第696話 「タトラ村を救え②」
「宜しくお願いします!」
大きな声で挨拶をしたのは先程紹介された宿屋の娘である。
ルウも柔らかい笑顔で返す。
「おお、さっきの!」
「ジュリアです!」
念を押すように自分の名前を告げた可憐な少女は、ルウに負けないくらいの笑顔を浮かべる。
少女の名前を聞いたルウは、彼女の素性を思い出す。
「おお、君は宿屋の女将さんの姪っ子さんか?」
「そうで~す。村長に言われてこれから村の外を案内させて頂きます」
ジュリアはそう言うと、ルウ達をじっと見詰めた。
「でもこのクランって、メンバーはお兄さんだけ男で、後は華奢な女の子ばっかり! その上、総勢たった6人だけなんて! これであの物凄い数のオークを倒したなんて! 魔法使いって、ホント、とてつもないものですねぇ」
ジュリアは可愛らしく首を傾げる。
ルウは彼女の言葉に同意して苦笑して小さく頷く。
「確かに男は俺だけだな」
「だけど、これってハーレムって奴ですよね。お兄さんが彼氏になってくれるなら私も仲間に入りたいなぁ! まあそれは冗談ですけど、こんなに格好良くて凄いお兄さんを案内出来て私、幸せです!」
これは、村の外で仕事をするというルウ達の言葉を聞いた村長のゼタが、宿屋の従業員であるジュリアに案内をするように命じたのだ。
ジュリアは普段、余り接する事のない魔法使いのルウ達に興味津々のようである。
「何か、さっきのあの娘のイメージと違いますね。真面目そうだと思っていたのが、大胆で物怖じしないというか……」
「フランシスカ様! た、確かに!」
そんなフランとミンミの会話を他所にジュリアはルウの手を握ってぐいぐいと引っ張って行く。
「ああ、村の門……もう少しで壊れる所だったんですね!」
「そうだな」
「あはは! もしお兄さん達が居なかったら、私は散々、辱めを受けて、挙句の果てにオークの腹の中ですもの。危なかったぁ! やばかったぁ!」
「ははっ、よかったな!」
「はいっ!」
オークの執拗な攻撃により壊れかけた正門を、門番らしい村の男が修理している。
その脇をルウ達は通り、村の外へ出た。
既に陽は西に傾きかけ、散々荒らされた農地のあちこちにタトラ村の村民達が立ち尽くしている。
ジュリアは村民達へ一礼すると、ルウの方へ振り返った。
彼女は悔しそうに唇を噛み締めている。
「今年は結構気候が良くて……収穫、期待していたんだけどなぁ……とても残念ですよねぇ」
「そうか……」
「も、もう少し……だったのに……う、うう」
元気だったジュリアの口調が変わって行く。
オーク共に荒らされた農地の惨状を見て、辛くなり涙ぐんでいるらしい。
ルウはそんなジュリアを励ますように肩をポンと叩いた。
「……よしっ! オーク共の死体の始末と解呪、どんどん行くぞ。お前達の土地を元の綺麗な土地に戻すからな!」
「き、綺麗な土地?」
「そうさ! ジュリアは腐った不死者とか、怖い幽霊とか、嫌だろう?」
ルウの言葉を聞いたジュリアは身震いする。
「いいい、嫌です!」
「だろう? じゃあ引き続き案内を頼むぜ」
「は、はいっ!」
元気を取り戻したジュリアは先頭を切ってタトラの村の農地を案内する。
斃されたオークと、食い荒らされた家畜の死体を焼き、解呪して行くルウ達。
しかし村民達は力なく、ルウ達を見詰めるだけであった。
絶望感に打ちひしがれた彼等には村の為に働くルウ達へ礼を言う気力さえも残っていないのだ。
ルウ達もそんな空気を読み、淡々と作業を続けて行く。
2時間後……
ルウ達の作業は終わった。
醜い死体と怨念は消え去り、素朴な土の香りがする農地に戻ったのである。
しかし青々と茂って実を付けていた様々な作物は既に無い。
ジュリアはふるふると首を横に振った。
「お、お疲れ様でした……」
元気を取り戻した筈のジュリアも、惨状を見続けてルウ達を労る気力も尽きていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜……タトラ村大広場
ルウ達の持ち込んだ食糧を使ってタトラ村の村民が腕によりをかけて料理を作り、全員が宴を楽しんでいた。
酒だけは無かったが、死と隣り合わせの状況から脱する事が出来た歓びを全員が感じているようだ。
明日が見えないという予感を誰しもが持っていたが、無理矢理目を逸らそうとしていたのである。
宴が始まって1時間後……
ルウ達はゼタ村長に断った上で、今夜の宿舎である『大空亭』へ戻っていた。
明日からはまた依頼を完遂する為に動かなくてはならない。
敗走したオークが逃げ込んだ先が、残った依頼のうち探索を託された古い砦なのである。
少なくともオークの残党は居る筈であり、もし首魁が居たら捕縛をするか討伐しておかないと、再びタトラ村は危機に陥る事は明白なのだ。
現在ルウ達が宿泊している大空亭は個室などない大部屋だけの宿屋であり、今夜は全員が一緒の部屋で寝る事になっている。
粗末なベッドが10個並ぶという、ルウとモーラル以外のクランメンバーにとっては寝付かれない部屋であったが、昼間のオークとの戦いの疲れは、思ったよりあったらしい。
1日中、ミンミに煽られていたカサンドラがまず爆睡すると、何かにつけて彼女を厳しく『指導』し、やけに冷静さを強調していたミンミも同様に深い眠りについたのである。
残った者は横にはなったが、30分ほどするとルウがむっくりと起き出した。
続いてフラン、モーラルもそっと起き出し、手早く支度をしている。
何か示し合わせた事があるようだ。
え!?
