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第657話 「可愛くない王子には旅をさせよ!⑤」

 ロディオンのルウに対するわだかまりは解けた。


 2人はそれから夜遅くまで色々と話し込んだのである。

 そのうち……いつの間にか眠ってしまったロディオンがいつもの時間に起きるとルウの姿は消えていたのだ。

 当然、まだ時間は真夜中である。

 僅かしか寝ていないロディオンであったが、何故か目覚めは爽快であった。

 そして昨夜の語らいの記憶が甦ったロディオンの口から思わず言葉が飛び出す。


「ルウの奴、結構面白い奴だ」


 とんとんとん!


 ロディオンがそう呟いた瞬間に軽いノックの音が鳴った。

 このノックの仕方もロディオンは既に覚えている。


「おい、行くぞ! ロディ! 朝のトレーニングだ!」


 いつもの通りにメイスンの低い声が響き、ロディオンはすかさず返事をする。


「ああ、メイスンさん! 直ぐ行く!」


 こうしてロディオンの修行は続いたのである。

 

 更に時が経ち、彼がセントヘレナに来て……5日目が過ぎ、6日目も終わった。

 ロディオンは今や完全に市場での仕事を覚え、鋼商会カリュプスの一員となって活き活きと働いていたのである。


 そして7日目の夜……


 中央広場の、とある居酒屋で小さな宴が開かれていた。

 ここは鋼商会カリュプス直営の居酒屋ビストロである愚か者ストゥルトゥス……今夜は貸切りであった。


 宴の輪の中心には何とロディオンが居たのである。

 7日間勤めてロドニアへ帰国する……そう、今夜は彼の送別会なのだ。

 乾杯の挨拶に立ったのは鋼商会カリュプス会頭のリベルト・アルディーニである。


「ロディことロディオンが今夜限りで故郷へ帰る事となった。寂しいが、ロディの門出を祝うべく皆に参集して貰った。鋼商会カリュプスとしては、とても残念だが、笑って彼を送り出そう! では乾杯!」


「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」


 様々な人間の声が交錯し、冷えたエールの入った陶器製のマグを軽くぶつけ合う乾いた音が鳴り響く。


「ありがとうございます!」


 立ち上がって挨拶をするロディオンに対して、惜しみない拍手が送られる。

 続いて一緒に仕事をした鋼商会カリュプスのラニエロとニーノからは慰労の言葉が掛けられた。


「お疲れ! ロディ!」


「よおく、頑張ったぜ!」


 ここで独特な口調の甘えた声がロディオンに掛けられた。

 寮の管理人であるメリザンドだ。

 彼女の表情にも寂しさが漂っている。


「残念だよ! もう少しでロディのお嫁さんにして貰う筈だったのに!」


「それはありえねぇ! って、げええ!」


 ニーノが茶々を入れるとメリザンドが彼の首を締めにかかる。

 そのやりとりで『場』が一気に盛り上がった。


「ははははは」


 ロディオンも思いっきり笑う。

 傍らにはメイスンが座っており、美味そうにエールをぐいっと飲み干す。

 思えばメイスンに起こされた時から自分のセントヘレナでの生活は始まったのだ。

 そう考えると、ロディオンにとっては感慨深かった。


「メイスンさん、今迄ありがとう!」


 ロディオンが礼を言うと、メイスンは鍛錬を続けるように念を押す。


「おう! 故郷くにへ帰っても、俺の組んだメニューは続けろよ。お前のあちらの師匠と良く相談してな」


「はいっ! ありがとうございます!」


 はきはきと答えるロディオンを見て、メイスンは嬉しそうに目を細める。

 しかしロディオンがふと遠い目をしたのを、メイスンは見逃さなかった。


「どうした? お前が言いたい事はなんとなく分かるが、な……」


 メイスンの問い掛けに対して、ロディオンははっきりと本音を吐く。


「はい! 私は……出来ればセントヘレナに残りたい! このまま皆さんと一緒に鋼商会カリュプスとして働いて行きたい! そんな気持ちで一杯なのです」


 ルウからロドニアの第一王子として戻るように言われたが、ロディオンは迷っていたのである。

 その気持ちはこの宴に出てはっきりと分かったのだ。

 メイスンは笑顔を絶やさずロディオンを見詰めている。


「ロディ、それは、な。俺を含めたここに居る連中とお前の間に絆が出来たからさ」


「絆……」


 絆……これがそうなのか……


 噛み締めるように繰り返したロディオン。

 メイスンは彼の気持ちを敢えて否定はしないようだ。


「まあ、俺は個人的にはお前が決めれば良いと思うが……一応、会頭に相談してみな。お~い! リベルトォ!」


 メイスンが大声を張り上げると、リベルトがマグを片手にやって来た。

 リベルトはもう良い感じで酔っているらしい。


「おお! メイスンさん! よぉ! 飲んでいるか? ロディ!」


「は、はいっ!」


「で、何だい?」


 リベルトはロディが自分に対して、何か相談事があると、直ぐに察したようである。

 空いていた、メイスンが座っている反対側にあった椅子に座ると、ロディオンへ人懐っこい笑顔をむけたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ロディオンはリベルトへ自分がセントヘレナに残って働きたいと懇願した。

