ。
ルウはラリーを見て納得したように頷く。
「ははっ、彼は半分寝て、半分は意識を残している。何か不審な気配がしたら直ぐ起きるだろう。長年、門番を務めて来た経験によって得た見事な技だ」
「どうしたら……」
ルネが腕組みをして考え込む。
正門からまともに外へ出てはラリーに気付かれてしまうからだ。
片や、フランとモーラルはルウがどうするか、もう分かっているらしく黙って微笑んでいる。
「ああ、そうだな……完全に眠って貰うのも手だが……こうしよう、ルネ先生、目を瞑って、声をあげないでいてくれよ」
「こ、こうですか?」
「ああ、OKだ。落ちついてな」
ルウはそう言うとピンと指を鳴らした。
「ああっ!?」
ルウに前以て言われたにも関わらず、ルネは小さな悲鳴をあげた。
いきなり足元の感覚が消え失せたのだ。
その瞬間、ルウ達の姿は煙のように消えていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えええええっ!? こ、ここは!?」
ルネが息を呑んでいる。
ルウに言われて目を開けたら、自分が村の外に居たからであった。
月明かりが照らす中を振向くと、遠く離れた場所に閉ざされた村の正門が見えるのだ。
「な、何故!?」
ルネは食いつくようにルウに迫る。
知りたい!
どうしてなの!?
魔法使い特有の探究心をむき出しにしてルネはルウに迫ったのだ。
「転移魔法さ」
「転移……魔法!?」
「ああ、高貴なる4界王の1人、アマイモンの力で俺達を運んで貰った。今夜、彼には更に力を貸して貰う」
「ちちち、地界王!? ままま、まさか!」
「ああ、ルネ先生も土の魔法使いなら名前だけは知っているだろう」
「ひゃい!」
ルネは驚きの余り、身体が震え歯の根が合っていない。
まともに言葉を発する事が出来ないのである。
ポン!
「ひゃうっ!」
いきなり軽く肩が叩かれた。
「ルネ先生、喜んでね!」
「え!?」
ルネが振向くと、フランとモーラルが笑顔を浮かべて立っていた。
肩を叩いたのはフランのようである。
「旦那様が自分の魔法を晒すのは貴女を信頼しているからなの」
フランの言う事は尤もだ。
転移魔法……この伝説の古代魔法をアールヴのような妖精種族で、数人程度使えるらしいという話はルネも聞いた事があった。
しかしその話も只の噂話であり、誰も魔法自体を見た事がなかったのである。
それを今、自分ははっきりと体験してしまったのだ。
「信頼? そ、そうですね! ルウ先生が万が一、これほどまでの魔法使いだって知られたら!」
「とんでもない事になります!」
今度はモーラルがきっぱりと言い放つ。
ルネもモーラルの言葉に同意してがくがくと頷いたのである。
ルウは3人のやりとりが終わると、ルネに笑顔を向ける。
「ルネも土の魔法使いであれば、アマイモンの力の影響を受ける筈だ。落ち着いてリラックスしてくれよ」
ああ、またルネって呼んでくれた!
いつかの『課外授業』と同じだ!
私を再び生徒にしてくれたんだ!
「は、はいっ!」
嬉しくなったルネが大きな返事をすると同時に、ルウは神速の呼吸法を使い、魔力をあっという間に高めて行く。
「我は『高貴なる4界王』の偉大な力を欲する者なり! ――荒々しく逞しき、大地の王アマイモンよ、我の前に姿を現し、その偉大なる力を与えよ!」
一瞬の溜めがあり、ルウの口から決めの言霊が放たれる。
「召喚!」
びしっ!
大気が打ち震え、何も無い空間が割れると逞しい偉丈夫と共に小柄な少女が現れる。
フランは現れた革鎧姿の少女に見覚えがあった。
「あ、あの娘は……旦那様に付き従う、地の精霊! やはり……」
『ははははは! ルウ様、俺が大トリとは気を遣ってくれるではないか! 4界王としてそなたに1番貢献している誉れの代償としては余りある事だな!』
『ルウ様! 最近はお父様ばかり頼られて! 私は寂しゅうございます!』
地界王アマイモン……
全ての地の精霊を統括するアマイモンは大地を体現したような肉体を持つ逞しい精霊であり、地脈や植物の繁茂を支配する大地の王だ。
逞しい大地の王にそっと寄り添う小柄で可憐な少女が……微笑む。
『奥様方、改めまして! 私がアマイモンの娘、ヴィヴィと申します! 今後とも宜しくお願い致します』
ヴィヴィと名乗ったアマイモンの娘はにっこりと笑い、深く頭を下げたのであった。
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