まだ眠れなかったルネは吃驚して、口に手を当てた。
大きな声を出さない為に反射的にした行為である。
『おっと、ルネ先生、起きているみたいだな?』
「あうっ!」
ルウの声が自分の魂の中で聞こえた!?
思わず大きな声が出たルネは再び口に手を当てたのだ。
こ、こ、こ、これはっ!?
驚くルネの魂に再びルウの声が響いて来る。
『ああ、これは念話だ。俺とルネ先生は今、魂同士で話しているのさ。ちなみに他人にはこの会話は聞こえていない』
ルウの説明を聞いたルネはやっと落ち着いたようである。
『私、…………び、吃驚しました!』
『そうだろうな、大体初めて話す時はそうなる。俺も10歳の時、初めてアールヴの爺ちゃんと話した時がそうだった』
ルウの声が懐かしそうな響きに変わる。
吃驚したというルネの言葉を聞いて、過去を振り返っているらしい。
『え、10歳の時!?』
『ああ、子供だった俺は目をまん丸にしていたよ』
『ぷ! あははははは!』
その瞬間、ルネの脳裏には子供時代のあどけないルウの姿が鮮やかに浮かんでいた。
どうやらルウの波動を読み取って過去の記憶を映像化したようだ。
最初は大笑いしていたルネであったが、改めて自分の能力を認識して驚いてしまう。
『で、でもこれって!?』
『ああ、過去視の能力みたいだな』
ルウはルネの反応を見て、彼女に覚醒した能力を直ぐに把握したようだ。
戸惑っているルネに能力の正体を指摘したのである。
『過去視!?』
『ああ、ルネ先生の特別な能力だろう。鑑定魔法の上達にも繋がる素晴らしい能力だ』
『そ、それって!?』
『そうさ! ルネ先生はまだまだ魔法使いとしては未完成だ。発展途上なんだよ』
発展途上!?
ルネはその言葉を聞いてフランが自分の可能性について嬉しそうに話す記憶が甦って来た。
同時に嬉しさも込み上げて来たのである。
『発展途上? フランみたいに……私も、もっと高みを目指せるの?』
『ああ、俺も含めて皆、未完成の魔法使いなのさ! 楽しみだな!』
『はは、はいっ!』
今回、クラン星に参加したが、余り貢献出来ていないと自分を卑下していたルネには唯一の朗報であった。
そして……
『で、これから俺達は村の外へ行ってもうひと仕事するのだけれど、一緒に来るかい?』
『で、でも姉さん達は?』
『今は昼間の疲れの為に熟睡しているから、そっとしておいてやろう』
『起きたら……2人とも凄く怒りますよ』
『ははっ、俺から謝っておくさ。それに、これから行う仕事はルネ先生の魔法が必要なんだ、さあ行こう!』
私の魔法が必要!?
必要とされている!?
そんなルネの言葉を読み取ったようにルウが言う。
『ルネ先生は俺達に絶対必要さ。当り前だろう?』
『は、は、はいっ!』
私は!
私は!
この人に会えて本当によかった!
ルネは大きく頷くと、傍らで眠っている姉に気付かれないように、そっと着替え始めたのであった。
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