 しかしリベルトの返事はつれないものであった。


「駄目だな、ロディ。それは受けられないぜ」


「ど、どうしてっ!? ルウの命令だからですか?」


「駄目だ、ロディ。ルウ『様』だよ。ははは、確かにそれもあるが、それだけじゃねぇ」


 ロディの言葉に対してリベルトはゆっくりと首を左右に振った。

 そしてルウに対する呼び方に気をつけるように促した。

 まだロディオンは鋼商会カリュプスの一員だからである。


「す、済みません! そ、それだけじゃないって!?」


「ああ、お前には戻るべき場所があるんだからよ」


「戻るべき場所?」


 戻るべき場所と言われたロディオン。

 何となく想像はつくが、彼も散々考えた末の決断なのだ。

 ロディオンの表情を見たリベルトは更なる説明が必要だと実感したらしい。

 徐々に理由を明らかにして行ったのである。


「ああ、そうさ。お前、昼間にあそこへいっただろう?」


「あそこ? ああ、孤児院でしょう」


 今日は鋼商会カリュプスの社員が交代で行っている孤児院への慰問があった。

 ロディオンも例外ではなく、数時間子供達と触れ合ったのである。

 彼は孤児院へ赴く前にリベルト達多くの社員がこの孤児院の出身だと聞かされていた。


「そうだ。俺達は何も無い状況であの場所から抜けて鋼商会カリュプスという居場所を作った。いわば成り上がりだな」


「凄いと思います。皆さんの底力を感じました。そして大人の私達が手を差し伸べて可哀想なあの子達を助ければ、皆さんのように、こうして人生を繋いで行く事が出来るとも感じました」


 今のリベルト達の姿を見たロディオンのこころからの気持ちである。

 人間の底力は素晴らしいと感じたのは事実であった。

 リベルトは大きく頷いた。


「ああ、人は国の力になる。そして子供は将来の力となる宝物でもある。貴族の子、孤児……それはどちらも変わらないんだ」


「確かに!」


「だったら分かるだろう? お前の国ロドニアでも昔の『俺達』が居るのでは? とは考えないのか?」


 それはロディオンにとってはいきなりの問い掛けであった。

 しかし良く考えてみれば当り前の事なのだ。

 ロディオンは自分が何をやるべき立場の人間か、漸く気付いたのである。


「あ、あああ……そうか、そうなんだ!」


「そうだ! お前には待っている人達が居る。両親や妹達だけじゃあない。国民と言う身内がお前を待っているんだ」


「国民と言う身内……」


「ああ、彼等はお前を必要としている。以前のお前のままなら、即ゴミ箱行き決定だろうが、な。ははははは!」


 大声で酷い事を言うリベルトであったが、既にロディオンを認めている事ははっきりと伝わって来る。

 リベルトは、ロディオンが市場で仕事をしている時にまめに顔を出してくれた。

 メイスン同様いかつい風貌ではあったが、温かい男なのだ。


「リベルト会頭……」


「俺達はルウ様が変えてくれた、手を差し伸べてくれた! そしてロドニアの『俺達』、そして国民にはお前が親身になって手を差し伸べてやるべきなんだ」


 リベルトは躊躇ためらうロディオンの背を押そうとしてくれている。

 王となるべくして生まれた役割を果せと言っているのだ。


 こうなればロディオンの気持ちは完全に固まった。


「……分かりました! 私は……やる! やり遂げてみせます!」


「答えは出た……ようだな」


 決意を述べたロディオンをメイスンも優しい兄のような視線で見守っている。


「はい! 私はロドニアへ帰ります」


 リベルトもいつもの笑顔に戻るとエールのお代わりを勧めて来た。


「ようし! まあ飲め! ぐいっと、な」


 リベルトから注がれたエールを、美味そうに飲み干すロディオンを見たメイスンは楽しげに笑う。


「ははは、会頭に感謝するのだな。それにこれだけは覚えておけ、俺達はヴァレンタインとロドニア、どんなに遠く離れていても一生身内だぞ!」


「俺達は……どんなに遠く離れていても一生身内! ……あ、ありがとうございます!」


 メイスンの言葉を聞いてロディオンは胸が一杯になった。

 遠い異国の地に肉親にも近い自分の仲間が居るのだ。


 そう思うとロディオンは、これから王として歩む人生への不安より、期待とやる気が膨らんで行くのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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