第695話 「タトラ村を救え①」
包囲していたオークの大群を殲滅し、タトラ村の危機を救ったクラン星……
明日をも知れぬ身に怯えきっていた村民達も当面の危機が完全に去ったと分かると、正門を開いてルウ達を大喜びで迎え入れてくれたのである。
喜色満面な村民達の先頭には村長が居り、ルウ達へ深く頭を下げていた。
「よくぞ、怖ろしいオーク共を退治してくれました! 村民全員に成り代りお礼を言います」
タトラ村の村長は壮年の人間族の女性である。
名前をゼタといい、聞けばかつてタトラ村を創った創世神巫女の子孫だという。
「俺達はクラン星だ。ヴァレンタイン王国に街道封鎖のオーク退治を依頼された冒険者だが、足を伸ばしたら討伐したオークの別動隊が居たので追撃したという次第だ」
「それはそれは! 本当に助かりました! ぜひこの村へお泊りになりお寛ぎ下さいませ! ただ私の自宅では十分な御持て成しは出来ないので、ご宿泊は村で唯一の宿屋にお泊り頂ける様手配しておきました」
「どうぞ! 私が宿屋の女将のジェマです。ゼタ村長から聞いております。今夜は我が大空亭へお泊り下さい」
こうしてルウ達はゼタとジェマの先導でタトラ村の宿屋「大空亭」に泊まる事になった。
大空亭は築年数が数十年といった古い建物で、1階が小規模な食堂、2階が宿泊スペースとなっている地方の典型的な宿屋である。
部屋の仕様も個室などはなく大部屋が基本であり、他に客が居なかったせいもあってルウ達クランの貸切りという形となった。
食堂に案内されたルウ達は粗末な椅子に座り、改めてゼタの挨拶を受ける。
「改めて御礼を言います。本当にありがとうございました! しかしあなた方はたった6人なのに凄いですね……さすがは魔法使いです」
そこへ宿屋の従業員という雰囲気の美しい少女が人数分のお茶を運んで来た。
ゼタが微笑むと少女をルウ達へ紹介する。
「女将ジェマの姪、ジュリアです……ジュリア、この方々へお礼を言いなさい」
ジュリアと呼ばれた少女の年齢はまだ若く14,5歳であろう。
雰囲気は魔法女子学園の生徒達と変わらない。
「ジュリアです! 皆様、村をお救い頂きありがとうございました!」
ゼタに促されたジュリアはぺこりと頭を下げ、厨房へ引き下がる。
「皆様がいらっしゃらなかったら、今頃オーク共は村へ乱入し、男はあっという間に殺され、女は犯されながら喰われていたでしょう」
まるで人事のように淡々と話すゼタは、何か達観した面持ちである。
しかし、首をゆっくりと左右に振るとぐっと唇を噛み締めたのである。
「我が祖先である偉大な巫女の血が私に少しでも現れれば、あのような者は追い払えるのでしょうが……今の私は無力なのです」
魔法武道部とロドニアとの対抗戦の際に部員のイネス・バイヤールが話した通り、地方の治安はこのような惨状なのであろう。
※第512話、513話参照
ルウはいつもの穏やかな表情でゼタを見詰めた。
「ゼタ村長、宜しければ現状を話して貰えますか?」
「はい……あなた方に愚痴を言うようで申し訳ないのですが……」
口篭るゼタを促すようにルウは問う。
「あのような魔物の襲撃は結構あるのですか?」
ルウに促されたゼタは重い口を開き、タトラ村の現状を語り始めた。
「ええ、普段から頻繁に小さな襲撃はありますが、このような村の存亡に関わる大きな襲撃は5年に1回くらいの頻度で起こります。……前回の襲撃の際にも村民の盾となり魔物と戦ったこの村の男性は半数以上が亡くなりました」
「!!!」
ゼタの告白を聞いたフランとボワデフル姉妹が息を呑む。
一方、モーラルとミンミは平然としている。
現実を知る者と知らない者の差がそこにはあった。
ゼタは周囲の反応に構わず話を進めて行く。
「男手を失い、数少なくなった農地は今回の襲撃でまた荒らされ、放牧していた僅かな家畜は全て喰われてしまいました……これも神が私達へ与える試練……なのでしょうか? でも貴方がた救世主様がいらっしゃって村が滅びず、私達村民の命があるだけでもありがたいのでしょうね」
クラン星の誰もがゼタの問いには答えられなかった。
創世神が人の子を成長させる為の試練であれば、この惨状は苛酷過ぎるものだからだ。
全員が沈黙する中、ルウが口を開く。
「ゼタ村長、一応言っておくが、俺達は単に金で王国に雇われた冒険者なのです」
ルウの言う通り、クラン星は王国の依頼でこの地を訪れた単なる冒険者であり、たまたまの巡り会わせで村を救ったのに過ぎない。
しかしゼタは創世神の巫女の子孫である。
今回の事が全くの偶然とは思えない。
彼女はそう思ってきっぱりと言い放ったのだ。
「いいえっ! 今回の事は奇跡という以外のなにものでもありません。あなた方は天が遣わした偉大なる救い人です! 救世主様です!」
ゼタからすれば、このような辺境の村にルウ達のような冒険者がたまたま訪れてくれた事。
そして村民の犠牲を全く出さずにこの重大な危機を救って貰った事自体がとてつもない奇跡なのである。
だが、ルウの表情は穏やかなまま変わらない。
「ははっ、俺達はそんな大層な者じゃあない。だがこうして貴女方に会って話しているのも何かの縁だ。微力ながらやれる事をやらせて貰うよ……ええと、村の土地の境界線は周囲の農地までで良いのだよな?」
ルウ達はまだ何か協力してくれるらしい。
意外な展開にゼタは吃驚してしまう。
「え!? ええ、はい、そ、そうです」
そんなゼタを見て、ルウは優しく微笑んだ。
「村長、まあ、大した事はしないからあまり期待しないでくれよ。……フラン!」
ルウがいきなり鋭い声でフランを呼び、彼女も驚きながら気合の入った声で返事をする。
「は、はいっ!」
「俺達はこれから村の外へ行ってオーク共の死骸を始末して、解呪を行う。奴等が不死者や怨霊となったら不味いからな」
ルウのいう事は尤もである。
何せ1,000体以上のオークが斃されたのだ。
確り処理しておかないと、タトラ村へ害を及ぼすのは必至である。
「了解!」
フランは納得して大きな声で返してやった。
大好きな夫へ愛を込めて!
ルウは残りのクランメンバーにも親指を立てた。
「モーラル、ミンミ、カサンドラ先生、ルネ先生……行こう! もう一仕事だ」
「「「「はいっ!」」」」
ルウ達の提案にゼタは感謝の気持ちで一杯だ。
「おおお……あ、ありがたい!」
だが、ルウの提案は更に続いた。
「それと村長、少ないが俺達に手持ちの食糧がある。提供するから今夜はお祝いの宴をやろう、村民全員でな」
「えええっ、そんな!?」
「あれだけ包囲されてたら村内の食糧も厳しいだろう。困った時はお互い様さ」
呆気にとられるゼタに対して、ルウは悪戯っぽく笑うと片目を瞑ったのであった。
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